リリリ、リリリ
はじまるよ、はやくあるかないと、はしらないと
リリリ、リリリ
どうせまにあわないよ、しってるんだ
リリリ、リリリ
また、あきらめるのかい?
病は”気/奇=「危機」”から Vol.3
カード使えるかな、と喫茶店のレジを見遣る
小さくレジ横に貼られた表示を見て少し安堵し、再びテーブルに視線を戻した
プラチナブロンドのショートヘア、黒金女子
自分の腹部を押さえながら、満足そうに息を吐く
「なんかね、すごいお腹いっぱいになってきた気がする」
「あんまり無理して食べないようにね、お嬢さん
お腹壊しても薬持って無いから」
合間にお茶も頼みなさい、と、保護者みたいなことを云ってしまったな、と思えば
はぁい、と返事が返ってくる…別にいいのか
「そういえば…俺、君の名前聞いてない」
「えっとねぇ…たしかね、人に名前を聞くときは自分から名乗るの」
「…それは誰に教わったの?」
「ひみつ」
「オーケー、そうだね、俺は藤村」
「したのなまえ」
「解良」
「へーぇ…すいません、ティラミスくださいー」
彼女が通りすがった店員に注文を頼む折に彼女の目の前の皿を指で数える
………どこに入っていくんだろう、この量
「tira-mi-su」
コトリ、と店員によって運ばれてきたケーキをつっつきながら紅茶を頼む彼女を見詰めつつ呟く
緑目をぱちぱちと瞬きしながら俺を見る彼女に俺は少し微笑んだ
「うん…たべたい?」
「Pull me up」
小首を傾げる彼女に俺は笑いながら目の前のケーキを指差した
「そのケーキ、”私をハイにして”、っていう意味」
「…おやじくさぁい」
コロコロと鈴でも転がすように笑う少女の頭をまた手を伸ばして撫でる
この手だけはどういうわけか避けられない
ふと、少女が猫のように身じろぎした
彼女が店の入り口の方を見遣る動きに不思議に思っていると
「あ…莢ちゃん先輩…」
”さやちゃんせんぱい”
地獄耳というわけでもないがこの至近で聞き逃さないこともない少女の呟き
――来たか、祇園寺莢
そんなことを思いつつ、俺はゆっくりと視線を前方に向けた
調べた経路で写真も入手していたけれども
画像として見るよりも凛とした雰囲気を持っているように思った
しかし俺の隣に居る少女の存在に気が付けばその表情は春風が如き緩やかなものになる
黒髪に藍色、彼女の兄とは色素から似ていないその小さな華のそよぎに
俺は内心少々面食らった、勝手に目を奪われるような華美さを想像していたのだ
「せせりちゃん…デート?」
「ううんーナンパー」
せせりちゃん、と、隣に座るこの少女の名前もこれで知ることになる
今までの攻防はなんだったのか、と思いつつ、苦笑しながら
”せせりちゃん”の頭を撫でたら、きょとん、としている
「ええと…」
俺が声を発すると祇園寺莢嬢が此方に目線を向けた
彼女の視線があることを確認してから、ゆっくりと尋ねる
「祇園寺、莢さん?」
彼女は軽く不思議そうな顔をしていた
手紙にはテーブルの指定まで書いておいた筈、だから
「手紙、読んでもらえた?」
だからここにきたのだろう、と確認の積もりで聞いた
でなきゃ彼女が此処に現れることもないのだから、と勝手に
残り少ない珈琲を口腔に含む…この冷めた苦味はいけない
話が一段落したら次を注文しよう、と思っていると
「…どの手紙ですか?」
俺はその質問に軽く疑問を思い、ものの数秒で理解する
ああ、彼女は不特定多数の異性にラヴ・レターを良く頂戴する身なのだろう
俺はそれに答えようと口を開くが
「ええと…手紙に髪の毛の束入れて送った人?」
…そんなブードゥ教徒みたいな愛し方は今後誰にも行わない積もりなんだが
「あ、でもこの人は蘭陵君がどうにかしたって言ってたし…
あ、もしかして金色で縁取られたバラの便箋の人?
