どう呼んでいいのか、知らない


どう例えていいのか、知れない






IRONIC HONEYVol.1







戸締りはきちんとしないといけない
薬品を勝手に持ち出す生徒がいないとも限らないから、と、準備室の戸をしっかりと施錠する



「あっ、せんせー、丁度良いところに」



廊下で呼び止められて振り返れば其処には派手な服装の少女が居た
とはいっても、着ているものは黒金高校の制服で、やや改造してあるのか奇抜なつくりで
更に奇抜なのがサングラスとヘッドフォンで、吾はやや相手を凝視してしまってから、ああ、と声を軽くあげた


「放送部の」

「そうですよう、こんな格好してるのに思い出して貰うのに手間かかると
 チョット悲しいんですけれど?」

「音無くん」

「はい、正解です」


にっこり、と彼女が口許を笑み作るのを見て、吾は緩く苦笑を見せた
教師の癖に人の顔名前を未だ慣れぬのは少々恥だ


「して、もう下校時刻も過ぎたが何用かね?」

「はいっ、レポートです、もしかして、私、提出一番乗りじゃないですか?」


嬉しそうに彼女は弾む声で尋ねる
地学のレポート、この地域の地層に関するまとめ
大気汚染に面した区域もあるので危機管理の示唆と兼ねて最近力を入れるように云われていたので
課題として提示してみたが、この課題を出題したのが昨日の話である

「随分…早いのである、そんなに簡単に終わるものではないぞ
 無茶をしないで欲しいのである」

内容は頁を捲れば一夜の出来上がりとは思えぬ程に綿密に書き込まれており、
見出しも文章も読みやすく良く纏まっている

「ふむ、中々良い、後でじっくりと内容の方は確認させてもらおう」

「で、先生、私、何番ですか?」

そう、どこかきらきらとした眼差しで答える彼女に、吾は一度きょとん、としてから…
小脇に抱えた教材の隙間より、一冊のノートを取り出した



「君で二番目である、一番目は、”彼”だ」



吾の取り出したノートには達筆な文字で”江留 倍羅”と名前があった

それを見て、彼女はすくみ上がるような仕草で爪先立って伸び上がり、
うわぁ、と云いながら俯いた
どうしたものかと思って彼女の様子を伺えば、頬が薔薇色に染まっている

少し意図がつかめなくて首を傾げて居たが、江留君の人気を思い出した
救護団の副番であり、文武両道の今時珍しいほどに寡黙で真っ直ぐなあの青年

とすればノートが着順で触れ合っただけでも少女の心には愛しさも募るのだろう
彼女が微笑ましくて、吾は思わず顔が緩んだ
ちゃんとノートを重ねて教材の隙間に挟むと、彼女は更にそのノートの行方を目で追いつつも
身の置き所の無さそうな体を表情に出している

「さて、吾はそろそろ行こうかな」

「あ、は、はいっ」

「レポートは週末に返す、気をつけて帰るのだぞ」

「はいっ、し、失礼しますっ!」

脱兎の如くその場所から踵を返して去っていく音無君を見て、そのまま暫く見送ってから吾も歩き出す

暫くそうして廊下を歩いていた折、


だだだっ、だだっ、だだだっ


廊下を勢いつけて奔る音がする
教師として此処は一つ注意もしなくてはと、ゆるゆると振り返ると



「どけッ!」



地を低く這うような声と風が吾を通り越していく
擦れ違った野生の瞳
揺れる銀メッシュ



―――…あれはこの間の



嵐のように去っていくその人の後ろ姿を、吾はぽかんと見送ったのだった
この間の神秘的な雰囲気の少女は、今は違うベクトルで野性味たっぷりだった



「ま、待ちなさい柚木!!ちょッ…早ッ!!」


聞き覚えのある声に気が付いて振り向けば息を切らした音無君が、
廊下の窓から校庭を見下ろして驚いている
グラウンドに土煙を立てながら外に出て行こうとしているのは…やっぱりあの彼女なのだろうか

「お、音無君―――…彼女は」

「す、すいません先生、私、ちょっとアイツを追わなきゃいけないんです
 失礼します」

吾の質問に答えようとしてそれを遮る彼女へ、吾はすう、と手を翳して彼女の肩を掴む



「追うのならついてきたまえ、車を出そう
 彼女の行き先は分かっているかね?」



彼女は暫く驚いたような表情をしていたが、やがてお願いします、と頭を下げた
足早に階段を折り、彼女とは昇降口が違うから駐車場に来るように云う
ローズメタリックのランクスのエンジンを温めていると彼女が小走りにやってきたので
助手席のドアを開ける

行き先は喫茶店、場所は知っている


「シートベルトをしっかりとしておくのである」


彼女がシートベルトを装着したのを音で確認すると、車を走らせた
何故こんなことをしているのかは自分でもわからなかったが、
あの走り去っていった彼女の行方を少しでも見守りたかったのだろうと
其の時は思っていた



「せ、せんせぃ…!
 す、スピード速すぎやしませんか…!」



「大丈夫である、未だ官警の世話になった事は無いのである」


「そういう問題じゃ…いや―――!!!」



商店街は混雑しているので、河原の砂利道をショートカットしたら軽く車体が浮いた

















あとがき

クレイジータクシー草狩、どうしたこれ