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2005 7-12

 

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今日が今年最後の出勤だった。13日までお休み。クリスマスから11日にかけて休み、というのが多分最も一般的なホリデーだと思う。この休みを利用して私たちは義姉のところへ行く予定。義母は既に義姉の家の近くに引越していて、親戚が集まるらしい。まだ会ったことのない親戚もいるからちょっと緊張。

 

 

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数週間前に義父が突然亡くなった。本当に急なことで、誰もがショックを受けている。70過ぎてはいたけれど、特にこれといって健康に問題があったわけではなく、心臓発作で倒れて4日後には息をひきとった。

 

サンクスギビングの休暇を利用して12時間かけて義両親の家へ行ってきた。お葬式等は一切行わず遺体も火葬にしてもらったとのこと。義姉夫婦やその他親戚が入れ替わり立ち代りやってきていたから当分はお義母さんも1人にならずにすむ。既に家を売って、義姉夫婦の近くに引越すことが決まっていた。その準備で当分は忙しくなりそうだ。

 

結婚するに当たって、夫とはお互いの両親のもしもの時のことは話し合っていた。正直私の父親のほうが色々健康に問題があるから、義父が先に逝ってしまうなんて思ってもいなかった。そして今回のことで改めて思ったのは、人が死ぬと残された者はただ悲しむだけではなくてそれ以上にしなくてはいけないことが沢山あるということ。義父が亡くなった後、主に義姉があれこれと手続きをしていたけれど、私の両親に何かあった時私にそれと同じことができるだろうか。

 

 

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Los Angelesの日本領事館に婚姻届を提出に行ってきた。結婚から3ヶ月以内に提出することになっていて、それを過ぎると遅れた理由とかも書かなくちゃいけないらしい。書類はあらかじめ取り寄せてあったから家で記入。婚姻届のほかに婚姻証明書、その和訳、彼の国籍を証明するもの(パスポート又は出生証明書)、その和訳が必要だった。

 

領事館に行くのは初めて。ダウンタウンにあるんだけど、ずいぶん立派なビルの中にあった。問題は駐車場。ダウンタウンは一方通行の道路が多いから慣れてない私のようなドライバーはぐるぐると同じところを何度も回る羽目に。メーターパーキングはまれだし、領事館の入った建物の向かいにある駐車場は2時間で$12!パーキングにそんなに払いたくなかったから、領事館から5ブロック離れたところで見つけた駐車場にとめた。ここは一律$5

 

領事館はビルの17階。セキュリティーチェックを通って番号札を取って順番を待った。そんなに沢山の人が待っていたわけではないけれど、結構11人に時間がかかる。そういう私も係りの人が婚姻届をチェックすると数箇所間違いがあって訂正したりするのに時間がかかった。2ヶ月くらいで私が世帯主となる新しい戸籍ができる、とのこと。

 

 

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ここ1年くらいよく言われること、“Immigrant (又は留学生)だったの?!”この辺はアジア系、日系アメリカ人も多いから、外見だけで外国人だと思われることはまずないけれど、仕事関係の人やドクターにアメリカで生まれ育ったと思われてること多い。私の中では私は日本人であってアメリカでは“外国人”と思ってきたから、自分でも驚いてる。

 

周りに言わせると、アメリカ人だと思われる理由は英語にアクセントがないから。自分ではアクセント十分あると思うんだけど。もちろんアメリカに来たばかりの頃と比べればなくなったと思うし、“英語うまいね”(外国人にしてはうまいね、というニュアンスを込めて)っていわれることもなくなったけれど、未だにLとRは難しいし、舌の回らない単語も沢山ある。だからアクセントがないというのだけがアメリカ人だと間違えられる理由ではないと思い、自分なりに分析してみた。

 

まずは外見。典型的日本人顔。整形をしたわけでもないし、基礎は同じ。だけどアメリカに来たばかりの日本人と比べると明らかに違う。服や髪型、化粧の仕方、そういうのが私全然日本人ぽくない。大学で見かける日本人留学生とは違うのが分かる。それから立居振舞いも普通の日本人と多分違うと思う。具体的にどう違うのか聞かれても困るけれど、よくも悪くもAmericanizeされてそれが行動にも表れてる、というか。

 

そういうこと全部ひっくるめてアメリカ人と間違えられるのかな、と思う。

 

 

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このサイトの趣旨からは外れるから詳しいことは書かないけれど、結婚したことを機にアメリカ永住権の申請の手続きを始めた。アメリカ市民との婚姻ベースの申請だから、弁護士を雇わずとも自分たちで手続きができる、筈なんだけれど、これがまた複雑でめんどくさい!F−1の申請は経験済みだけど、それ以上に面倒なことがいっぱい。しかもUSCISのサイトの不親切なこと!説明を読んでもさっぱり、ということもしばしば。

 

それでもなんとか必要書類を集めて、申請用紙を記入して一式を郵送した。あとは向こうからの連絡を待つのみ。早い人は4ヶ月くらいで面接があってグリーンカードを手にしているみたいだけれども、長ければ1年以上面接を待ち続けている人も。グリーンカードを手にする前に一時的な労働許可証や海外に出られる許可ももらえるけれど、やっぱりグリーンカードを手にするまではおちおちと日本にも帰れない。とりあえず今は待つのみ。

 

 

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最後の日記のエントリーからずいぶん時間が経ってしまった。友人の死がショックでなかなか書く気に慣れなかった、というのが大きい。

 

ただこの数ヶ月の間にずいぶんいろんな変化があった。まず、結婚したこと。こじんまりした式だったけれど、やってよかったと思える式だった。式の直前は準備に忙しくて、式なんてやらなくてもよかったかも、なんて思った時期もあったけれど、終ってみれば心配していたこともただの気苦労で終って、全て問題なく終った。これは誰もが感じることみたいだけれど、式まで何ヶ月、時には1年以上かけて準備するのに実際には式、披露宴はあっという間に終ってしまう。実際、式そのものはあんまり覚えていない。多分一番嬉しかったのは彼のお母さん、お姉さんに言われた言葉。こんなに息子、弟が幸せそうなのは見たことがない。第三者から言われると本人から言われるのとはまた違った意味で重みのある言葉だった。

 

式の数週間後には友人のお別れパーティーがあった。彼女とは大学院で出会った。分野は違うけれど、丁度同じ時期に同じ大学の院で勉強を始めて、同じ年に卒業した。もう1人同じ年に大学院を始めた友人もいるけれど、彼女は既に日本に帰ってしまった。これで唯一親しいといえる日本人の友達が日本に帰ってしまう。学部時代の友人はまだ何人かアメリカにいるけれど、アメリカ全土に散らばっていてこの周辺にはゼロ。この辺住んでる日本人は多いけれど、知り合いとなると誰もいないんだよね。あえて日本人を避けてきたわけじゃないのに。今から新しく友人を作ろう、と思っても似たような環境の日本人を見つけるのは難しい。日本で生まれ育ったけれど、この10年アメリカに住んである意味で“Americanize”されてきてるから、純日本人とは価値観とかずれてきてるし、かといって日系アメリカ人でもない。私と似たような状況の人はほかにも沢山いるだろうけど、どうやったらそういう人達と出会えるんだろう???