ごめんちょっと気がついた
今、俺は何をしてるのだっけか
病は”気/奇=「危機」”から Vol.5
「祇園時隠元」
「はい?」
にっこりとはっきり笑うわけでもなく、薄く微笑むその彼の儚さに拍子などカタパルト付で抜けていくが
俺は眉間に渋面を刻む
こうした風に顔に力を入れると俺は顔が老けている分、不機嫌そうな表情になる
「確かに俺は君と友人になることを望んだけれども、
俺は、人に借りを作るのは好きじゃ」
「さぁついたよー散らかってるかもしれないけど、男同士だしいいよね?」
「見事に人の話聞いてないね君、
ここまで強引だと逆に清々しいものがあるよ」
背中を押されてはいはいと生返事をしながら彼の住まいへ上がりこむ
こうした個室のような住宅へ入るのは久方ぶりだのことだ
とても幼い頃、まだ記憶が曖昧な頃、本当の母と暮らしていた記憶がある
しかし、其処はこんなに殺風景な部屋ではなかった
モノクロームで統一されているかのような部屋
どうしてここはこんなに広く感じるのかと思えば、物が無いのだ
必要最低限、生活臭、というものにも情緒にも欠ける
俺は暫く部屋の中を移動して何やら簡単な片付けをしてる隠元氏をよそに
その室内を腕組みしながら眺めつつ云った
「まったくワビサビもエスプリも効いてない!
こんなニューヨークみたいな部屋に良く住めたものだ
俺は四季の無い部屋にだけは住みたくないな」
「うわー、シムピープルより部屋批評ズタボロだなー
少しは遠慮しようよ…人の部屋なんだから」
「おや」
寒椿
生けてある冬の花に思わず眼を止める
何故今の時期になって椿の華がこんなところにあるのだろう
俺がそんな風に意識を外に飛ばしていると、ポン、と肩を叩かれた
振り向くと、頬をぐに、と押された
肩に彼の手、伸ばされた人差し指、まんまと引っかかった馬鹿は
「今時これか」
「今時だからこそじゃないかな?」
高校生にもなってつっかえぼうか貴様、と俺は心中で思いつつも笑顔でいた
相手は相変わらず先程から気の抜けるような笑顔のままだ
指を引きながらその笑顔で彼が云う
「シャワー貸してあげる。いっておいで。服も貸してあげるから。」
汗――…俺とした事が今までの道のりで体臭に気を配れなかったとは
腕を上げればうっすらと臭う、こんな調子で帰宅し、家人にこの様を見られるのは気が引けるが、
何か――…今日一日を振り返れば、おかしいものだった
「本当だ、汗臭い」
改めてそんなことを云うと彼の笑みが増した気がした
湯を使う事を強く勧められ、洗面所に押し込められた
兄妹揃って強引なのかもしれない
タオルをバスタオルとセットで丁寧に2枚も渡された
俺はほんの少し途方に暮れた
顔ぐらい洗わせて貰えば良いぐらいに思っていたが、まぁいい
衣服を脱ぐ、シャツや制服は広げて伸ばす
脱いだ衣服をきっちりと畳む
皺が寄っているのはよろしくない、脱衣こそ美しく
寝台の上の脱衣は乱れた方が美しいが普通の脱着を崩すのはいけない
「藤村君。シャツ洗濯しようか?」
頭から湯を浴び始めた頃に伺う声が聞こえたのでなんとなしにドアの方向を見る
ガラス戸の向こうでふらふらと動く影が洗濯物を物色する動きが見えた
何故か年上の女性の家に上がっている気分になった
「え? いや、大丈夫…です。」
2歳違いとはいえ甲斐甲斐しい働きを見せる擦り硝子の向こうの彼に少し羞恥を感じる
汚れているからと連れて来られて洗濯の面倒まで見て頂くのは小学生のそれではあるまいか
然し続けて明らかにばさばさと何か布の動く音がして
「ごめーん、聞いた意味無かった。あははは」
「え゛!?」
ごうぅん、ごぅううん、ごぅううん
最近の洗濯機はドラム音も静かだ
これなら夜のお洗濯もばっちりだし全自動は使い勝手が―――畜生め
――全く、”祇園寺”という男の内には揃いも揃って曲者ばかりが”入っている”な
喉を鳴らすようにしてみたら本当に可笑しい気分になった
洗濯機が回る静かな音がシャワーの向こうにある
取り敢えず身奇麗にさせてもらったら俺は浴室を出た
ご丁寧にも着替えが置いてあった
虎柄…か、これは
こんな短いズボンは小学生の折より履いた事が無い
あとこれは…ランニングシャツか?
