野蛮な雑話第5回「司法官弄花事件」
今回は前々回の続きとなります。しつこいようですがこの話は受け売り話で私は自分でこの事件を調べずに本人に無断で掲載しています。

大津事件の翌年1892(明治25)年、児島惟謙ら6人の大審院の判事たちが花札で金を賭けたという噂を聞いた大審院判事の児玉淳一郎は大審院長がギャンブルをしたという司法大臣、司法次官、検事総長に報告します。
司法大臣らは裁判沙汰にすることを止めたが「内閣に報告するぞ」と言われたため児島惟謙を辞職させようと動いたが児島惟謙は辞職を拒否した。
児島惟謙らは6月に裁判となるが7月に無罪となった。
しかし8月8日に司法大臣に山県有朋が就任すると児島惟謙は山県から説得されて大審院長を辞めた。
以上のことを東京日日新聞は書いている。
東京日日新聞は詳細な報道を行います。

真相は児島惟謙ら6人の判事たちが宴会中に花札で金を賭けて遊んだというものである。 これは違法じゃないの?とお思いのあなた。それは間違いです。
確かに営利を目的としたギャンブルを日本でやることは禁止ですが営利を目的としない家族や友達同士などのギャンブルは合法です。
ちなみに営利目的でないギャンブルの借金は返さなきゃいけません。(営利目的については無効)法律ってのは、なんかややこしいですなぁ〜。
その事を花札に参加したある人物が仕事仲間にしゃっべていたらしいので児玉淳一郎はこの情報をキャッチしたと思います。

あとこの事件は東京日日新聞というマスコミにより詳細に取り扱われてますがこの新聞社は長州贔屓の新聞社なのです。なぜかって?社長が長州出身の大物、伊藤博文の部下だから。そうすれば前ページの東京日日新聞の記事は疑う必要が出てきます。

また児島惟謙の周りはあるグループと関わりのある人物達が・・・
そこで司法官弄花事件に関係した人物を挙げていきます。
司法大臣 田中不二麿(タナカ フジマロ)
現在の愛知県出身で今回の事件に無関係と思えるが実は長州の大物であった木戸孝允の部下で木戸孝允の弟子の長州閥のボス山県有朋や長州出身の伊藤博文と関係があってもおかしくない。
司法次官 三好退蔵(ミヨシ タイゾウ)
現在の宮崎県出身。長州と関係ないと思えるが地味な地方裁判官であったが1882(明治15)年に伊藤博文の憲法調査に随行し外国で3年間、伊藤とホームシックなどの苦楽を共に乗り切って帰国後、伊藤により出世コースへ乗せてもらう。伊藤に恩あり。
検事総長 松岡康毅(マツオカ ヤスタケ)
現在の徳島県出身。児島惟謙のライバル。判事児玉淳一郎が仲介して長州閥と手を組む。
判事 児玉淳一郎(コダマ ジュンイチロウ)
現在の山口県(長州の事だよ)出身。また松岡康毅と人脈あり。東京日日新聞に情報を流していたらしい。

山県有朋
現在の山口県出身。この頃の長州閥のボス。田中不二麿の後、司法大臣となり児島惟謙に引導を渡す。
伊藤博文
現在の山口県出身。今回の事件の黒幕?とも。本人はほとんど動きがないが部下たちが動いている。またギャンブルを異常に嫌っている。

そう前回の長州閥の人物達にそれと関係してもおかしくない人達です。
そう考えていくと司法官弄花事件は長州閥が児島惟謙に対しての復讐と言うことになります。
あと児島惟謙は納得して大審院長を辞めたとありますが実際のところは辞めざるをえないように追い詰められたということになるでしょう。

次回につづく  2005年2月25日


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