大豆が藤村君に全力で拳を繰り出したとき、隠元と俺はそれを見ていた。
隠元は笑い、俺は、なんとも複雑な表情でそれを眺めていた。
保護者
「嘉修。ごめんねーデートついでにバイト先に送ってもらっちゃって。」
彼女は両手を合わせて甘い声で俺に上目遣い。
謝罪は、まぁ、いわゆる社交辞令のようなものだ。
俺は首を振り、彼女の耳に口を寄せる。
「いや、俺こそ歩きでごめんね。……まぁ、そこは今度たっぷりサービスしてくれたら、許してあげる。」
彼女は、もー、とクスクス笑う。
笑う彼女を見て、可愛いなと思う。
でも愛しいなとは思えなかった。
彼女のバイト先は喫茶店SATUKI
黒金の生徒がよく立ち寄る喫茶店。あぁ、我井帝の生徒もそこそこ立ち寄っている。
俺は彼女と店に入る。
彼女は、じゃあ、と俺に手を振って店の奥に消えた。
この後はバイト先の制服に身を包んだ彼女を愛でながら褒めて。どうしたものか…
「嘉修!」
不意に呼ばれる声に頬杖したまま振り向く。
聞きなれた声は嬉々として俺に近づいてきた。
「あら? 莢ーどうしたの? 寄り道?」
「うん! パフェ食べた。」
バイト先の制服を身にまとう彼女が出てきたので、莢をつれながら俺は彼女が片付け始めた席に向かう。
妹だと紹介すれば彼女は華やかな笑みで莢に微笑む。莢はぽわんとしたまま頭を下げていた。
時計を見ればそろそろ救護団は下校時刻だ。湯山君もくるかもしれない。
オプションで天津君、そして何より可愛い柚木ちゃん達が見れるかもしれない。
やっぱりその格好似合うね、と彼女を褒めながら頬杖ついて彼女と莢と他愛ない会話を繰り返す。
バイト中の彼女は人が増えて忙しくなってきたのだろう。
多い皿を何度かにわけて店の奥に戻っていってしまった。
「そういえば莢、食欲無いっていってたのに。大丈夫だったの?」
「うん。だからあんまり食べれなかった。」
ふーんと相槌打ちながらまだ皿が下がっていないテーブルを確認。
今の、このテーブルだけだ。ものすごい量の皿とパフェの跡があったんだけど…
我が妹ながら恐ろしい。
「莢、こんなに食べて大丈夫なの?」
「え? これせせりちゃんと藤村君の分も入ってるもん!」
莢が焦っている。ちょっと嘘ついてるなと俺は目を細めた。
せせりちゃんは莢の後ろで裾引っ張ってうろうろ、なんだか挙動不振だ。
「藤村君?」
思わずその名前に反応する。莢は頷いてニコリと笑う。
俺の耳に口を寄せた。ヒソヒソとくすぐったくなるような音量で話す。
「大豆が欲しいんだって。あげちゃいたいね。」
「あぁ…やっぱりその藤村君。嫌だよ。俺の身体でもあるんだし。ほら、男同士って不便だし。」
「愛があれば、大丈夫だったりしない? 切なくて。いいじゃない。ピュア。」
「ピュア? することはアダルトビデオと変わらないよ。」
「嘉修生々しい。」
「ごめんごめん。」
チラリと店のドア の前、みればそこには会計をしている藤村少年。
莢を懐柔か…なかなか頭のいいやつだ。
「隠元と友達になりたいって。」
その声に莢へと視線が戻る。
少しニコニコしているのは、兄に友人が増えることが嬉しいのだろうか。
もしくは面白がっているのかもしれない。
「だ、駄目だ!」
俺は焦った。
完璧ノンケな俺と違い、隠元はバイセクシャルなうえ、節操が無い。
しかも俺の目で見る限り、藤村君は隠元が嫌いな顔でもない。
面白がって隠元はあいつを誘うだろう。
駄目だ、絶対駄目だ。俺 が 嫌 だ ! !
