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受験勉強もする必要は無い。
嘉修がいればだいたいの学校は受かるし、隠元だって馬鹿じゃない。
こちらの学校に来るために九州から転校してきたのだ。
でも自分は喧嘩と仕事が出来ればどうでもいいし、そういうことはあんまり関係ないからこの環境は暇すぎた。
することがなくなって歩くのは歓楽街。
見知った顔も多くて、俺だとわかるとまわりの奴らがこぞって声をかける。
特に風俗嬢は知り合いが多くて俺をペット扱いしていた。
ペット扱いを嫌だと思ったことはないし、何よりも彼女たちはタダでエッチさせてくれる。
彼女達が変なのに絡まれてるの見るたびに、そいつをぼこってぼこってぼこって、有り金没収という臨時収入もあった。
自分が体に出るたびに繰り返すそれになんとなく飽きたこともあり、イライラは頭を突き抜けるくらいだった。

「ムカツク」

イライラの要素はそれだけじゃなかった。
今年の春で年下だった隠元がいつの間にか自分と同い年になっていた。
正直納得がいかない。
嘉修はわかる。あいつはずっと大人だった。
自分がいたときから大人だった。馬鹿みたいだったけど。
煙草に火をつける。これは嘉修の煙草だ。
ピリッとするこの感覚はニコチンやタールのせいだろうと
唯一煙草を吸わない隠元が言っていた気がした。
嘉修の煙草はハイライト。青っぽい灰色のパッケージ。ソフトなのでちょっと握るとすぐグショッとつぶれた。
ダセーとか、オヤジみてーといったのを嘉修がえらく怒っていたのを思い出した。

「大豆!」

声をかけられて、煙草をクンと1回上下に動かし、立ち止まって振り向く。
霙。よく自分の後ろをついて回るちんまい男だ。
いや自分からすれば誰でもちんまいが。

「アァン? ナンダヨ。」

「鈴木が裏切った。」

アァ、ソウ。と言いそうになる。ぶっちゃけどーでもよかった。
でも金がぶっとんだのでなめられるわけにはいかなかった。
あぁ、また骨をパッキン折って、顔とか、腹とかを青黒くしにいかないといけないと思った。
それ自体に罪悪感を感じたことは無い。まったく無かった。
自分が立っている場所を確認できる方法でもあったから。


鈴木とは中学が違うからわざわざ出向く羽目になった。
あいつの隠しきれない狡猾さや阿呆な感じは
見張っているには楽だったので仲間に入れてやったのだった。
あいつが違うチームとつるんでいることは抑えていたが
自分に逆らうほど馬鹿だったらしいことは裏切ったという話を聞いてやっと理解した。



鈴木と鈴木の仲間らしき人間は屋上にいるらしかった。
なんとかな鈴木は高いところがお好き。
他校生の自分を見つけてとめた教師をぶん殴って進んで屋上へ向かう。
教師に見つかると邪魔されるかもしれないので殴った教師はこっそり花壇にうめてきた。

「妾腹の子だってのによ、本妻の子より頭のデキがよかったんで
 養子にとられたって話だぜ
 家じゃ針のムシロでドロドロだろうさ、
 本当は誰にも助けちゃもらえねーだろ」

「なんだよハッタリかよ!ビビって損したぜ!」

屋上の扉を開ければよほど楽しいことをしているらしい大声の会話。
鈴木の顔は見えないが背格好でだいたいわかる。
あいつらの足元で崩れているのはいじめられッ子か何かだろうか。
不思議なやつだった。
自分の知っているいじめられッ子はみんな泣き叫びヒィヒィ謝る。
ごめんなさい。許して下さい。を繰り返す。
しかし、彼は謝る様子も、許しを請う様子もなかった。
口がきけぬのだろうか?

「変ナノ」

首の間接ならしながら屋上の扉を足で蹴飛ばしあける。
鈴木達がこちらを見て青ざめるのに気付いた。
ペロリ、と舌で唇舐めて口の端をあげる。
最高の叫びと恐怖を前に俺は嬉々としていた。





「だ、大豆ッ! 損害出した分は俺が親父に頼んで払うからッ!」

鈴木は自分にすまない、もうしない、を繰り返す。
こいつの口から出る言葉に意味などないことを自分はもう知っている。
蹴り飛ばして殴りつけて。それでも金はよこせと高笑いする自分。
いい気分だ。

