初恋というものは成就しないらしい
実らなくたっていい
俺はこの気持ちの行方を確かめたい
彼にはっきりと拒絶を貰うなら
どんな形でもいい彼の記憶に残りたい
彼にだけは俺の存在を認めてもらいたい
それが俺の今の現実(リアル)だ
病は”気/奇=「危機」”から Vol.2
実のところ、最初は交際を申し込むつもりではなかった
彼にひとまず礼を云いたかった
彼のあの時の言葉がなかったら、俺はあの可哀相な”僕”のままでいたのだろう
しかし世界の素晴らしさに気が付いても神には感謝しない
俺が崇拝するのは、あの黄金の美しさにだ
通学路になるらしい道、フラワーショップを見つける
あの日から俺は迎えのリムジンには乗らなくなった
余程仕事で忙しい時などは止むを得ず利用してしまうけれども、
できるだけ彼と同じ景色を見ていたい
赤い薔薇は情熱の色なのだそうだ
ならばこれを買うしかないじゃないか
彼のことはそれとなく周辺を調べていたけれども
その姿を直に見るのは本当に久しぶりだった
緑色のたなびく髪の煌きがあの時の屋上を思い出させた
心臓が、高鳴る
彼が俺に気が付いた
俺は彼から視線を離せないでいるから、彼が目線を逸らしたのに気が付くと
内心の焦る気持ちを抑えつつ、彼にゆっくりと近づいていく
金色が俺に振り向いた
この眼差しに見詰められるのを幾つの夜焦がれたのだったか
――…焦がれた?
そうか、この気持ちは、既に
「アァン? テメー…俺ガ誰カ知ッテテココインダロウナ?」
知らない訳がないじゃないか、俺が君のことを知らない訳がない
君のことならなんでも調べた
君の名前、君の普段の素行、君の溜まり場、君の噂
君の住所電話番号、君の身長体重、
君が、三つの人格を持つ多重人格なのだということも
勿論、君のすきなひとのことも
「もちろんだよ、祇園時大豆くん」
ぎおんじ、だいず、くん
気持ち的には噛み締めるようにアクセントをつけた
彼の名前を発音するだけで高揚できる俺は手軽なのかもしれない
「俺は、藤村、藤村解良」
名乗りを上げると彼の表情が変わる
喧嘩の合図とでも思ったんだろう、彼が好戦的な色をその瞳に宿す
「覚えてない?」
俺は自分の顔を指差してみた
一瞬、彼は動きを止め、その鋭利な眼差しをやや見開いた
――覚えてるわけないよな
自嘲気味な表情は浮かべなかった積もりだ、表情は元々豊かではない
彼には笑みだけを向けたい、今後、この先、何があっても
わざわざ俺のことを思い出そうとしてくれる彼が少し律儀で可笑しい
首を捻って、思考を巡らせている仕草
俺の事を、彼が考えている、それだけで
彼が俺に踏み出す、彼が近づいてくる
ああ、云わなくては、彼に、感謝したい、全てを――
「大豆君!!」
名前を叫んだ瞬間、彼の動きが、びたり!と停止した
ザッ!!と俺は薔薇の花束を彼に差し出し、叫んだ
「俺と…結婚してくれ!!」
彼の顔が青褪めていくのを見る
俺はと云えば彼が青褪めるのと対照的に顔が熱くなっていくのを感じる
通行するその場所の全ての人の動きが止まった気さえする一分未満
なんだか彼が声にならない叫びを上げながら俺を突き飛ばすように殴り
全力で逃げていく巨躯の背中を見るまでは早かった
ああ、それでも
ただ、愛しい
※
「どういう積もりなの、藤村君」
情報処理課の同じ教室、机を挟んで同じクラスになれた八千草女史が
両手で頭を抱えながら胎の底から搾り出すような声を出した
俺はと云えば入学式後、時間的には昨日の、
彼の全力拒否の鉄拳を受け、湿布を貼ってある箇所を撫でていた
傷すら愛しい、そんなことを思っていると、八千草女史が半眼で此方を見ていた
「私、佐伯の小父様に何て云ったらいいのかしら」
「何も云う必要はないさ、俺はあれから会社の業績も上げているし
学業だって彼の望む通りにこなしている
彼の奥方だって最近じゃ義理の息子である筈の俺に色目を使うんだぜ」
「確かに、彼女の性格なら貴男の方が良いでしょうけれど
この現状を見たら掌返して罵倒されてよ」
ふう、と八千草女史が幾度かめの溜息を吐き出した頃、俺は手を伸ばし、彼女の黒髪に触れる
するり、と撫で梳くと彼女が眼を瞬きさせながら顔を上げ、その大きな眼を細めた
「仕方ないわね、まったく、あなたってひとは」
※
金沢区立我井帝工業高校、それが俺と彼の通う高校の名前
進学高を選ぶ必要はないので勿論彼と同じ高校にする
しかし彼は放課後、いつも別の高校に行くのだ
横浜市立黒金高等学校――…彼の、妹の、通う高校
男が男に求愛するのも中々不毛だなと他人事のように考えていたが、
彼は自分の妹に傾倒しているらしい、中々爛れている
顔の傷が癒えた何日か後にその他校の校門の前に立つ
救護団などに見つかって問題になっては幾ら鍛えた身でも歯が立たない
どうしたものかと校舎を見上げて俺は思案していた
「おい、ちょっとそこのひと」
ふと気が付いて視線を下ろすと目の前には数人の少年達が並んでいる
その内の一人、黒髪の少年が一歩前に出る
野性的な髪型の少年は両手を広げ、オーバーアクション気味に
「何か御用スか?