紫のバラの便箋の人?」
…花束は贈るが、あなたのファンです、とかいうメッセージは添えないと思う
美しさは罪、というが苦労しているのだな、となんとなしに思いつつ、
手の動きで彼女に着席を勧める
「まぁ、どうぞ座って」
聞いてみれば東寺氏に手渡したCDは彼女の手には渡っていない
そういうことか、と、思いながら軽く含み笑いを漏らす
彼女にも注文を勧めつつ、俺は珈琲をもう一杯店員に頼んだ
と――…急に”せせりちゃん”が立ち上がり、莢嬢の隣に移った
ぴったりと莢嬢に懐くが如くくっつく少女を見て、少し目元を細めた
「えーと、じゃあフルーツパフェとラズベリーパフェとチョコレートパフェと南国パッションパフェください
アイス溶けると食べるの大変なんで、10分ごとにもってきてくださいね」
店員へ羅列される注文を逆に良く噛まずに云えるものだと逆に感心する
莢嬢も”せせりちゃん”も日々のエンゲル係数はどのくらいかと無駄に思った
莢嬢は常に俺を観察するような目を向けてくる、警戒心が強いその眼差しは
少し”彼”に似てるかもしれない
「俺は、我井帝1年の藤村解良っていうものなんだ
今日はちょっと祇園寺さんに聞きたいことがあってね」
改めて名乗ると彼女は大きな瞳を細めて眉根を寄せる、困った表情を隠さない
「北壁さんの弱点とかは知らないよ?…藤村…君」
北壁氏という予想外の人物の名前を聞いて俺は失礼にも吹き出して笑ってしまった
天下統一やら救護団の攻防になど俺には興味は一匙だってない
吹き出した非礼を詫びようと思うと彼女は一人で百面相をしている
考え込んで視線を下げたり、ふと何かに気が付いたような顔をしたりと忙しい
ああ、こういう所が彼の妹だ、と、なんとなしに可笑しく、微笑ましくなってしまう
律儀に反応してくれるのが少し可笑しくて、笑みが一層深くなる
「聞きたいのは祇園寺大豆君のことなんだ」
先ほどよりも彼女の眉が強く寄せられる
なぜ、そんな顔をするのだろう?少し不思議になる
俺が怪しい奴だと思ってるから、云いたくない、それが妥当か
「何を知りたいの?」
「彼のこと」
彼女の質問に間髪入れず答えたが彼女は詰まらなさそうに感嘆を上げ、
最初に運ばれてきたパフェを食べ始めた
甘そうなチョコレートを口に入れてる割には黙々と食べる作業を続ける彼女
気が付いてないのかその急く動きで、可憐な白い頬にクリームがついている
ついてるよ、と示唆するも莢嬢は不思議そうにするばかりなので、
”せせりちゃん”とうっかり同じ扱いをしてティッシュで彼女の口許を拭う
拭いきってしまってから気づく、そういや彼女は俺より年上だったような気が
「えっと、ありがとう…藤村君…」
案の定戸惑ってか言葉を濁し、隣にぺったりとくっついている”せせりちゃん”を構い始めた
もしかして恥ずかしかったんだろうか、などと思えば、彼女が愛しい
パフェの最後のチョコレートを口に貰ってから”せせりちゃん”が立ち上がる
電話だ、と云うので、いってらっしゃい、の意で手を振って見送る
と、莢嬢の表情が少し曇った
ぎこちなく2つめのパフェに手を伸ばし、ぎこちなくそれを食す彼女を見て、
不謹慎にも少し楽しくなった
やっと届いた熱い珈琲を啜ると、彼女と目が合う
それを皮切りに俺は再び質問を重ねた
「祇園寺さんは…大豆君が好きなのかな?」
「ううん。好きじゃない」
即答を貰い、また少し可笑しくなる
今のは「like」で伝わったニュアンスだろうか、どうだろうか
彼女は俺を警戒している、だから正反対のことも云うかもしれない
しかし警戒している癖に彼女は随分とパクパク食べる、食べる
