寒椿―KANTSUBAKI―1・寂しくない寒椿
「寒椿、いただけませんか?」
ひどく寂しい目をして現れたのは、我も数回しか会ったことのない
吾の生徒の祇園寺莢の兄の隠元、いや、嘉修君だった。
「寒椿、この季節にまたどういった理由でだね?」
「彼女が、寒椿好きなんですよ。」
あぁ、そうか。と草狩は納得して寒椿を出してくれた。
指から出てくるそれはなんとなくグロティックだけど綺麗で
少しづつ開く蕾を見ているとなぜかひどく寂しくなる。
あぁ、この赤は彼女が好きな色だ。
思わず伸ばす手は少し躊躇して花びらを触る。
途端。花が首ごとボトリと落ちた。
「ぬあぁ!?うぅ…夏に寒椿を作るのは大変なのである。」
悲しそうにボトボト落ちていく椿を見て草狩がつぶやく。
「すいません。無茶言って。夏に冬の花は大変ですね。でも、できるだけたくさん欲しいんです。」
「いや、もうちょっと待っててくれればなんとかなるのである。」
一生懸命花をなんとかしようと頑張る草狩の背中を見て
嘉修は静かに笑った。
ふと、落ちた寒椿の花を拾い上げる。
まじまじと見るそれは豪華な美しさを誇るように咲いていた。
椿は首ごとぼとりと落ちる。
「寂しくない…」
小さくつぶやいた言葉は必死の草狩の耳には届いていないだろう。
君はどうして、この花が好きなんだっけ?
『私、この花がとても好き。真っ赤なのが1番好き。綺麗で豪華で。
私も散る時はこういうふうにありたいな、なんて。
やだ嘉修。変な顔しないでよ。あなたを置いてなんていかないわ。』
『わかってるよ。美雨(みう)。そんなのわかってるって。馬鹿、わざわざ言うなよ。』
『愛してる。嘉修。』
『…愛してるよ、俺も。』
「できたのである!!!」
草狩の喜びの声で我に返る。
草狩は嬉々として水上げした花を持ってきてくれた。
「うわー綺麗ですね。しかもすごいたくさん。ありがとうございます…あ、これお礼です。」
「ぬ?いやいやそれは不要…
おぉ!これはミッフィーのマグカップなのである!可愛いのである!」
「莢に選んでもらったんです。良かったら使ってください。」
花をどこか遠くに見ている嘉修を草狩はなんとなく怪訝そうに見ていた
「嘉修君。せっかくこれをいただいたところで寂しい吾とお茶でもどうかね?」
嘉修はふっと草狩を見ると、笑顔でいただきますと頷く。
草狩はコーヒーメーカーであらかじめ作っていたコーヒーを温める。
「ミルクと砂糖はいるかね?」
「いえ、ブラックで結構です。すいません。」
コーヒーを受け取り、礼を言う。
いつもの女性をナンパする嘉修とはいたってかわって真面目な態度に
草狩は不思議な気分だった。
「先生…」
嘉修に話しかけられ、うむ?と返事をする。
「先生は再婚を考えたことはありますか?」
予想外の質問に一瞬思考が止まる。
咳をしてまたコーヒーを一口飲む。
「ない、のである。」
「そうですか…」
「どうしてそんなことを聞いたのである?」
「いや、好きな人が出来て、その人が亡くなったら、どうなのかな?って思って。すいません。気に障ったのなら謝ります。」
嘉修がコーヒーをテーブルに置き、頭を下げる。
慌てて草狩は手を振った。
「い、いや、そうではないが!
…その、もしや君の彼女は何か危ない状態なのであるかな?」
嘉修は頭を横に振って笑った。
「いえいえ!そんなことないですよ!由華ちゃんも万称ちゃんも沙茄ちゃんもみんな元気でっすvvv」
そのあとも出てくる女性の名前に草狩は頭痛がした。
「そ、その中に本命はいないのであるか…?」
「先生。これは隠元の体ですよー。真剣に誰かと付き合えるわけないじゃないですか。
俺の意思で結婚とかするわけにはいかないんっすよ?」
草狩はあぁ、なるほどっと頷く。
それでもその付き合い方にはいささか問題が、と教師的注意をしようとしたがなぜかやめてしまった。
なんとなく、彼は真面目に答えないだろうとか、意味がないだろうとわかってしまっていたから。
「君もまた、難儀だね。まだ18なのに…」
草狩の言葉に嘉修は苦笑した。
「体はそうなんですけど、俺は27歳ですよ。……でもまぁ…自分でも、そう思います。」
落ちていた椿を拾ってきたのだろう。
テーブルに置いた椿を嘉修はころころ転がしながら触っていた。
花粉がふわふわととんでいたが、咎める気が起きなかった。
ぼーっとした顔で、どこか悲しそうに花を触る嘉修を
草狩は話しかけずにコーヒーを飲んで見ていた。
『寂しくない…』
自分が悩んで叫んでいた時ふと幻聴のように聞こえた言葉。
彼は何が寂しくないのだろう?
こんな温かさを欲している寂しそうな顔をして…
あとがき
草狩嘉修でも嘉修草狩でもないです。
本当です。