うつろう者の章(二度目の別れ)

ペコのいない時間と経過

◆1年7ヶ月◆

(2005.9.20)
何冊もあるノートにペコの人生(犬生)が詰まっている。
『毎日が矢のように通り過ぎる』と記されていた。

犬はまるで人のバイオリズムを表すかのようだ。
犬が若いと人の人生まで上り坂で必死で登っていく、
結婚、引越し、新居、親戚付き合い、近所付き合い、
犬仲間との交流、知り合いが増え、行事が増え、
目まぐるしい時間が通り過ぎていく。

そしてリズムの曲線は下りに入り、老いがくる。別れがくる。
自分の人生はまだ続いているのに、自分の中で幕が下りる。
幕が下りても人生は続く。

幕の下りた人生をどうやって生きていくのか。。。傍らにあの温もりを感じられない人生はまるで愛の墓場だ。

それでも明日を見よう。
1分1秒 時間を進めよう。

なんの希望もなくても、それが一番『あの子』たちに近づく方法。

逢いたくても逢いたくても、近道なんてしちゃいけないんだよ。新幹線も飛行機も もちろん宇宙船も使っちゃいけないよ。ちゃんと自分の足で一歩づつ あの子たちのところに歩いていこう。

私はね見本になりたいよ。魂の半分を喪い、絶望の毎日の中もがきながら ここまで生きてきましたって胸を張って言えるような、そんな人になりたい。

◆1年8ヶ月◆

(2005年10月6日)

寂しいな・・寂しいよ・・
これほど毎日 思い出を抱きしめて生きてきたのに、
必死で握り締めているのに、
気がつくと指の間からこぼれていく、落ちていく。
時間が私を『あの場所』から遠ざけてしまう。
勝手に運んでしまう。
前を向きたいと思わなかった
元気になりたいと思わなかった
新たな命も求めなかった
ただあの子を感じられる哀しみにずっと抱かれていたかった。
望んだものはそれだけだったのに
哀しみさえ私を置いて去っていくなんて。

哀しみが薄れていくことが哀しい
あの深い哀しみは同時に私の深い愛情だった。
もう 
あの胸を切り裂くほどの悲嘆に返れない。
壊れてしまうほどの苦しみに返れない。
あのむき出しの慟哭に返れない
哀しみという幸せに もう・・返れない。
哀しみが私を支え続け、生きる原動力だった。
それがなくなったら・・それがなくなった時が
『本当の別れ』『本当の終わり』
あの涙の海に もう一度 沈みたい。。。

(2005年10月16日)

心に固く決めていても、時々ふと
『このまま犬を迎えなくてもいいのだろうか?』と思えることがある。
夫にとって、私にとって、タイガーにとって、これが最善の方法だろうかと悩む。

心の中は複雑だから様々な思いに迷走するけど、
その間にも時間は過ぎ 私は年老いていき、
犬を迎えないまま一生を終えるかもしれない。
そういう人生も悪くない。

鉄の忍耐、石の辛抱、哀しみと寂しさは私にそのチカラを与えてくれた。
それはやがて内なる光となるだろう。内に光を持つ者なら他の光は必要ないかもしれない。
どんな時にも自らの思いを信じよう。
それが苦しみであれ、哀しみであれ 
愛から生まれたものならば いずれ愛に返っていく。

見送った愛しい命から与えられる安息の日は、誰にも必ず訪れる。

◆2年3ヶ月◆

(2006年5月6日)

ここのタイトルに「二度目の別れ」とつけてしまったのは、
明らかに境界線を越えてしまったからなのです。
そう、たぶん2005年10月から私は、心身ともに『死』を受容し 
そうすることによって ペコを感じることが減ってしまい
そのことによって苦しむという、なんとも可笑しなジレンマに陥る結果となりました。

その上 このことについて詳しく語ろうとすればするほど
思考が止まってしまうのです。
表現しがたいというのが 一番、的を得た表現なのでしょう。

何かが変わった・・

(後日 加筆予定)

◆2年8ヶ月◆

(2006年10月6日)

心の整理に更に1年を要した。整理というよりも心の声を言葉に変換するのにと言った方がいいかもしれない。

『哀しみ』は私にとって魔法だった。ペコが残してくれた魔法の鎧だ。哀しみに守られていた。涙が流れるたびにペコを感じ、胸を熱くしてくれた。

私にはあの哀しみという魔法が必要だったと、今だからこそ思う。

その魔法が解けたのが1年8ヶ月、魔法の鎧を脱いで裸で歩き始めて更に1年。

哀しみが薄れ寂しさだけが残っている。

寂しさは埋められない。人にも動物にも。これはペコに対する愛だから。

でも愛を大人の弱みにしちゃあいけない。これは強さだ。

どんなに寂しくても耐えて生きていけるという強さだ。

◆2年10ヶ月◆

(2006年12月6日)

例えば恋をして、その恋が破れたとしても人はまた誰かを愛することができるように、それは枯れてしまうような類のものではなく再生されるものだと思っていました。

心が創り出すものだから無限の可能性があるのだと思っていました。

愛や情熱はそれぞれに決められた量しかなく、それを使い果たしてしまったならもう二度と生まれてこないなんて。。。それはまるで命と同じだ。

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たかが3年 されど3年 3年とはこんなものか

最初の2年近くは「死」から多くのもを受け取り、貪欲としか例えようがないほど哀しみから様々のものを取り込んできた。ある意味においてそれは満ち足りていた。今年は その全てを手放していくのをひしひしと感じる。それでも飽き足らず価値観まで覆る。私が40年以上信じていたことまで根底から揺らいでいく。

私はどこに向うのか

どこでも構わない

諦めず、投げず、頑張りすぎず、近道せず、受け入れ、歩むこと以外 私にはできないのだから。

◆3年3ヶ月◆
(2007年5月6日)

ペコの「狂犬病予防注射票交付申請書」が今年も届いた。
亡くした当時は これが届くと胸が痛かったのに、
今は嬉しい。
ペコが生きていたことを国が認めて毎年証明書を送ってきてくれているようだ。
ペコは生きていた。
ペコはここにいた。
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『結局我が家に犬は来なかったね』と思い出したように 時々夫と話をする。

『おまえだけだよ』
『ずっと忘れないから』

亡くした当時どんな約束をしたとしても、
生きている人間の心は移ろいやすい。。。
私もまた その約束を守れる自信などないまま心に誓った。
そしてその約束は未だ守られている。いいのか・・悪いのか・・(苦笑)

◆3年4ヶ月◆
(2007年6月6日)
私・・今月のペコの命日を
1日過ぎてから思い出してしまいました。
あれほど忘れないと誓ったのに・・
忘れる筈なんてないと思っていたのに・・
すごくショックでした。
毎日ペコを思っているのに
ペコと話しているのに・・
私は毎日いったい
誰を思い、誰と話をしていたのでしょう。。。

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