如月

3月日記へ

2004.2.29

乾かない涙を知っていますか?なんの救いにもならない涙を知っていますか?泣き暮らすというものを知っていますか??悲哀と喪失感に満ちた日々を知っていますか?

愛しい命を喪うのは何度か経験をしているし親族が息を引き取るのだって目の前で見送った経験もある。それでもこの哀しみは柔軟性を失った心で受け止めるには あまりにも過酷な衝撃だ。

私自身が生きていたことの正体を始めて知る。いつもの視線の先にペコがいたことの正体を知る。私が失ったものの正体を知る。犬を喪ったのではない。家族を喪ったのだ。そして私自身を喪ったのだ。

2004.2.28

怖い夢を見て魘されて目を覚ます・・・双頭のヘビに追いかけられていた。。。気持ちを落ち着かせるために 一旦起きる。

こんな時はいつも どうしていただろう?そうだ!ペコが・・・ペコが「どうしたの?」と一緒に目を覚まし その柔らかい匂いに包まれながら 再び眠りにつく。手はペコの手と固く結ばれて。

そしてまた夢をみる。すると風景に溶け込んだペコが見守っていてくれる。『なんだ そこに居たんだね』

2004.2.24

『夢でもし逢えたらステキなことね

     あなたに逢えるまで眠り続けたい』

そんな歌を最近ずっと口ずさんでいるとダンナがペコの夢を見たと嬉しそうに夜中に起きてきた。よかったね・・・ずっと逢いたかったんだよね・・・もう夢でしか逢えないんだものね。私も まだ2度しかみていない。。。

今 触れ合った感触だけを残してペコはまた夢の中へ去っていく

追いかけても 追いかけても 追いつけない

夢の中ではいつも 振り出しに戻される

同じことが繰り返される

2004.2.23

21日にアメリカ・ブッシュ大統領の愛犬スポットちゃん(メス)が14歳と高齢で病気のために安楽死させられた。来月には15歳になるハズだったようだ。安らかな死だったろうか。。。

ペコが2月1日に倒れてからの5日間を思う。ペコは本当は1日の朝に逝くハズだったのかもしれない。だけど5日間あたしたちのために時間をくれた。ペコにとっては苦しい5日間だったことだろう。眠るように逝かせてやりたいと願うのは どの飼い主も同じだ。だけどそんな安らかな最後など いったいどれだけの子が迎えることができるのだろうか。。。もしかしたら 多くの子が苦しみの果てに逝ってしまうのだろう。。。

2004.2.22

早朝 勇気を振り絞って散歩道に出掛けてみた。外はいつの間にか すっかり春で よけいに寂しくなった。ひとりで歩くのは辛い。もう歩きたくない。。。確率10%程度だったのに短い間に雨に降られてしまう。ペコがいれば90%以上の確率の雨さえ ギリギリで避けられるほど あの子は運のいい子だった。やはり私の守護は いなくなったんだな。。。

私たち夫婦に課せられていた義務と責任を思う。ペコに対して強い義務と責任を持ち、『最後まで見送る』ことは私の目標でもあった。それは時に重く感じられたけど、ペコは一方で『生き甲斐』であり『心の支え』だったから この義務と責任には 気持ちよく縛られていたという所だろうか。。。

なんであれ 人が生きるのに その種の「縛られるもの」「背負うべきもの」が必要なのではないかという気がしている。ペコだからこそ、犬だからこそ『夫婦で協力して』背負っていく義務と責任と目的になり得たのだ。

2004.2.21

それは時々 夢なのか現実なのか区別がつかなくなります。ペコが居たのが夢で今が現実。それとも今が悪夢で目を覚ませば またあの子に触れることができるのだろうか。。。どこか遠い所での出来事のような気がしたりして

ペコは あんなに苦しんでいたのに今考えると 一声も上げることがなかった。普段から『鳴いちゃいけない吠えちゃいけない』と鳴くことを私がイヤがるから 最後の最後まで声を上げなかった。じっと耐えるのは どんなに苦しかったことだろう。。。それを強いたのは私なのだ。私の罪はあまりにも多い。

2004.2.19

バカなことをしてしまった。。。ペコの『最後の時間』が私の中で重くなりすぎて、お酒に逃げようとしたが 元々飲めないもので5%アルコールのカクテルをたぶん50ミリ程度飲んだ時点で 足元グラグラしてきて数回吐いてしまった。。。残ったのは激しい頭痛のみ。。。はぁ〜〜〜情けない。お酒にまで見放されているらしい。