学校関係者以外はちょっと立ち入り禁止なんで…」
多分同学年だと思うのだが、何故か俺に彼は敬語を使う
俺は少々年齢相応に自分の容姿が通じないのだな、と改めて思う
まぁ、フケてるんだが
「すいません、救護団の方ですよね
俺は我井帝工業高校の藤村と云います
祇園寺、莢さんはこの学校ですよね?
もう下校されてるでしょうか」
そう云いながら俺は申し訳なさそうな顔を作りつつ、
CD-Rを彼らに差し出した
「ボートマニアってご存知ですか?
それの改良版なんですが…彼女に以前これをあげる約束をしていたんですよ
お兄さんに渡す積もりだったんですけれども、ちょっと行き違いになってしまって」
「ボートマニア」、それは我井帝のパソコン部が英知総力で作り上げた
画面に流れるキーに合わせて手元の2人乗りのボートを叩いて競うゲーム
うわぁっ、と軽い感嘆が上がる、地元ではそこそこ有名なのだろう、このタイトルも
「す、すげえ!ちょ、ちょっとやりたい!」
「ああ、良かったらどうぞ、何枚か焼いて持ってますから」
「やった!みんな宿直室でやろうぜ!」
彼らに何枚かCD―Rを手渡し、ピンク色のケースに入っているCDだけを別に、
一番最初に俺に話しかけた少年に手渡す
「すいませんがこれを祇園寺莢さんに渡して下さい
部外者の俺が校内に入るのは難しいでしょうから…
ええと、失礼ですがお名前は」
「あ、え、えとっ、犬村です」
俺が畏まって喋るもので緊張した様子の長い学ランの彼が頭を下げた
と、そのCDを、白髪の少年が犬村と名乗る少年から取り上げた
「ええっと、コレは俺が預かります、
東寺蘭陵です」
と、両目を半眼にしながら此方を見遣る彼を、俺はゆっくりと笑いながら手を差し出す
握手の積もりだったのだが、彼は俺の手を訝しげに見下ろすばかりで手を取らなかった
その手を早々に引いてから、俺は改めて彼に名乗る
「藤村解良です、どうぞよろしく、ミスタ・東寺」
そう云い、幾つかの挨拶を済ませた後、俺はその高校前を離れていく
※
「なんなんだ、あいつ…なんか濃いな」
「お前にゃ云われたくねぇだろうよ」
「ボートマニアボートマニア!せっかくだからやろうって!」
「藤村解良って…どっかで聞いた事あるんだよなァ…」
はしゃぐ仲間たちを後ろから見詰めながら高峰真矢は呟いた
首を傾げつつ、電脳空間にアクセスする
※
ピンク色のケースには手紙が同封してある
『突然お手紙を差し上げる失礼を許してください
我井帝高校、一年情報処理課の藤村と申します
折り入ったお話があります、明日○時、放課後
喫茶店『SATUKI』でお待ちしています
明日お会いできなくても何日か通う積もりです
ご都合の宜しい日にいらしていただきたく』
※
喫茶店で彼女を待つ翌日
もしかしたら救護団のボディガードもついてくるだろうか、等と考えて笑う
あの東寺という少年は多分”そう”なのだ、そう思うと目元が綻んでしまう
イエメン産のモカ・マタリ・アールマッカと比べても珈琲の味などどれも同じに思う
ただこの仄かな苦味を持つ黒い液体は気持ちの整理に必要不可欠で
一応これでもフェミニストでいたいんだ、野暮はしないさ
そんな自分の心の呟きに、笑う
ひとつ、ふたつ、世界を気にするようになった俺を
喫茶店の店主には人待ちだと伝えてある
どんな娘がやってくるのか、少し楽しみだ
店の出入り口の扉が開いた
なんとなしに其方を見遣る
プラチナブロンドのショートヘア
それが目につく少女がぽつん、と一人で立っていた
眼が合う
俺が珈琲カップ越しに瞬きしていると、彼女は此方を凝視してくる
俺が小首を傾げると、彼女も同じ角度に小首を傾げた
暫く俺と彼女は見詰め合っていたが、彼女は何故か動いてくれない
「―――…」
取り敢えず、おいで、というように手招きしてみた
約束の時間までまだあるだろう
入り口に居た少女は少し眉根を寄せ、上を見るような仕草をしてから
気の抜けたような笑みを浮かべて、此方に近づいてきた
可愛らしいけれども、何か脆さを感じた
「なぁに?」
「”お茶しない?”がセオリーかな」
「なんの?」
「ナンパするときのセリフ」
「……5点だと思う」
そう云いながら少女は俺の向いではなく、隣に座った
黒いセーラー服、黒金の生徒
少し、話をしてみよう、と思った
「聞きたいことがあるのだけれども、教えてくれないかな
厭だと思ったら云わなくても良いよ
ああ…好きなもの頼んでいいよ、お嬢さん」
「おじょうさん…わたし、おじょうさん?」
「男の子じゃあないだろう?」
「うん、でもくすぐったいね」
そう云いながらメニュー表を手にして眺め始める少女に
囁くように尋ねてみる
「ねぇ、祇園寺さん、って、どんな娘(こ)?」
「……ひみつ」
にこにこと笑いながらケーキの名前を指で追う彼女の頭に手を伸ばし、なんとなし撫でた
まだ祇園寺莢嬢はこない
あとがき
莢ちゃん呼び出して何する気だお前
あと、最後に出てきたのはせせりちゃんだったり