俺ガ俺トシテイラレル瞬間。



不安にかられる。自分の存在がおいやられることを。
ただでさえ不安定な自分の立場、隠元が自分の暴力性を疎ましく思っているのも知っていたから。


恐怖を打ち消すのは恐怖。


そうすることで今という現実を生きることができる。





「起キロ」

鈴木も仲間も息をしているかすらわからないほど呻きが小さい。
飽きたので最初から倒れていた人間にちょっかいをかけてみる。
近くで見ればなお太っていて、顔はニキビだらけだし、なんだかキモイという言葉が似合っている。
声が出ないほどビビリだった。に決定した。

「テメー、誰ダ」

目をあけたそいつはじっと自分を見ていた。


「チッ…」

舌打ちして胸倉掴んで持ち上げる。
頭バカスカ殴られてネジぶっ飛んだらしいそいつは服が引っ張られて苦しいのかゴホゴホむせていた。

「誰ダッテ聞イテル、コノ糞野郎ノ手下カ?」

そいつを持ち上げたまま近くで呻いていた鈴木をガンッと蹴り飛ばす。
鈴木は勢いよく転がり壁にぶつかって動かなくなった。
恐怖でも感じたのだろうか。ブタのような男は両眼を見開き自分を見ている。
ニタリと口の端をあげた。
もっと恐怖しろ。誰かが恐怖することで自分を確立できる。


「―――…んだ…」

「アァ?」


ブタはどーやら口がきけるらしい。
眉寄せて低い声で聞き返す。





「君は、どこまでが現実(リアル)なんだ?」





スラリと言葉が出てこない間、世界が静かになるのを感じた。
そいつの意味のわからない、いきなり問われるその質問に固まってしまう自分がいた。
微笑むそいつは正直気持ちが悪かったし、俺は自分の不安定さを見抜かれたようで腹がたった。
ギリッとそいつを睨み、口を開く。


「ソンナモン、自分デ探セ、
 無キャ作レ、作レナキャ

 壊セ」


これが自分と自分の現実(リアル)のあり方だ。
これ以上も以下もない。自分の存在の認め方。

気を失ってしまったそいつをボンとその場で離してさっさとその中学を去る。
妙に存在感のあるそいつを覚えていたのはそれから1週間までだった。









相変わらず出てきては喧嘩と犯罪に身を浸す自分に隠元はいつも悲しそうにしていた。
それでやっと、隠元は自分が疎ましいのではなく、心配しているのだと気付く。
おかげで不安は随分解消された。
隠元が年上になっても、やることが変わらなくても、イライラしなくなっていた。


入学式。
真面目な隠元は学校にきっちりきていた。
北壁の手伝いをするんだと嬉しそうにしていたのはいいが、
ちょこっと攻撃されただけで、大豆、になってしまったのだった。
もちろん自分は手伝いなんかする気もないし。
もう入学式は終わっていたので、知らなーい。とばかりに校門から堂々と帰ろうとした。

「ン?」

校門前、同じ制服着込む男が目に入る。
いつもなら野郎なんて目の端にも入らないのだが。
そいつが赤い薔薇なんか持ってるものだからつい目がいってしまった。
顔といい、物腰といい、薔薇といい、全体的に濃い。

「……」

我関セズ。

通り過ぎようとしたのだが、そいつは自分に近づいてくる。
関係せずいたいが、自分に喧嘩を売りにきたなら逃げるなんて死んでもしたくない。
逃げるや恐怖という文字など自分の辞書にないのだ。




そう、なかった……




藤村に出会うまで。










「アァン? テメー…俺ガ誰カ知ッテテココインダロウナ?」

「もちろんだよ。祇園寺大豆君。俺は藤村、藤村解良。覚えてない?」

睨んでも藤村はニコニコと笑っている。
覚えてない? という問いかけに、昔こいつと喧嘩でもしたのだろうか?と首をひねる。さっぱり覚えてなかった。
先手必勝とまず一発殴ろうと手を上げれば、そいつも動き出す。
反応のよさに、久しぶりに殴りあいができそうだと内心ほくそ笑んでいたのだが、
藤村は殴ることなくただ、俺の前に薔薇を差し出した。



「大豆君!!俺と結婚してくれ!!!!!」






俺はそのとき感じた初めての恐怖に迷わず、その変態に拳を突き出した。











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あとがき
大豆はいつでもイライラ。
藤村君に翻弄されるとそれが倍増します。
いつも主導権を握られてしまうのは初めて恐怖を感じた相手だからです。