明日で2週間になる。時間はノロノロと過ぎていく。それでも2週間たってしまった。息苦しい息苦しい息苦しい。。。私は生きているのか。。。これを生きていると呼べるのか。。。

2004.2.18

いつ明けるとも知れない暗闇で夜明けを待っている。今日も思い出の中でヒザを抱えている。どこかに進んでいるというよりひたすら耐えている毎日だ。生きることは こんなにも息苦しい。。。

『哀しみ』という言葉を乱用しているが 言葉にするとそれもどこか違っている。表現する言葉をそれ以外に知らないのだ。哀しみ、苦しみ、喪失感、虚しさ、失意、孤独、どの言葉を使っても 今の私の感情を言い当てるものは見当たらない。

今日 とうとうペコのことをマンションの知り合いに聞かれてしまった。誰にも会いたくなくて話したくないために時間帯をずらしてゴミ出ししてたのに。いつかは聞かれるだろうしいつかは答えなくちゃいけないと思ってはいたけど・・・やはり涙で言葉に詰まり、『ごめんなさい』と早々に部屋に駆け戻った。

2004.2.17

もう、あの最後の時間のことは考えたくなかった。考えると泣く以外になく・・・泣くのにも、もう疲れた。。。それでも あの最後の時間は私を放してはくれない。いつまでもペコの最後が私の中で繰り返される。そして 朝の5時から6時は相変わらず苦しい。

今日 大阪の獣医さんへお礼に伺った。大きな残っていた仕事をやり終えたような気分だった。いいご夫婦だ。獣医でなければ ただの親ばか飼い主さんで タマちゃんの話をしている時の おふたりの姿が眩しかった。お礼を言って帰る時には外まで 見送りしていただいた。もしかしたら 亡くなった子の飼い主さんはこんな風に送ってもらえるのだろうかと思うと寂しくなったが、獣医さんに見送られたのは『私たち夫婦』ではなくペコなのだろうとも思った。この獣医さんで 本当に良かった。

2004.2.14

ネット仲間との距離がどんどん離れていく。愛しい命がその傍らの手の届く所にいる人たちと会話をしていくのが辛くなっていく。取り残されていく。私はもう『思い出の中でしか』生きられない。

いったいいつまで『可哀想なロデム』でいるつもりなのだろう?!

この先どんなに辛い出来事が私の身に起ころうと もう精神安定剤のような柔らかい毛も 鎮静剤のような独特な匂いも 涙を優しく舐めてくれる温かい舌も お守りのような優しい眼差しも どこにもないのだ。一人で立ち向かっていくしかない。。。

2004.2.12

相変わらずペコの逝った最後の時間帯になると息苦しくて とても平常心ではいられない。

だけど最近はペットロスのHPに入り浸っていて何度も文章を読み返し、今の哀しみはこれでいいのだと自分に言い聞かせている。

こんなことでもなければ私も『ペットロス』について詳しく学ぼうとはしなかった。そして ふと過去の自分を振り返る。私は愛しい命を失った人に対して どんな言葉をかけてきたんだろうかと。。きっと私のかけた言葉で更に相手をキズつけていたのだろうと思うと居た堪れない。相手が大切な人であるならば、まず予備知識をつけてから言葉をかけるべきだったし、そうでない相手なら言葉をかけない方がよかった。立場の違う人からの言葉は 優しさも凶器に変わる。

2004.2.11

ちょっと信じられないような話・・・

ペコの火葬はダンナが仕事だったために、ネットで探して専用車で来てもらうしかなかったんだけど、これがまぁ 車を見たら貧相で、あたしはペコが不憫で仕方なかった。しかも 失礼ながら担当者の人まで おいおいと文句をつけたくなりそうな『おっちゃん』で、それでも このペコの最後だけは 滞りなく済ませてしまいたかったんで そのことについてはあまり触れなかった。

ペコのまだ熱を持った骨が炉から出される時に その『おっちゃん』が信じられないような話をしていた。

『ご覧になられていたとうり、うちは正真正銘 お宅様のワンちゃんのお骨です。うちはそれが自慢ですから』って、こちらとしたら そんなこたぁ『あたりめぇ〜だバカタレ』と言いたいところだが、どうも そうじゃない火葬業者さんがいてるらしい。遺体を預かると『後で来てください』『後で届けます』と言って違う骨を哀しみに暮れる遺族に渡すバカタレがいるとか。。。

