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「次はお前の番だぞ、ルゥト」
 夕焼け色に染まる教室の中心に、生徒が授業の時に使用するだろう机と椅子を2人ずつが向かいあうように4組を固めて長方形を作り、
その椅子に三人の少年と一人の少女がそれぞれ座っていた。
彼らの他には人の気配はなく、教室の床には四人の影が真っ直ぐと伸びている。
その床は茶色をした木で作られたものだった。
少年達が上体を揺するたびに軋んで音をたてることからも、この学校の校舎が年代物であることを伺わせる。
「OK、ローベル」

 先ほどの者と向かい合った場所に座っている少年、ルゥトが返事をした。
その横では、金色の髪を肩の少し下まで纏った少女が心配そうに少年を横目で見ている。
彼女の髪はストレートではなく、少しウェイブがかかっている。
壁際に佇む時計が次々と時を刻んでゆく。
辺りが静かなため、その音はいっそう際立って聞こえる。
彼らの格好は緑の長いフード付きのローブ。
かなり前開きだが、胸元のところでローブと同じ材質でできた楕円形(だえんけい)の両側にボタンをつけ、ホックのようにして止めている。
そして左胸には、鷹が大きく羽根を広げた姿の刺繍。
全体的に少年達の身体の成立ちと比べてブカブカで、とても動きづらそうに思える。
特にローブの袖口は長く伸びていて、直立した状態で腕を下げると床にまでついてしまいそうだ。
全員がこれを着ていることと、今いる場所から推察するにこれは学生服といったところであろう。
ルゥトを含む男性陣はローブの下には白の薄い木綿のチュニックを着て、さらにその下は亜麻布という麻の中でも繊維の柔らかくできた白の半袖シャツだった。
シャツの方は結構な高級品でもある。
チュニックは通気性がよくなるように首を通す穴が少し大きい。
膝までを隠すズボンは絹でできていて、色は青だ。
少女のシャツはクリーム色をした白麻製のシュミーズ、その上に彼らと同じ白のチュニックに下は長い白色のスカートを履いていた。
これらは全て無地だ。
「ここにさっき校舎の裏で採ってきた椿の花がある」
 ルゥト少年はズボンのポケットから一枚の白い椿の花びらを、右手の人指し指と親指でそっと摘んで取り出した。
そして、それを金髪で小柄のローベルの眼前でちらつかせる。
彼はどこぞのお坊ちゃんのようにも見える顔立ちで、身なりが良さそうだ。
椿は夕焼けを受けて宝石のように輝いていた。
ローベルの隣席の小太りで前髪の揃ったガルスンがそれに頭をグッと近づけようとしたので、ローベルはそれを右手で制した。
「さぁ、早くお前の魔法とやらを見せてもらおうか」
ローベルは目を細めてルゥトを威嚇する。
どうやらかなりいらついてきているようだ。
「そう、焦るなよ」
 ルゥトは薄笑いを浮かべて、花びらを引いた。
ローベルは鼻を鳴らして腕を組み、ルゥトのそれを凝視する。
「わかっていると思うが……」
 ローベルが言う。
「精霊との契約を全く交わしていないお前が、魔法を使えるはずはないんだぞ」
「どうかな。まぁ、見てろよ」
 ルゥトはゆっくりと、皆が確認できるように花びらの下半分をくるくると巻いていく。
次に、それの丸めた部分だけを隠れるようにして左手の拳でそれを握り、上半分を手から露出させた。
彼はその上半分を千切るジェスチャーをして、次に何をするかを予想させた後にそれを実行した。
そして、千切った部分をそのまま右ポケットにしまう。
「さて、これで今、俺の左手には丸めた部分が残っている事になる。そうだよな、ローベル」
 ローベルは面倒くさそうにウンウンと頷いている。
「さぁさぁ、とくとご覧あれ!大魔道士ルゥトの大魔術」
 隣の少女が小さくため息をついているのがルゥトにも分かった。
しかし、ルゥトが左の手を開くと一同顔色が変わった。
特にガルスンは目を大きく見開いて、目線をルゥトの左手とローベルとの間を行き来させる。
あるはずの花びらはそこにはなかったのだ。
ルゥトが得意気に鼻を鳴らして椅子から立ち上がる。
その拍子に彼の右ポケットから上下に分かれて2枚になった花びらがヒラヒラと舞い落ち、机の下にスッと入っていった。
ローベルが無言で机の下を覗き込むと同時に、ルゥトは少女の手首を握って全速力で廊下に出て駆け出した。
「何してんのよ」
「こういうのは早いほうがいい」
 木でできた階段を底が抜けるのではないかと思うような音をたてて勢いよく下る音が校舎の外に消えた頃になって、ローベルはゆっくりと机の下から這い出した。
「あの落ちこぼれのソフィストめ」
 そう言って握り締めていた手を開くと、そこにはルゥトが消したはずの椿の花びらがあり、窓からカーテンを躍らせて入ってきた風によってそれらは地面へとゆっくり落下を始めた。
 
 

 

 ルゥトと少女は小高い丘に腰掛け、目の前の壮大な海に浮かぶ船の風切や海岸に聳え立つ寺院の風見鶏をぼーっと眺めていた。
一陣の風が吹き抜けるたびに草々が順々に音をたて、それとともに民家から食べ物の香りもやってきた。
「この匂いは、子牛かな」
ルゥトは独り言を言いながら暑く感じたのかローブをボタンも外さず強引に頭から抜き取った。
今は3月。
寒い日もあれば、暖かい日もある。
今日は後者だ。
ルゥトは立ち上がって百七十センチ程の身体いっぱいに風を受ける。
緩やかな波にゆられて浮き沈みする帆船が水平線の向こうに消えると、太陽は半分ほども頭を海に埋めていた。
「今度はどんな手を使ったの」
 少女が腰を下ろしたままルゥトの方を向いて口を開く。
「また今度教えてやるよ」
 少年は少しだけ首の向きを少女に向きなおして言った。
「全く、魔法使いが手品使ってどうするのよ」
 呆れたように少女が言い放って立ち上がる。
その言葉に背を向けるようにルゥトは青々しい草々とたんぽぽの中に倒れこんだ。
「じゃあ、そろそろ日も暮れるし、私先に帰るから」
 ルゥトは軽く頷く。
少女は小走りで丘を下り始める。
「そうだ。明後日が提出期限の旅人の葉の研究レポート、見せてくれないか。世話するの忘れてて枯らしちゃったんだ」
 ルゥトは腰までの上体を起こして少女を呼び止めた。
「仲良しのシオンにでも頼んだら」
 下り坂に半身を隠した彼女はそっと首だけルゥトに向きなおして言った。
「ちぇ、冷たい奴」