前向き幸運人

 許冠傑(サミュエル・ホイ)が1983年に発表したアルバム「新的開始」に「我是幸運人」という曲が収録されている。どちらかと言えばマイナーな曲だろう。映画の主題歌でもないしヒット曲でもない。ただこの曲は洋楽のカバー曲で、原曲はカナダのカントリーシンガーソングライターであるイアン・タイソンのナンバー「Someday Soon」。1965年に発表された作品だ。許冠傑がエルビス・プレスリーを崇拝していることは有名で、恐らくこうしたカントリーも好きなのだろう。何故ここでこの曲を取り上げるのか、実は筆者が最も好きなアーティストである浜田省吾もこの曲をカバーしており(アルバム「君が人生の時」に収録。1979年発表)、原曲歌詞と許冠傑と浜田省吾が歌う歌詞をそれぞれ比べると、とても個性が出ているように思うからだ。ここではこの三者を比較することで、許冠傑の人気の秘密を探ってみたい。

Someday Soon(訳詩)
あの人は21才 南コロラドからやってきたの
何か楽しいことを探していたわ
いつか彼と一緒に行きたいわ

両親は彼がロデオ乗りと知って反対するの
パパは泣くことになると言うわ
でも私は彼と一緒に乗り越えたいの
いつか彼と一緒に旅立つの

彼が呼びに来た時 パパは不機嫌だったわ
きっと昔のことを気にしているんだわ

昔のブルーノーザンへ 彼を連れ戻して
今夜カリフォルニアからやってくる
私とロデオに夢中のあの人
いつか彼と一緒に行きたいわ
 まず原曲であるが、主人公は少女で、ロデオ乗りの流れ者に恋するものの父から反対される。しかしいつか彼と一緒になりたい、という思いを歌っている。いかにもカントリーらしいテーマの曲であり、どこか物悲しい雰囲気が漂う。恋することに憧れる少女と保守的な父親、という古き良き西部を感じさせる。そしてタイトルの通り、いつになるかは分からないが、諦めない、という少女の決意が伝わってくる。また彼を通して自分の知らない世界への憧れや好奇心を抑えきれない想いも感じられるのではないだろうか。

 それに対して浜田省吾の歌詞は、ややシチュエーションが異なる。広島出身の浜田は自身が少年だった頃の失恋物語に置き換えている。これは実話に基づいたストーリーで、内容は歌詞を見てもらえば分かるが、将来を誓ったはずの少女を米兵に横取りされてしまう。少年の無力さ、それに対するアメリカの圧倒的な強さ・魅力、そしてその誘惑に負けてしまう少女、というものを通して、ほろ苦い失恋の思い出を歌っている。そして自分が無力だと分かっていても、それを認めたくない、という少年の心がと
いつかもうすぐ
あの子は米軍キャンプのそばにある
小さな店で働いてた
僕らは約束した この街出ようねと
いつか いつかもうすぐ

あの頃僕はまだ18で
望めば全てが叶うと信じてた
あの子の荒れた手を見る度つぶやいた
いつか いつかもうすぐ

どうして僕を待ってくれなかったの
こうして今 迎えに来たのに

あの子は青い目の若い兵隊と
5月に行っちまった California
今でもこの街で独り呟いてる
いつか いつかもうすぐ
ても切ない。しかしながら自分のちっぽけな世界を飛び出していった少女をどこか羨ましく思っているところはオリジナルに通じる心情があるだろう。

 では許冠傑版ではどうか。作詞は別人であるから、彼の世界観をストレートに現しているとは限らないが、少なくとも許冠傑の伝えたいこと、歌うべきだと考えている内容が盛り込まれているはずだ。主人公は鏡に向かって自分に問いかける。「いつになったら運気が良くなるのかな?」。現状に満足していない、というよりも、自分を客観的に見て決して幸福ではない、と分かっている者の呟きだ。そしてそれは誰でも思うことだ。そこで落ち込むのではなく、鏡の中の自分が勇気づけてくれる。「もうすぐ良くなるさ」。決して諦めたり腐ったりせずに前向きに生きていれば、いつかきっと報われる。そんな普通の人への応援歌になっている。

 原曲が、ある少女のワンシーンを切り取って描いてみせている
我是幸運人(訳詞)
鏡に向かって笑いかける 「幸せはいつ来るの?」
鏡の中の僕は「もうすぐだよ、笑顔を忘れないことさ」
理想は近くにあるさ 自分を信じるのも悪くない
想いを現して隠れた力を引き出そう

鏡に向かって笑いかける 「幸せはいつ来るの?」
振り返って微笑んでみる 成功はもうすぐそこさ
理想が近づいてくる もう一つ教えてよ
いつあの空の彼方へ飛び出せるのかな