今日まで頭の中が『哀しみ』一色で そんな話は スコーンと忘れていたが、今日になって この火葬業者から火葬の領収書とペコの位牌が届いて、この話を思い出した。

この先 このような事態になった時は 辛くとも その場で見張っていたほうがいい。

ようやくペコの骨壷の袋の制作に取り掛かっている。あまりに泣きすぎて目があまり見えないのだけれど、おかげで今日は昨日より泣く回数が減った。

2004.2.10

多くの人が時間に縛られながら生活をしていることだろう。私は自由になった。テレビも好きな時間にゆっくり観ることができるだろうし、食べたい時にゆっくり食べれるし、眠りたいだけ眠れるし、私自身の病院に行っても買い物に行っても、急いで帰宅する必要はない。そう もう時計は必要なくなった。急いで帰っても 私を待ち焦がれている一途なつぶらな瞳は もう何処にもないのだ。

縛られていた時間の心地よさを思う。。。自由になったことの不自由さを思う。。。日々散歩に追われ時間に追われ、自分だけの時間を夢見ていたのではなかったか。。4時間でいいから続けて眠りたいと日々願っていたのではなかったか。。そして今 時間は私の好きなように使える。でも、眠れないし食べられないし何処へも動けない。自由とはなんと 居心地の悪いものなんだろう。。。

ふと『あれから』ほとんどダンナと会話をしていないことに気付く。今まで何を話していたんだろう。。。ペコちのウンちが・・ペコちの散歩で・・ペコちが今日。。。ペコちがペコちが。。。ずぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜と16年以上ペコのことばかりしか話してこなかったんだ。

京都は秋から冬の朝に、とっても濃い霧に包まれる。伸ばした指先さえ霞むほどの濃い霧の中をペコと何度も歩いた。見渡す限りあたりは真っ白で、すこし離れるだけで もうペコの姿が見えなくて不安になって大声で『ペコォ〜!!』と叫ぶと、ほどなくして霧の中からシッポをパタパタしながら『ここだよ。ここにいるよ♪』とペコが足元に現れる。

もしかすると今 私は そんな霧の中にいるのかもしれない。何度もペコを呼んでいる私からはペコが見えないがペコからは 私が見えているのかもしれない。。。

2004.2.9

時間を戻してください!!一週間・・いえ せめて3日、お願いだから時間を戻してください。もう一度あの夜をやり直したい。もう一度あの朝をやり直したい。もう一度ペコに触りたい!!神でも悪魔でもなんでもいいから お願いします。。。お願いします。。。そのためなら なんだって差し出します。ペコのいない人生など生きていても なんの意味もない。

あの子がいたから生きてこれた。あの子がいたから病気にも入院にも負けないでいられた。あの子がいたから苦手な管理組合だって やってこれたんだ。あの子のためなら相手が誰であれ向かっていけたし土下座することさえ なんでもなかった。ペコを失うほどの痛みなど他に有り得ないことはペコが生きている時からわかっていた。だから大切に守り続けてきた。

この地獄のような日々に比べれば、あの最後の夜などなんでもなかったんだね。。。苦しいよ。。。苦しいよ。。。とっても苦しいんだ。

月曜日がゴミの日なのでゴミを集めようとして、ペコの『最後の惨状』を開いてしまう。便と尿と血の混じった吐瀉物の沁み込んだ大きなシーツはペコの苦しみの残骸だ。残しておくには あまりにもヒドイ臭いがする。でも紛れもなく あの時のペコの臭いだ。抱き締めて泣いた。この先何度 これを開いてしまうんだろう。

2004.2.8

もう随分と時間がたったような気がするけど、まだたった2日だ。ペコのいない日曜日の朝。

夫婦ともに無宗教なので 我が家には線香さえ無くて、ペコの遺骨は常に私の目の前に置いている。一箇所に置いて お花を飾り、お水やペコの好きだったものを並べようかとも考えたけど、まだ 私の傍から離せない。あまりに触り過ぎたのと涙の染みで すでに骨壷の袋が 黒ずみはじめたので臨時にスカーフで包んだ。そして 小さな『目的』をみつけた。

『そうだ!!写真も入るような可愛い骨壷の袋を手作りしてやろう』まだペコのためにしてやれることがあるのが とっても嬉しかった。どんな生地にしよう。どんなデザインにしよう。考えていると すこし楽しい気分になってくる。

これまた無宗教でわからないんだけど、納骨ってのは どうしても必要なんだろうか?昨日火葬していただいた担当の人は『中には散歩道に散骨される方もいらっしゃいますが49日を過ぎたら納骨される方がほとんどです』とおっしゃっていた。なんでだろう?そうしないと成仏できないのかなぁ?なんでか知ってる人はいるだろうか?