上に着るものと云ったらカッターシャツかブラウスが殆どだからこうした服に袖を通すのも不思議な気分だ
部屋へ続く扉を開ければ水の音が聞こえる
其方に向かえばどうやらシンクが最初に見え、洗い物をしている隠元氏の背が見えた
「おかえりー。ご飯にする? 私にする? それとも、わ・た・し ??」
「いや、明らかに私が多くないかい?」
「だってお風呂入っちゃったし…大豆の服、似あうね。」
「え!? これ大豆君の服!?」
目まぐるしく瞬時に漫画で云えば点描が飛ばんばかりの勢いで
幸せな風景(と書いて妄想と読む)が広がる
こんな短い小学生みたいな丈のズボンを彼が履く訳か
こんな薄布の露出の高いシャツを彼が纏う訳か
何よりもこの衣服は既に使用済みという訳かそうか
「大豆君…」
「藤村君、手当てしてあげるから、早く来い」
彼の衣服ごと自分の身を抱きしめるように幸せを噛み締めていると
笑顔のまま隠元氏に命令されたので俺はハイ、と返事を返した
おいでおいで、の手の動きに誘導されてベッドに腰を下ろした
確かに怪我はしているがそんなに重病者でもない
本当に近所のお姉さんに面倒を見て貰っている小学生の体だと思っていると
「ゲッ」
「え?」
急に隠元氏はしゃがみこんで何かをベッドの下に押し込んだのだ
赤黒い、しみ
「今の……」
「あは…ごめん…気にしないで。処分し忘れちゃって…俺、血…嫌いだから嘉修がしてくれるんだけど、嘉修も忘れてたみたい。」
「それは…大豆君?」
隠元氏は―――少しの逡巡の時間の後、頷いた
人は見かけで判断するものではないけれども、
隠元氏の穏やかな物腰や、見た目を得に気をつけていそうな嘉修氏が
ベッドの下に押し込まれたそれを作成したのではないだろうと思った
だって、出会った日のあの彼は、既にその色に染まっていたのだから、今更驚きはしない
「臭いけど、我慢ね。」
「大丈夫。大豆君のために、その香りだってフローラルにしてみせる。」
決まり事のような冗談を云えば隠元氏は小さく笑う
湿布を用意してから彼がニコニコと待ち構えているので、観念して服を捲る
痣の上にそれが重ねられれば体躯にぞわりと瞬間的な悪寒が走る
その最中に、目の前の男から質問が課せられる
「ねぇ、藤村君…大豆のこと好きって、どんな感じ?」
彼は最初にも同じ質問をした
答えていなかった、と思いつつ、俺は答えを纏める為に少し考えた
「俺は、大豆君が初恋の人なんだ。正直、何かに執着することも無かったし、
誰かや何かを好きだと思ったことも無い。それが全部、大豆君への気持ちに濃縮された感じがする
…それでも足りないかもしれないけど。ともかく今は、彼の、彼の瞳の端にでも映りたい…」
語る言葉を止めた
彼が悲しそうな表情を見せている
何か悪い事を云っただろうか、彼の様子を伺っていると、
視線に気が付いたのか彼は首を左右に振った
湿布を貼り終えて身を整える頃には、彼はお茶を入れると云って台所に立った
※
「パソコン部なの?」
「そうだとも、今年から入ったのだ、まだ君にはお目にかかっていないな、ギオイン」
「ぎ、ぎお?」
「”ギオンジ インゲン”なんて何て長い名前をつけたものだ!