先ほど来たばかりの2杯目のパフェがもうない
「藤村君は何が欲しいの? 」
聞かれて俺は傾けかけた珈琲カップの手を止める
「お金?」
Non
「それとも大豆のチーム?」
Non
「それとも有名になりたい?」
Non
彼女の唇が質問を紡ぐたびに心の中で回答を返し、言葉が切れてから俺は首を左右に振った
「もっと簡単なことだよ」
俺は内緒話でもするように彼女に囁き、少しテーブルに身を乗り出すようにして彼女に近づく
何かのレクチュアでもするように人差し指を立てた
「俺は大豆君がね、好きなんだ」
富も権力も名声も興味はなくはないけれど、
今一番に俺が欲しいものは、俺が世界に興味を持つきっかけになった、”彼”
案の定莢嬢は困惑している、というか云うのは失礼だが、間の抜けた顔をしている
「……どれくらい?」
「1番だね」
「すごいね」
「でしょう」
子供みたいなやりとりだったと可笑しくなる
世界で一番強い動物はなにか、と砂場で論議するレヴェル
だがそのレヴェルで云わせてもらえるのなら俺は自分でも驚く程に彼に強い感情を抱いている
その強さときたら百獣の王を5秒で薙ぎ倒し、
その深さときたらマリアナ海溝を凌駕し、
その広さときたら北銀河を越える
そんな子供の戯言に己の感情を重ねられるほど、強い
それがはっきりと恋愛感情だと思い、想うよりも、
俺は彼を”手に入れる”ことが重要な気がしている
「やめておいたほうがいいよ」
当たり前のことを云われて俺は内心笑う
自分の兄が男に懸想されて気持ちの良い妹も居たものではないだろうと思うが
浮かぶのは自嘲的なものではなく、ただ可笑しい
「大豆はね野生の動物なの」
しかし続く言葉に俺は少し笑みを収めた
両眼を瞬きさせていると彼女の眼差しが意外に強い事に気が付く
諭すようなその口調は、兄へ向かう同性愛を否定するものではなく
何か、別の
「飼うなんて無理なの」
彼女の頬張るラズベリーパフェ
甘い香りが此方にまで漂ってくる
「内臓全部とっておきたいならんじゃおさら駄目だよ」
売られちゃうよ、と云う彼女の頬にまたクリームがついている
考えて喋りながらものを食べる、という器用を要求してはいけないらしい
指摘するのも楽しい、彼女は今度は自分で頬を拭う
――野生の動物なの
だから惹かれたんだろうか、あの、金色の瞳に
檻で育った俺は、野生の現実(リアル)を知らなかった
あの輝きに魅せられた
追いかけたい
たとえ
「内臓全部あげたっていいって言ったら?」
狂信者じみた言葉がさらり、と口から零れるのが自分で心地よい
自分に陶酔してるのかもしれない、彼を愛する自分に
今はそれでもいいかもしれない、俺は底に見えてる現実に気が付いている
この恋には確実に早い終わりがあるのだ
「……すごいね」
「でしょう?」
気が付けばラズベリーパフェも空っぽになっていた
店員は一体どこで話の切れ目とパフェの切れ目を狙っているのか
素晴らしいタイミングで次の彼女の注文を運んできた
爆ぜる花火がそのパフェにはついている
莢嬢は何を思っているのか、そのパフェに手をつけずに花火を眺めている
彼女の深い蒼のうちに華が咲いている
彼女の思うところは分からない、ただ、俺は、彼女が顔を上げるのを待つ
次の言葉を考えながら
※
「はーい、せせりです
あ、えっと…ごめんなさい、席、取られちゃった…
うーん…わかんない…話、長引くかなぁ…
…ええっ、そんなぁ…え?一人は莢ちゃん先輩
ってええっ…そんなことわたし云えない…!
もうひとり?もうひとりは我井帝のひと
えっとね、ケーキおごってもらっちゃった!