私はできれば ずっと ずぅ〜〜とペコの遺骨は手元に置いて、そして私が死んだ時に一緒にしてもらいたい。

ペコが倒れる前から夜中は電気を消すこともなく過ごしていたので、今も毎夜そうしている。今は、ネットの中に救いを求めて毎夜 彷徨っているだけだけど。。。

2004.2.7 peart2

参ったなぁ〜・・・ほんまに参った。こんなに引き裂かれるような哀しみがあるんだなぁ。。

火葬に際して、結局こちらが持たせてやりたいと思っていた ほとんどのモノを持たしてやれなかった。中でも16年間は愛用した 籐カゴは『これだけは絶対』と思っていたのにダメだった。

専用車をマンションから すこし離れた所に止めてもらって、そこまでタオルと毛布に包み連れて行った。ペコが焼かれてしまう。。。居た堪れないほどの苦痛がした。しばらくして まるで手品のようにペコがペコであった象徴は消え、同じ場所から骨が出てきた。骨を拾う。業者の人が『内臓がかなり悪かったんですね』とおっしゃった場所は真っ黒になっていた。ピンクの骨が出てきて これは出血していた証拠らしい。骨を拾い、ペコと一緒に何度も歩いた散歩道を骨壷を抱えて ゆっくり歩いて帰途に着く。ペコとの『最後の散歩』だ。話しかけながら歩いた。家に着いても骨壷を抱えたまま数時間過ごし、気がついたら2日ぶりに眠っていたようだ。ハッと目が覚めて一番に『散歩に行かなきゃ』と思い・・・ああ もう散歩はないんだと思うと涙が止めどなく流れる。。。

実は部屋の中は『あの朝の』ままなのだ。片付けられなくて・・・。ペコの体液の沁み込んだシーツまでが愛しくて捨てられない。自分でも かなりヤバイなと思いながら なにもできない。ペコが逝ってから食べていないのにお腹も空かない。

愛するモノを失った多くの人たちは このどん底から どうやって立ち上がっていったんだろう。。。どうやって進んでいったんだろう。。ペコの居た空間でペコの居ない大きな空洞を埋めて生きていくなんて・・・心の支えを失って立ってなどいられない。こうして今の想いを綴ることしか今はなにもできない。

2004.2.7

昨夜がまだ続いている。ペコはもう 苦しんでなんかいないのに、私が苦しい!!苦しくて苦しくて泣き叫びたくなる。時間が追うほどに哀しみが増していく。ペコが逝った時よりも何十倍も 心が痛い。なにかをしていないと どうにかなるんじゃないかとさえ思える。

涙っていうのは意外に枯れないものだと感心する。ほとんど一日中泣いていたが まだ気がついたら頬を伝う。誰かと話したくて誰とも話しをしたくない。話せば涙で絶えられなくなる。

火葬をする時に一緒に焼いてもらうペコちのモノを揃える作業がかなり辛い。いや ほんまに これは過酷だ。この部屋のどこを見渡してもペコのものが溢れている。あたしを含めて全てがペコのモノなんだ。この中から最小限のモノを持たせてやらなくちゃいけない。なにげなく開いた冷蔵庫に冷凍した流動食が手付かずに残されているのを見て、胸をわし掴みにされた。その場で嗚咽する。食べさせずに逝かせてしまった。。。満足に水も飲ませてやれなかった。2月1日の朝に倒れる以前から下痢をしていたので 一週間ほとんど食べていなかった。倒れてから散歩もさせてやれなかった。

こんなにも やり残したことがあるのに。。。

私の中で朝5時からの最後の一時間が 延々と繰り返される。古びたレコードのように同じシーンが何度も何度も再生される。

私の夜はいつまで続きますか・・・どうすれば楽になれるんだろう。。。どうすれば この涙は止まるんだろう。。。

2004.2.6

AM0時30分・・・久しぶりにひどく咳が出て起きる。1日以前はかなり出ていたのに今日まで咳は出ていなかった。全身でかなり喘いでいる。氷も流動食も舐めようとしない。2時になっても治まる気配なし。横になるとひどいみたいで ずっと立ったまま。寝させても抱いても すぐに立ち上がってしまう。

