
・最長ピアノ演奏(練習)時間ーーーー15時間/日
真夜中の0時から弾き始め,食事やトイレもそこそこにして永遠と弾き続けました。もちろん,弾くべき曲を選んで,それら全てを弾き終わるまでという目標を持って。さて,15時間もピアノを弾くとどうなるでしょう?ーーー背骨が痛くなります。意外でしょ!もちろん腕や指も筋肉痛になりますが・・・
・最長フライト時間ーーーーーーーー4時間57分
いやー,もうこれは根性だけで飛びました。着陸した時はモウロウとしていました。実はこれ,その日2本目のフライトだったんです。
・最多フライト回数ーーーーーー6本/日
その日は,ツイテいたんです。ランディングするや新しい人が来てすぐにテイクオフへつれて行ってくれるやら,キャノピー忘れても友人が貸してくれるやらで,どんどんフライトができました。・・・・結局,1本1本のフライト時間が短かっただけの話ですが・・・
実は,パラグライダーでの2000m越えは,西暦2000年に立てた目標だったのです。その当時,この記録をクリアしていたのは,このエリアではほんのわずかな人だったのです。とてもこの記録を自分なんかとても無理だと思う反面,僕自身このころパラにのめり込んでいた時期だったし,なんとかいきたいという思いも強かったのです。(そのころの僕の最高飛行高度は1600mあまり・・・)
そして,時を重ねること6年,2005年11月26日(土)についにこの記録を達成することができたのでした。パチパチ。ついでにその時に20番札所「鶴林寺」上空飛行にも成功したのでした。
平成19年9月22日(土)快晴。朝から山伝いにクラウドストリートが連なる。
飛び出すと,少々バンピーではあったが,思った通りぐんぐんと高度を稼ぐことができた。テイクオフ上空で800mを越えたら,今日は早めに東に走った。平石山の方でもいい雲がもくもくと発生していたのだ。
平石山へは難なく移動できた。だが,今日のサーマルは比較的雲底も低く,がんばっても最高高度が1000〜1100mくらいまでで,「高度を稼いで一気に走る」というわけにはいかない。でも,山伝いに連なるクラウドストリートを使えば・・・。
30分ほど飛んで高度1000mくらいから勝浦盆地の谷越えを試みる。でも,山から離れるとみるみる高度が下がっていく。勝浦川を越えたあたりで高度600m。これでは届かない。急遽反転。もう一度平石山に着き高度を上げ直す。もう一度試みるも失敗。「高度が稼げないから今日は無理かも・・・。」と,弱気になりかけた自分に「いやいや,こんないいサーマルが出まくる日なんてめったにない。しかも,ここのところ自分は天候や風に恵まれいなくて,不運を絵に描いたような日が続いていたではないか・・・。この日こそ千載一遇のチャンスだ。意地でも持井橋を越えてやる!!」と負けず嫌いで粘着質の気質の自分が顔を出し,三度目のチャレンジに向けて三度平石山に着いた。
この日のサーマルは,本当にビッグで何度か翼を叩かれるなど少々おっかなびっくりだったが,テンションの高さでそれをカバーした。そして,雲の形や雲の連なり方,それに風と山の起伏をじっくり計算しながら雲底に着いた。雲底の縁を出入りして,伝い渡るようにしながら何とか谷渡りに成功した。高圧線上空やや西側のコースをたどったのだが,南寄りの風が弱まったのも幸いした。スピードは速くはないが,尾根さえ越していれば、高度をほとんど下げることなく東に進むことができた。
持井橋上空で高度約500m。やったー!これで念願の目標達成だ!!そして,この橋さえ越えられれば,ランディングできる場所はいくらでもある。このまま東に行ける所まで行こう!
その後も感動は続いた。パラグライダー歴十数年。このエリアは知り尽くしているつもりだったが,さすがに持井橋を越えての風景は初めてだ。広い河原と平地が広がり,その向こうには海が見える。全く別のエリアに来たような錯覚を覚えた。
ランディング体勢になってもなかなか高度は下がらなかった。ランディングの広さは問題ないのだが,ごつごつしたやや大き目の石が一面に転がっていて,足首を捻らない事だけに気をつけた。無事ランディング。ほっと一息。達成感と安堵感と疲労感が一緒に湧いてきた。
まさかこんなことが達成できるとは思わなかった。それも,自己資金(大金)をほとんど使わずに行くことが
できたというのが嬉しい。南極旅行だけは,大金を払ったが,これに行ったからこそ達成できたのだ!!
友人の誘いがあり,酔った勢いで出場を決めました。無理なトレーニングのため足を痛め,3日前にドクターストップが・・・。それでも,男の約束だと慣行!最初の20Kmあたりまでは順調でしたが,後は足を引きずるように・・・。何とか完走(完歩)できました。
四国最東端での出来事。椿泊の最東端から舞子島まで約800mを泳ぎ,舞子島から対岸の蒲生田岬までの約1,500mを泳ぎきりました。途中,クラゲに刺され,死にそうでした。蒲生田岬から椿町を通り椿泊まで歩きバタンキュー。26歳の夏のことです。そのころが一番体力があったのかな。
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