夏ぐらいから、いろんな話が飛び交い始めて。
シーズン終盤には、どのチームも、エンジンも、ドライバーも翌年の契約を済ませる。
最終戦が終わると同時に、翌シーズンに向けての開発競争が始まる。
そんなF1も、1993年の開幕前は、ちょっと違いました。
ホンダを失ったトップチーム、マクラーレンのエンジンが決まらない。
もちろん、ルノーとは契約できず。
プジョーにもフラれて。
ようやく決まったフォードも、ワークスエンジンはベネトンが独占契約。
型落ちの市販エンジンしか手に入らない。
セナは「戦闘力のないマシンには乗らない」と拒否。
火曜日までに電話やFAXで交渉して。
水曜日にブラジルから飛行機に乗って、木曜日にサーキット入り。
金曜日の朝、空港からサーキットに直行。
プラクティス開始3分前にヘリで到着し、そのまま出走してコースアウトしたことも。
それって、時差ボケとか睡眠不足が原因じゃないの?
かなり批判されました。
はい、日本でも。
特に、毎回そんな形で押し出されるハッキネンの、ファンの怒りがすごかった。
「自分1人だけ、何様のつもりなんだ」
「おかげで下位チームや新人ドライバーは大迷惑だ」
「セナって、勝つことしか考えてないの?」
でもね。
ちょっと考えてみましょうよ。
モータースポーツの発祥の地は、フランス。
F1の発祥の地は、イギリス。
F1は、オリンピックとサッカーのワールドカップに次ぐ、世界の3大スポーツ。
ヨーロッパの国技とされています。
ところが、セナはブラジル人なんですよ。
かつて、7つの海を制した大英帝国は、ポルトガルを支配していた。
そのポルトガルに支配されていたのが、ブラジルです。
そして、イギリスを筆頭に、ヨーロッパは階級社会。
後に中嶋悟を育てた、生沢徹という人がいます。
F1に乗りたくて、単身ヨーロッパに渡ってレースをした人。
トップでゴールしても、無視されてチェッカーフラッグを振ってくれない。
そんなことが、よくあったそうです。
日本人でさえ、そうだったのだから。
セナも、かなり悔しい思いをしたことでしょう。
やがてセナは、あるカメラマンと親しくなる。
マスコミを味方につけることで勝利を認めさせ、イギリスF3のあらゆる記録を塗り替えた。
そこから、道が開けたわけ。
だから、セナは理解してたはず。
ブラジル人がF1を続けるためには、とにかく勝ち続けるしかない。
勝てなくなったら、終わりなんだと。
日本だって、同じこと。
ちょっと勢いがあって勝っていれば、外国人力士でもチヤホヤするけど。
最盛期を過ぎた外国人力士は、どうなってますか?
F1でも同じこと。
最盛期を過ぎたブラジル人や日本人に、用はない。
これが現実なんです。
勝てないマシンには乗りたくない。
これは「わがまま」ではなく、「生き残るための戦い」だった。
私は、そう理解しています。
しかも、私たちは日本人じゃないですか。
お互いに勝ち続けるしかない、差別される側だし。
こうなった原因の1つは、ホンダの撤退なんだし。
「わがままだ!」と日本人が批判するのは、おかしいんじゃないの?
……と、今でも思ってます。
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2012.-2.-2 Thu 0:00 from Tokyo
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