立ったまますでに3時間を経過した。咳をしてひたすら喘いだままだ。なぜペコにこれほどの苦しみが必要なのだろう。なぜあたしにこれほどの苦しみが必要なのだろう。見ていなければいい、目を閉じて耳を塞いて自分だけの世界に逃げ込みたい。同じ家に居ながら寝息をたてているダンナを恨めしく思う。彼とはこんなに長い夜を共有しない。この連日の苦しみも共有しない。もしかすると哀しみも共有しないのかもしれない。ペコに対する想いは深くとも こんな夜を知らない彼とあたしとでは『後』が違う気がする。そして それでいいような気もする。誰か家族の中で『この状態』から離れた存在も必要な気がする。そうでなければ共倒れになってしまう。

4時間経過・・・さすがに疲れてへたり込んだ。目がおかしい。

AM5時・・・また立ち上がる。何度も座らせようとしたり横にならせるがやっぱり立とうとする。後ろ足には すでにチカラがない。力なく座り込んだので そのまま横にさせて背中をさすっている。呼吸が変わる。喘いでいた息が便と共にホッとしたように押し出されて身体の力が抜けていく。痙攣をしている。意識がない。尿が流れる。意識が戻らない。眠っていたダンナを急いで起こす。手足が最後の動きをし宙を蹴る。ペコに声をかけ何度も呼ぶが帰ってこない。大声でペコの名を呼び続けるダンナを止める。『お願い。一晩中苦しんでいたから もう・・・』

AM6時5分・・・ペコの時計が止まった。

AM11時・・・『なんで いつもと同じ朝なんだ。なんで・・・なんで・・・』隣にペコがいる。柔らかい毛並み、フサフサの尻尾、可愛い瞳、何度もキスをした鼻、あたしの声を聞くためのウサギのような耳、どこへでも駆け出せそうな長い手足、だけど身体が哀しいほどに冷たく堅い。

タイガーが朝までペコの傍にいた。一晩中 傍にいることなど珍しい。なにかを感じていたのかもしれない。ペコが逝く直前の慌しい中 ようやく傍を離れた。

何ヶ月分も買い込んだ おしっこシーツにオムツ、流動食、介護用品、なんにも使わせてもらえなかった。昨日の時点で これから一年くらいの介護生活を覚悟していた。夜鳴きもせず、この5日間はシッコの時はシッポを振り知らせてくれて、本当にいい子だった。

『スバルくんに会えるかな?』とあたしが言うと『野良母さんにもチビワンにも会えるさ』とダンナが言った。そうだよね。きっときっと会えるよね。

ダンナは10時に出勤していった。あたしはペコといられるが、こんな日に仕事に行かなければならない身はキツイだろう。今夜一晩最後の夜を過ごし、明日の朝9時に葬儀屋さんを頼んだ。獣医さんにも連絡したが、ほとんど言葉にならなくて、ただ泣いているだけだったような気がする。

HPは・・・わからない。今はなにもわからない。とりあえず、しばらく休む。

掲示板へ応援メッセージを残してくださったみなさん。ありがとうございました。心から感謝致します。しばらく訪問致しませんが、どうか お許しください。

2004.2.5 寒い

AM1時30分・・・2時間半カゴで眠っていたが起きる。シートで尿をして氷とカロリーエースを凍らせたものをふたつ舐める。ウォルサムの流動食を凍らせたものも出したけど舐めず。尿をシートでもう一回。舐め終わった後、水を少量飲む。後 気分が悪そうにクチの回りを何度も舐めている。旋回を繰り返し、2時半過ぎにカゴで眠る。

AM4時・・・尿をシートでして、氷2個、ウォルサム流動食を凍らせたものを2個。まだ欲しそうにしているが、吐いてはいけないので与えない。一時間旋回したり氷を舐めたりして5時に横になる。

AM6時20分・・・シートで尿をするのに、時間がかかるようになった。氷と流動食を凍らせたもの4個お水少量、旋回ばかりして横になろうとしない。2度目の尿をして8時20分ようやく横になる。