「え? なんで? なんで? お友達…」
「んあー……えっとなぁ…隠元は男好きな奴だとちょっとビビっちゃうんじゃないかなと思うわけで…」
「でも彼、大豆一筋みたいだよ?」
「大豆の見かけは隠元だよ。」
「違うもん。」
莢がふくれる。
さすがにおまえの兄貴は淫乱だから駄目なんだともいえない俺は、頭を抱えた。
カランと扉の開く音がする。感じる殺気に眉寄せて顔をあげた。
見ればそこには殺気立つ女の子。
めちゃ殺気だってるけど可愛いその子は、俺を睨んでいた。
見知ったその子をこちらに呼ぼうと俺は手を振る。
「あ、柚木ちゃーん!」
嬉しそうに手を振る俺の横でせせりちゃんがガタガタ震えている。
どうしたものか。
まさか潰されるわけじゃあるまいに。
「嘉修、テメー……そこ退きやがれゴラァ…我井帝のくせに長々と居座りやがってぇ……!」
「へ? 長々って俺きたばっかだけど…」
柚木ちゃんはつかつかこっちによって俺に拳を向ける。
俺はその腕を掴んだ。殴られたら血が出る。柚木ちゃんの拳の指の間に安全ピンが刺さっているのだ。
やばい、潰す気だ…
「そこはなぁ、あたしと狂介様の特等席なんだよ!!」
なるほど。合点がいった。確かにここは湯山がよく座る席。
だから俺も彼女が仕事中なのに勝手に座ってしまったのだ。
どうやら彼女は先ほどまでここにいた藤村君と俺を勘違いしている。
女性の力なのでそんな辛くないけれど、このままも困る。
まぁ、ここは心を鬼にして。
「さっきまで、君の湯山の特等席にいたのはそこのドアの方にいる藤村君だよ。また彼が戻ってきたら、湯山のやつ座れないね。」
「んだとッ!?」
バッと柚木ちゃんは俺から離れてギロリと扉の近くにいる藤村君を睨む。
安全ピン握りなおし、藤村君につかつか歩み寄る。
店中の人間がなんだ?とその様子を眺め始めた。
莢が助けにいこうとしたが、俺は莢の名前を呼んで首を振る。
「いざとなったら、俺が行くから。」
莢は頷いて、柚木ちゃんと藤村君の様子を眉を寄せてオロオロしながら見つめていた。
「せ、先輩ー!」
せせりちゃんが慌てて止めようとするのだが、それではつまらない。
お手並み拝見したいのだから。
せせりちゃんの腕を掴んで、おいでと膝の上に座らせる。
せせりちゃんは困りながらも俺の膝に座った。大丈夫だよと彼女の前に手をまわし、太腿の上、ポンポンと叩いた。
バイト中の彼女がこちらを見つめているのに気付いく。
バイト中の彼女は、節操ないわよ、と冷たい瞳で俺を見ていた。
ちょいちょいと彼女を呼んで、彼女にしか聞こえないような小さな声で囁く。
もう1人の妹なんだと、騒ぎに乗じてちょっと拗ねた彼女の頬に口付けた。
「テメー…殺す!!」
柚木ちゃんが飛び掛る。
藤村君は避けるのに必死なのだろうか? 防戦一方だ。
何かしているなと目を細める。
動きを見る限り、空手とも、合気道ともどこか違う…拳法か何かか……?