君は今日からギオインだ、いいな」
テーブルを挟んでインスタントコーヒーを啜りながらの会話
相手の眼前に指を突き付けてもそれを相手はじいっと見ている
身体が大きい癖に猫みたいに指をじいっと見ているので、ぐ、と鼻先を押してやった
「ふぁ!ど、どうしてくれるの、鼻がぺちゃんこになったらどうしてくれるの」
「鼻がヘコんだところで失うものがあるくらいならそれまでの価値さ」
「鼻は…へこませないでほしい」
「じゃあどこならへこませていいんだ」
「どこもだめなんだけれども」
「妥協しろ、どこか一点は差し出せ」
「それは確定事項なんだ?確定事項なんだ?」
人と長い時間、まったく脈絡の無い話をしたのは初めてだった
気が付けば俺は笑っていたし、彼も笑っていた
彼と友達になりたいと願ったのは俺だったけれども、
「実は友達を自主的に作ったのは生まれて初めてのことなんだ」
「え、ええっ…!?」
「そう驚くなよ、逆に光栄に思って貰いたいもんだね
この俺のファーストなんだぜ、ギオイン」
彼がぽかん、としている間にけたたましい電子音が無機質な部屋に鳴り響く
彼から取り上げられた制服、壁にかけられている灰色のそれに近づき、電子音の発信源を取り出した
何の洒落っ気もない数年前の機種の携帯電話
そろそろ変えなくてはならない、とはいつも思っているが、中々その機会が無い
『藤村様』
「鴨志田か、どうした」
『鈴木様が午後4時より此方に見えてまして
藤村様のお帰りまで待つと応接室にいらっしゃるのですが
既に3時間はお待ちになられております』
「…そうか、俺が圏外だったか、済まない
なら今から出る、××地区の×―××―×の辺りだ
最寄のバス停に立っているので車を回してくれるか」
『かしこまりました、20分程でお迎えに参ります』
俺が通話を終えると、視線を感じた
振り向けば隠元氏は物珍しそうに俺を見ていた、無理もない、か
急用で辞する事を伝えると洗濯物は明日渡す、と云われた
「君は良い奥さんになるね」
「ありがとう、嬉しくない」
「割と本気で褒めてみたよ?」
はぁ、と生返事を返す彼が紙袋を差し出した
それを受け取って、ありがとう、と笑う
「ねぇ、ギオイン…そうえいばさっきね」
うん、と彼が話を聞く体制になってから、俺は彼を促して促して玄関に向かう
靴を履きながら言葉を続ける
「嘉修さんに言われたんだけど…君に会うと俺は目的を見失うって…どういう意味?」
きっと嘉修氏の冗談なんだろう、と思い始めていた
仲が良い同士はわざとけなす物言い、一番信頼してる相手をけなしてみたり、ぶっきらぼうにする日本的愛情
そういうものじゃないかな、と思っていたのは、隠元氏の人の良さを目の当たりにして
けれども、彼は
「きっと見失っちゃうと思ったんだよ。すすられる前に逃げてね。」
仄暗い場所で彼は微笑んだ
どういう意味だ?俺が彼に問いかけようとした矢先、伸ばされた彼の手が俺の口を塞ぐ
一本の人差し指で
「おやすみ、藤村君。嘉修が苛めてごめんね。」
唇に当たった彼の指は温度が薄かった
金属の軋む音を立てて扉が彼の姿を俺の視界から遮断した
取り残された俺は暫くその扉を見詰めていたが、迎えの車の時間を思い出してその場所を立ち去った
※
「どうなされました、その格好は」
「シャツは洗濯中だ、”友達”に貸して貰った」
リンカーンの後部座席で丸くなって着替えるのもなれたものだったが
流石に派手な虎柄とタンクトップは運転手の目を丸くさせた
糊の効いたシャツに袖を通し、Kitonの黒いジャケットを羽織ると、
ネクタイを締めながらノートパソコンを開く
数時間でメールボックスには新着メールが数十件入っている
それをひとつひとつ開けながら運転をしている秘書に尋ねる
「またミスタ・鈴木は債務延長の申し出かな?」
「はい、それもありますが――…以前藤村様が依頼していた物件を
取り押さえたとの報告です」
「…それは楽しみだね、結構なことだ
なら法律上で可能な限り待ってやろうかな、債務の一つぐらいは」
車は、そのまま夜のオフィス街の方へと流れていく
藤村は、緩い笑みを浮かべながらネクタイを首の下で整え終え、
テーブルの上のパソコンを運行中揺れぬようにセットボードにセットした
ゆっくりと脚を組みながら、窓の外の景色を眺めて呟いた
「まぁ、今日のところはこれでもいいさ、これからだ」
あとがき
負け惜しみですか藤村さん
正直色々なことがあって自分的に大変だったみたいですよと