野蛮な雑話第10回「あんぱんこと左党のエピソード」

今日は左党が幼少時代どんな間抜けや歯抜けなどをしてきたのかというバカ話を掲載したい。
左党は親をスポンサーと呼んでいる。
なんでなのだろうか?
調査してみりゃ、幼少の頃しでかした2つの小さな小さな事件が原因であるという。

まずは全財産窃盗事件。
これは左党が幼稚園児の頃に起こった事件である。
幼稚園に入ったばかりの頃、左党は幼稚園に行くため(左党は幼稚園はへ電車で通っていたらしいです。)スポンサー(母親らしいです)と同居人(弟らしいです)、たまたま孫を見に会いに来ていた祖父につれられて駅へと行った。
そこで電車を待ち保育士や園児のいる電車に乗るのですが乗車直前に左党がスポンサーが家から持っていた手さげ袋を受け取る際にハプニングが起きてしまいます。
なんと左党はスポンサーが持っていてくれた手さげ袋をとらずに一緒に持っていた全財産入りの布袋を持って電車に乗ってしまったのだ。
しかもスポンサーが気づいたのは電車の扉が閉まった直後である。全財産入りの布袋を左党が持っているのに気づき大慌てのスポンサーを見て左党は手を振っていたそうです。
無論スポンサーは風林火山の勢いで幼稚園に行き全財産入りの布袋と手さげ袋を交換したそうだ。
そして後年、お茶の間での左党の幼稚園時代の話といえばこの全財産窃盗事件のことになるらしい。
スポンサー曰く
「普通の子ならまあ間違ってしまったとか親の責任とかで終わりだけどお前がやったとなると絶対ワザとやったやろ。」

そしてもう一つの事件は通信簿紛失事件だ。
これは左党が小学1年生の時、1学期が終わる日に通信簿をもらった。
左党は家に帰ると昼飯を食おうとダイニングルームで昼食を待つのだがその昼飯の前にスポンサー(母親らしい)がこの後、左党にとって十数年の付き合いになる通信簿公開を請求される。
しかし左党は通信簿など持ってないとランドセルを見せる。
スポンサーはそんなことはないはずだとあせって探すもランドセルに通信簿なるものはない。
これは前代未聞と思いスポンサーは小学校に電話すると小学校の近くに落ちていたらしくきっちりと届けられていた。
スポンサーは猛然と速きこと風のごとくを地で行くように小学校に通信簿を取りに行った。
もちろん通信簿の中味はサファリパークのような世にも珍しいもののオンパレードだったとか。(スポンサー談)
スポンサーは
「絶対にワザとやろ幼児の特権をバリバリ使いやがって〜、コノヤロー!!」
といってお怒りモードらしい。

以上であるがこの2件の事件を皮切りにスポンサーの信用を次々と暴落させていった左党は通信簿紛失事件から11年後の21世紀の幕開けの年2001年の秋にスポンサーから2005年度限りで戦力外通告を通知された。

2005年5月18日


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