「女の子だからって防戦一方だと顔が穴だらけになっちゃうよ藤村君。」
藤村君に遠くから、せせりちゃん抱きかかえて声をかける。
俺の声が聞こえたのだろう。藤村君がこっちを見ていた。
しかしすぐ柚木ちゃんに視線が戻っていった。
あともうちょっと俺を見ていたらピアスの穴が開いていただろう。
なんとかかわしたらしい、頬が切れ、血が流れていた。
「大豆…助けてあげるかい?」
俺は呟く。大豆はNOという。でも莢がいるから出せという。
我侭な子だ。まだ子供。
だからこいつも俺が守ってやらないといけない。
白熱していく闘い。
前半は藤村君もまずまずだったが、闘いなれしてないのだろう。
もしくは相手が女性だからか。
いいね。フェミニストは嫌いじゃない。
せせりちゃんを離して、莢とせせりちゃんと3人仲良く近くまで見学しにいく。
バイトしていた彼女が騒ぎで怯えているのか俺の袖を引いてきた。
「ちょっと嘉修。とめてよ。」
確かにそろそろ頃合かもしれない。大豆の全力の拳を受けて入院せずすんだ相手だ。
まぁまぁ、合格点だと俺は喧嘩する2人の様子に口角をあげる。
「あらら。美也子ちゃんに頼まれたらしょうーがな……」
「こら! 柚木! 他校生と問題おこしてんじゃないわよ!」
勢いよく開くドアにまわりの動きがピタリと止まる。
息を切らせて入ってきた息遣い、ドアを開けた音だけでなく、落ち着いた凛とした声が店内に響く。
見ればそこには青みがかった髪を顔にはりつけながら肩を激しく上下させる黒金の女子高生。
制服は柚木ちゃんのものとは違うものの同じく改造しているのだろう、長いワンピースのようだ。
声を聞いた時点でわかる。彼女の声は、特別だ。
俺の妹と同じ名前、音無 莢。
「あぁ!? 音無邪魔すんじゃねぇ!!」
「あんた脚早すぎ! …問題を起こせば、湯山は我井帝まで詫び入れに行かなきゃなんないのよ?」
「…ぁ…」
柚木ちゃんが押し黙る。
音無ちゃんは柚木ちゃんの手をとって例の席までつれていき、座らせる。
何かを話しているのは、柚木ちゃんを宥めているのだろう。
「せせちゃん、祇園寺、柚木慰めに、ゴー」
音無ちゃんがこちらに戻ってくる。くいと親指で背中の向こうの柚木ちゃんを指す。
2人とも慌てて柚木ちゃんの元に向かった。
「大丈夫?」
俺はとりあえず藤村君に声をかける。
藤村君は切れた頬を拭って俺に、まぁ、と笑顔で頷いた。
「君は…まだ喧嘩は未開拓地? 試合を見ているみたいだったよ。いいね、若さを感じ…ぐあッ!」
後ろからいきなり股間を蹴られ、俺は蹴られた場所を押さえて膝をつくように屈みこんで身悶える。
青ざめる俺の顔を藤村君は痛みがわかるのかなんとも複雑そうな顔で見つめていた。
「何、悠長に話してんのよこの伊達男。役立たず。」
「うわぁ、じょ、女王様…股間は…ちょっと…」
「あんたなら止められたでしょうが。無駄な仕事増やしてんじゃないわよ。玉潰すわよ。」
「音無ちゃん……脅してから蹴って欲しいな…もう潰れかけてるよ…ッ!」
容赦のない女王様だ。
くいとサングラスを顔からはずし、頭にサングラスをかける。
そのまま膝をついている俺の太ももを厚底ローファーで踏み付けた。
わぁ、サディスティック!!…いや、これはこれでなかなか。
顔に出てしまったのだろうか、音無ちゃんが超嫌そうな顔をしていた。
音無ちゃんは俺から顔を逸らすように藤村君に顔を向ける。
藤村君は今の状況に呆気にとられているのだろうか、いつもより目を大きくしていた。
「藤村君、大丈夫?」
「…なんとか。音無嬢はお元気そうで何より。」
「あら、覚えてたの?」
「取引先の綺麗なお嬢さんは忘れられませんから。」
「あら、可愛いこといってくれんじゃない。」
音無ちゃんの家はそういえば電気機械関係の大手だったのを思い出す。
藤村君のお家は大きいんだなぁ、と2人の会話を俺は黙って聞きながらそんな事を考えた。
さてと…
「あ、天津君!」
「え!?」
音無ちゃんは慌てて俺から脚をどける。
そのまま俺は2人をすり抜けて扉に向かった。
毒をもって毒を制す…音無ちゃんを制する天津君の怖さに身震いした。
後ろから聞こえる音無ちゃんの『嘘つくなー! 馬鹿―!』という怒鳴り声に俺は後ろ向きのまま手をあげて振り返した。
そうそう、最後に…
「藤村君。大豆が好きなら、決して隠元に会っちゃ駄目だよ。目的を見失うからね。」
俺は後ろ向いたままそうつげて、ゆっくりと店を出て行く。
彼がどんな人物かはまだよくわからない、様子をみてみよう。
隠元に会うことで、彼がどちらの結果になっても
俺は絶対に得をしないのだから。
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あとがき
嘉修は根暗ですな。ちまちま物事を考えるタイプです。
今回はカップリング要素たっぷり!バトルは藤村さんにまかせた!(死)