え?たくさん、おなかいっぱい
…ってええっ!ご、ごめんなさい、ごめんなさい…
ってまって…ちょっとまって…先輩!」
※
とある黒金高校の教室
窓際の机の上に腰掛ける女子生徒
その手前の椅子に座る女子生徒がもう一人
「はい」
机の上に座ってる少女が不機嫌そうに椅子に座っている少女に携帯電話を返す
ポニーテールがさらり、と揺れる
夕陽を反射するのは前髪の一つ房の銀髪
「そんなに怒らなくったっていいじゃないの」
携帯電話を受け取った少女は少々呆れ気味に呟く
派手なサングラスにヘッドフォンをしている彼女は溜息をついた
「よくない、そろそろ救護団のみんな帰る頃だもの
あの席が一番狂介様の顔が見れる席なんだもの」
彼女の想い人は黒金高校救護団の総番、湯山狂介
壁際奥、入り口より少し手前、観葉植物脇の席
隣の席が運悪く捕獲できなかった時の保険
「アンタが出席日数ギリギリでいるのが悪いんでしょ、補習は
頭は悪くないんだから、やればこんなにできるのに」
隣の机の上の先ほど教師から返された解答用紙はどれも高得点が赤字で書かれている
銀メッシュの少女は、トンッ!と机の上から飛び降りた
「行くよ」
「もう行くの?」
「祇園寺にはどいてもらうけど、その野郎は狂介様が来る前にぶっ潰す」
「それって中々酷いと思う」
彼とばっちりじゃないの、と、サングラスの少女が呟いたが、
銀メッシュの少女はポニーテールを揺らしながら肩風切って教室を出て行った
※
PSDについては少し調べた
彼女の口から彼の未来の行方を聞かされても俺は驚かなかったけれども
ただ、しっかりと肯定されてしまった気がして
矢張り落胆は隠せなかったかもしれない
「そうだ”さややん”」
「さっ!?」
「15歳の”彼”が弟なんだ?
じゃあ18歳の君の兄上と友人になっておきたいのだけれども
紹介してもらえないかな」
「藤村君、話、聞いてた?」
「もちろんだよ、さややん」
「そしてその、さややんは私のことなのかな?」
パフェを全て食べ終え、ロイヤルミルクティで一息ついている彼女
「友達から始めよう、って良く云うじゃないか」
「いやそうじゃなくって」
「君のお兄さん、俺に紹介してくれないかなーって…
祇園寺隠元君、のほうをね」
「いやだから”さややん”は」
彼女が言葉を重ねたとき、ばたん!と店の扉が勢い良く開いた
「さ、莢ちゃん先輩ー!おにーさん!に、にげてー!!
はやくにげてぇえー!!」
あわあわと両手足をバタつかせるようにしながら”せせりちゃん”が戻ってきた
俺と莢嬢はなんとなし、顔を見合わせ、それから”せせりちゃん”に顔を向けた
莢嬢は、ぽん、と”せせりちゃん”の頭を叩き、撫でた
俺は”せせりちゃん”に冷水を手渡す
”せせりちゃん”はそれを莢嬢に撫でられながら受け取り、こくこくと飲み干して
ぷはっ、と落ち着いた息を吐いてから、はっ!と再び身を竦ませた
「ち、ちがうのー!!にげてよー!!」
「どうやら緊急事態だったみたい」
「物騒なところだねぇ、黒金は」
治らない”せせりちゃん”を見遣ってから、俺と莢嬢は席を立ち上がろうとした
その時である
祇園寺…嘉修氏、だろうか、彼が、女性連れでその喫茶店に入ってきたのは
俺の愛した人は三重人格者だ
いかにもバッタリ、という感じで出くわしてしまったが、
人格が変わるというだけでここまで見た目も違うように見えるものなのだろうか
”彼”と同一人物であることはわかるのだが、”彼”の面影がないように見えるのは俺だけなのだろうか
ありがたいことに嫉妬感がわかなかった、なぜかは、わからないが
髪型や態度口調で見分けをつける以前に、俺は彼を別人だと感じた
俺が会計を済ませている間、莢嬢が彼と話をしている
嘉修氏は快活そうに会話をし、その一緒だった女性は店内に引っ込んでいく
暫くもすれば彼女は店員の衣装を身につけて、俺たちが居た席の片付けをしていた
その席に嘉修氏は座り女性と何か楽しそうに会話をしている
莢嬢も少し戻ってその会話に混じっている
その隣で”せせりちゃん”が莢嬢の服の裾を引っ張ってうろうろしている
俺も彼に挨拶をしておこう、と思って、身体の向きを変えた瞬間、窓の外に
その店内へ殺気を漲らせる少女が立っていた
黒金のセーラー服、前髪は一つ房銀メッシュ
今日は随分と癖のある女の子に良く出会う
あとがき
どうなるのかしら、これ