止まらない! レトロブーム

林震宇 著
安上がり決死隊 訳
 許冠傑(サミュエル・ホイ)が復帰し6月に10回のコンサートを開くが、チケットは数日で完売だった。コンサート事情に詳しいあるプロデューサーは語る。「香港の歌謡界でこんなに盛り上がるのはここ10年ほど見なかったことだ。香港の懐古傾向は今に始まったことではないが、「歌神」の登場まで発展してしまうと、本当に香港は「新しいものは古いものに及ばない」という状態になっている。レトロに消費が向かうという減少は現在最も流行し人々が求める慰めになっているようだ」。

 香港歌謡界のレトロブームは2003年から始まった。80年代のラブソングを集めた「存為愛」や「愛情蒲公英」などの企画アルバムが、昨年SARSに席巻された後の香港で大ヒットした。簡単なパッケージのアルバムが深夜時間帯に少しCMを流しただけで、100万香港ドルを広告費用に費やした麥浚龍(ジュノ)を上回る売上げを記録した。ちょっとした奇跡ではないか。

 なぜ新しい歌ではなく古いなのか。信じられないかも知れないが、社会全体の流れともいうべきもので、世代が一巡し様々なスターの栄枯盛衰を経ると、古い歌を聞けばどこか琴線に触れるものがあって癒され励まされるのだ。黄耀明(アンソニー・ウォン)が「下落不明」を歌い、林憶蓮(サンディ・ラム)の歌声が心に響くと、一気に80年代の楽しかった頃の記憶が呼び覚まされるのだ。

 80年代はまさに記憶に残る時代だった。譚詠麟(アラン・タム)の「愛情陥穽」は8歳から80歳まで誰でも歌える歌だ。コンサートは大盛況で、ホンハム体育館は年間にスポーツイベントは数えるほどしか開かれないが、いつも満員であるのは許冠傑、徐小鳳(ポーラ・ツイ)、譚詠麟らのおかげだ。ラジオ出身のDJシンガー(黄凱芹(クリストファー・ウォン)、蔡楓華(ケン・チョイ))や美人DJ(周慧敏(ビビアン・チョウ))が登場し、音楽アイドル雑誌「新時代」や「好時代」が毎号香港や日本のアイドルの動向を伝えていた。折り込みの特大ポスターも必ず入っていた。80年代の流行は音楽と密接な関係があったのだ。

 古い歌を聞くと昔の思い出が甦る。思い出は美しいもので、過去の日々は懐かしいものだ。それぞれの世代が自分にとっての過去の思い出があるだろう。現在20代の働き始めた若者の世代ならば、子供の頃は四大天王に夢中になったろうし、今で言えばTwinsや容祖児(ジョイ・ヨン)の人気が最も高く、10年後には今の小中学生にとっての懐かしのアイドルとなることだろう。

 つまるところ、黄凱芹や陳慧嫻(プリシラ・チャン)の復帰を期待するファンや譚詠麟・李克勤のファンは70年代から80年代にかけて成長した世代だ。つまり60年代から70年代に生まれた現在30代の中堅層で、最も購買力の強い層でもある。彼らはいずれもスターの追っかけであり、アイドルのサインを手に入れるためなら寝食を忘れるほどだった。しかし今では大人になってしまい、自分のことは差し置いて麥浚龍に夢中になるファンには呆れているのだ。

 香港のレトロ市場は「左麟右李(注:譚詠麟と李克勤のユニット、コンサートやアルバムでレトロをテーマに活動を展開)」から黄凱芹、陳慧嫻、更にはサンタナやローリング・ストーンズに至るまで、そして極めつけの今年の旧正月映画として公開されたホイ兄弟コメディのリメイクである「鬼馬狂想曲」まで、いずれも昔を懐かしむ、という共通項がある。70年代から80年代にかけて子供時代を過ごした世代は、そうしたレトロブームに刺激された消費熱が最高潮に達している今、ホンハム体育館のチケット窓口に徹夜で並んで許冠傑コンサートに殺到するのだ。それは高まる情動を発露するところを探しているようで、明らかに夢中になっているのだ。

 許冠傑の歌は、今では古いメロディに聞こえるにも関わらず、どうしてリバイバルするのだろうか。それは先ごろ放映された「歌神再現」を見れば一目瞭然だ。

 許冠傑は、60年代に蓮花楽隊(ロータス)で欧米のカバーをしていた。プレスリーのロックンロールをコピーしていたが、1974年にテレビコメディ「双星報喜」で本格的に香港でメジャーになった。同年の映画と同名のアルバムである「鬼馬双星」をリリースし、ホイ兄弟は香港人の最も愛する芸能人となった。許冠傑は香港音楽界を中国語ポップスの時代へと導き、また日常の広東語歌詞は普通の労働者の生活や心情を歌い、その喜怒哀楽を表現するだけでなく、人々を励ますものだった。

 「歌神再現」では昔のプロモーションビデオを再放送していたが、撮影手法はよく似たもので、簡素なものだが、歌詞のユーモアに忠実に場面設定しており、今から見ると「鬼馬狂想曲」よりも面白いだけでなく、人々の服装が古臭く感じられようとも歌詞の内容は今でも充分通用するものだ。現在わざと古臭く作っているCMのほとんどはなんともみすぼらしいもので、政府のゴミのポイ捨て禁止のCMなどは適当に選んだ無名の俳優に変な扮装をさせて注意を引こうとしている。そうしたものよりは許冠傑の昔のプロモーションビデオのほうがよっぽど優れており、カラオケの店でドンドン放映すべきだろう。

 許冠傑の歌詞のテーマの幅広さはまさに異色中の異色だ。「鉄塔凌雲」は香港の情感を歌い上げ、「半斤八両」は労働者の心の声を表現し、「天才與白痴」は人生哲学を語り、「学生哥」は教師の説教よりも素直に聞けるし、「念奴嬌」は恋愛の可笑しさを見せ、「日本娃娃」は日本文化への憧れを描写し、「双星情歌」は文学的な表現方法を教えてくれる。彼のファン層は幅広く、一家全員が好きな歌手だと言える。許冠傑が香港音楽界の奇跡だと言われる理由はこういうところにあるのだ。

 許冠傑の歌唱力は率直なところ、決して飛び抜けて高いものではない。ハンサムの度合いも黎明(レオン・ライ)や郭富城(アーロン・クォック)には及ばないだろう。しかし彼の歌は一貫して社会や時代背景、都市文化に即しており、永遠に香港の良き友人であり、またそれが最大の特徴なのだ。1974年に最初の広東語アルバムを発表し香港人の心の声を歌ってからちょうど30年。「歌神」は復活し、「04祝福[イ尓]」をリリースすると、今度はスクーターに乗って香港の空を飛び回り、手を振りながら「微笑み続け(継続微笑)」ている。ちょうど引退前に歌った「同舟共済」で香港の人たちに1997年を楽観的に迎えようと励ましたのと同じだ。

 許冠傑の復活は70年代から80年代の音楽がレトロ化している象徴であり、ポップスと社会の意識が再び一体となることを示している。社会を映す鏡でも応援歌でも、ポップカルチャーのウォッチャーはこうした傾向を、現在の生活が苦しいどころか不満だらけで、楽しかった昔を懐かしむ現象だと分析している。
【2004年5月15日:明報
武陵桃源