PM1時・・・シートで尿。氷と流動食を凍らせたもの5〜6個

PM3時・・・大阪の獣医さんへ。行く時ヒザに抱いていたが心臓がバクバクしていて気が気じゃなかった。

点滴800ml。吐き気止めの注射2本。尿検査。流動食2か月分とメイペットDCとタイガーごはんと内耳の薬。帰りは落ち着いていた。

PM8時帰宅。9時半くらいまで旋回し眠る。

2004.2.4

AM1時・・・尿をして氷を舐めるが吐く。2時頃眠る。

AM4時・・・シートで尿をして氷を舐めるが吐く。5時に寝る。

AM7時30分・・・シートで便をするが 踏ん張れずに便の上に尻餅。軟便。尿をして 氷を舐めるが後に吐いてしまう。

AM9時・・・尿をして、氷を舐める。後 吐いてしまう。10時過ぎに眠る。大阪の獣医さんまで連れて行ってもらおうと、ペットタクシーに電話をするが連絡なし。

PM1時30分・・・シートで尿をして、氷を舐めて2時30分ほどに眠る。流動食やお粥を食べない。

PM5時半・・・シートで尿をして氷を舐める。流動食とお粥の上澄みを用意し 鼻先に近づけるが食べようとしない。カロリーエースを注射器に入れ 飲ませようとするがイヤがる。結局氷だけ舐めて7時ごろ眠る。残りのカロリーエースを冷凍庫で凍るらせる。

PM9時15分・・・シートで尿をして氷を舐める。夕方凍らせたカロリーエースを与えると最初は舐めなかったが、3個舐めた。尿をもう一度。11時前にカゴで眠る。

2004.2.3

30〜1時間毎に起きている。

朝、氷と流動食を少量。何度も口元は舐めているが吐かない。

昼、水を飲んでかなり吐いてしまう。

PM5時・・・近くの動物病院に行く。脱水症状予防のため点滴250mlと酔い止めの薬を点滴の中に入れる。まだ眼球振動があるらしい。帰りにすこし歩かせる。6時30分帰宅。氷を舐めるが吐いてしまう。

PM9時30分 氷を舐めるが吐いてしまう。

2004.2.2

30〜1時間毎に起きている。

朝、意識を失って 失禁。すぐに覚醒する。眼球が水平振動をしている。頭は左に傾いている。かろうじて立つことができるがうまく歩くことができない。

2004.2.1

なんとも表現のしようもないほど動きが妙で気になって目が離せない。しんどいのか寝る気配がない。午前3時の散歩で一方向にばかり回っている。帰ってからも喘いでいる。

午前5時起き上がって数歩、歩くとその場でオシッコが出た。そのまま体勢を崩して 辛うじて支えた時には すでに意識がなく、便と尿がそのまま排泄される。脳関係なのか神経系なのかケイレンをして意識のないまま 片方の眼球だけが大きく上下に動いている。

何度も声をかけ、意識が戻ったのは30分後1時間後には、立ち上がれるようにはなったけど立ち上がれるだけで歩けない。午前8時には立ち上がり数歩、歩く。お腹が空いたのかなと思い、流動食を少量食べさせた。なんとか自力で食べれた。

午前9時フラフラと立ち上がると尿がその場で出てしまう。午前9時30分 激しく吐いて、立ち上がれない。

2004.1.31

滑稽滑稽。。。所詮はこの程度の人間なんだあたしゃ(-_-;)支離滅裂シッチャカメッチャカなんのこっちゃ。。。

ペコやんが渋りのヒドイ下痢をして倒れて意識不明、嘔吐して倒れて意識不明 もう頭ん中と心ん中がバラバラで気がついたら 受話器握り締めて、『せんせぇ〜〜ペコはだいじょうぶですかぁぁぁぁぁ〜〜!!』と絶叫していた(大爆)信じられへん(^_^;)そんなことは先生にも わからんだろうし、まして診察もしてない先生に答えを求めてどうするねん。ほんまにアホウなことしてもうた。。。しかもガァーガァー号泣してるしよ(~_~;)先生も呆れちっただろうさ。

もう頭で考えることと身体が別々になってしもうとる。毎晩毎晩ダンナと話し合うたかて答えなんか出る筈もなく、ふたりで溜息吐いてばかりやし。そんでもお互い不安なんやろなぁ・・今のペコを見てると話さなおれんのやわ。。。寿命って何?延命って何?安楽死って何?何がペコにとって幸せ?わからへんわからへん。答えは全部ペコが持ってる。

一月に入ってペコは急激に衰えた。二月は乗り切れるのか春は迎えられるのか・・・なんにも先のことはわからへんけど、事態が好転せぇへんことだけはわかってる。明日が怖い夜が怖い・・・たぶんペコはもっと怖いんじゃないかと思える。思いどうりに動かない手足、身体、息苦しくてめまいがして、目がパニックを起こしそうになっているのがわかる。そっと抱きしめて撫でていると いくらか落ち着くけど それも束の間だ。