視界が広がり やがて陽が差し込んでくる
楽しさに包まれ また楽しい気分になるよ

幸せがいつ来るかなんてもう気にせずに
志をもって生きれば 信じていればたどり着ける
信じていれば運命を恨まなくていい 全力で進もう
諦めなければきっと幸せになれる

ただ待つだけじゃなくて 夢で終わるかも知れないけど
毎日頑張って 苦労は恐くないさ
のに対して、浜田省吾は私小説を展開し、許冠傑は静かに励ます歌に仕上げてみせている。ほぼ同年代の許冠傑(1948年生まれ)と浜田省吾(1952年生まれ)が同じようにプレスリーやビートルズなど洋楽の影響を受け、それぞれにアレンジした結果、大きく異なる仕上がりとなった。原曲や浜田省吾版と比べても、許冠傑版が如何に前向き志向になっているかがよく分かるのではないだろうか。そしてそれは許冠傑が歌う世界をよく現していると思う。香港の市井の人々の姿を描き、決して裕福でも楽しく暮らしているわけでもないが、でも諦めちゃダメだよ、というメッセージ。スタイルがいいとかハンサムとか声がいいとか、それだけでは許冠傑がここまで香港の人に愛される存在には成り得なかったのではないだろうか。やはり自分たちと同じ目線で、しかし皆頑張って行こう、というスタンスを保ち続けていることが、許冠傑を香港の永遠のスターの座につけたのではないだろうか。

 ここまでの内容で浜田省吾の詩が許冠傑版に比べて劣っているかのような印象を与えているかも知れないので、最後に付け加えておきたい。彼の詩の特徴はどちらかと言えば世間からドロップアウトした少年の心情を歌ったものが多いが、この詩も大きな意味ではその範疇に入るものだ。この作品では曲だけを借りているのではなく、上記で少し触れたようにオリジナル曲の主人公の心情に通じるものが感じられるだろう。オリジナルで描かれた心の動きや感受性を浜田省吾風に表現すればこうなった、ということだ。またサビの部分や詩の構成などはオリジナルのスタイルを踏襲していることも分かる。曲にだけインスパイアされて全く内容の異なる詩を作るよりも、オリジナル詩の骨格を尊重しながら自分の作品を仕上げるという、制約の多い作業をこなしているということは彼の力量の高さを物語るものと言えるではないだろうか。
(安上がり決死隊)

【参考資料】
「Someday Soon」対比表
タイトル Someday Soon

我是幸運人

いつかもうすぐ

Ian Tyson 許冠傑 浜田省吾
作詞 Ian Tyson 向雪懐 浜田省吾
作曲 Ian Tyson
歌詞  There's a young man that I know just turned twenty-one
 Comes from down in southern Colorado
 Just got out of the service lookin' for his fun
 Someday soon, goin' with him someday soon

 My parents can not stand him 'cause he works the rodeos
 Daddy says that he will leave me cryin'
 But I would follow him right down the roughest row to hoe
 Someday soon, goin' with him someday soon

*When he comes to call, my pa ain't got a good word to say
 Guess it's 'cause he's just as wild back in the early days

#Blow you old Blue Northern, blow him back to me
 He's drivin' in tonight from California
 He loves his damned old rodeos as much as he loves me
 Someday soon, goin' with him someday soon

*repeat

#repeat
 對鏡中影子笑著問 問何時行好運
 它説好景不遠 含著笑愉快等
 那理想彷彿似在近 自信也不笨
 願我能展開心中志露潛能

 對鏡中影子笑著問 問何時行好運
 轉身輕輕一笑 成就似在我身
 那理想足跡巳漸近 讓我再一問
 問那時可衝霄展翅入白雲

 境界可一新 隱隱見遠景光輝紅日襯
 快樂似擁抱著我 會更加開心

#不必再癡癡等那幸運 那日來母需問
 但求立志做人 成就要ョ信心
 只須有信心不必怨命運 盡了我本[イ分]
 若有恆始終可變幸運人

 不要癡癡等 雖知道幻想始終如夢印
 我願毎天努力過那 怕多艱辛

#重唱
 あの子は米軍キャンプのそばにある
 小さな店で働いてた
 僕らは約束した この街出ようねと
 いつか いつかもうすぐ

 あの頃僕はまだ18で
 望めば全てが叶うと信じてた
 あの子の荒れた手を見る度つぶやいた
 いつか いつかもうすぐ

*どうして僕を待ってくれなかったの
 こうして今 迎えに来たのに

#あの子は青い目の若い兵隊と
 5月に行っちまった California
 今でもこの街で独り呟いてる
 いつか いつかもうすぐ

*繰り返し

#繰り返し
試聴 Ian Tyson(ダイジェスト) 許冠傑(フルコーラス)
(再生失敗時は再生ボタンを再クリック)
浜田省吾(ダイジェスト)
Shirley Newberry(カバー・バージョン、フルコーラス)

傑出劇場