危険な橋を渡るのは好きじゃないけれど、どうしてもそうしなきゃいけないときがある。
例えば、それ相応の大事なものとの引き換えに、とかね…



でも…



IRONIC HONEY Vol.2







「割に合わない――!!!!」


車の中でガタガタ震えながら絶叫する。
それでも草狩先生の車は減速できないのかと思えるくらい、常に速かった。
確かに、頭に血の上った柚木を止めたいという気持ちは大事だ。
しかし、この恐怖とそれを天秤にかけるのは難しすぎる。
ブワァッと身体が浮く。ジェットコースターに乗った感じ。それにそっくりだった。
さっきから物凄く時間が速くなったり、遅くなったりする。
恐いと遅いし、一直線、何もないとさらに遅く感じる。この恐ろしい時間が、酷く長いのだ。

「先生! 止めて! 私走ります! まかせてください! 私50メートル7秒台なんです!!」

「おぉ、それはすごいのである。音無君は足が速いの…」

ぎゃー!! 先生私の顔見て話さないでください! 脇見運転ですよ!!

私が騒いで先生はやっと前を向き直る。
こっちは気が気じゃない。
こういう運転をする人間がこの世にいるのをすっかり忘れていた私は
ぶっ飛んでしまいそうな意識と戦う。
車体はガタガタ揺れるし、びゅんびゅん景色が変わる。
さらに新幹線に乗ったときのことを思い出した。

『見てみて、パパ! 速いー! 楽しいね!』

窓を嬉しそうに眺めていた幼い自分に言いたい。

それは安全だってわかってるから楽しいのよ

って。

怯えている私に、大丈夫だと言い聞かせながら先生は真面目な顔であたりに目配りしながら運転を続けている。
しかし、アクセルからなかなか足が退かない。
カーブでのアクセルやブレーキの踏み方が、 頭 文 字 ○ み た い だ け ど !



男の人が車なんかを運転しているのを見るのは好きだった。
きゅんとだってくる。
でも、今はきゅんとか、それどころじゃない!!

「もうすぐなのである!!」

「じゃあなんでスピードあがっちゃうんですかイヤ―――!!??」

キキィーっという大きいブレーキの音。目の前にはたくさんの驚く人々の顔。
ガクンと揺れる身体は酷く軽い気がした。

「い、生きてるよ…!!」

すごかった。生存率が鮭の戻り率くらいの可能性ぐらいだったけど、私、生きている!
これから忍に運転するときは気を使わせようと心に決め、シートベルトをはずす。
ここは、SATUKIのすぐ近くの車道だ。
扉をあければ、縁石が本当に近い。あたりの人々は目を大きくしてこちらを見ていた。

「音無君、大丈夫だったのである。」

ね、と声をかけられても、どこが大丈夫かぐらぐらする頭の思考ではさっぱりだった。
目と鼻の先にあるSATUKIがえらく遠く感じた。
身体に力が入らず、ふわふわした心地。地球が揺れている。

「あ、ありがとうございました……」

もう二度と乗るまいと心にこっそり決めて先生にお礼を言う。
先生はにこにこして、いいのである、と笑っている。
可愛い。
可愛いけど、運転はちっとも可愛くない。

変なギャップ感じつつ、先生に手を振り、走ってSATUKIに向かった。






向かえば、案の定だった。

「こら! 柚木! 他校生と問題おこしてんじゃないわよ!」

私は疲れた身体の中の精一杯の声を柚木になげかける。疲れた。
荒い呼吸のせいか、肩の上下が忙しない。
大きく息を吸えば、幾らか落ち着いてきた。
にしても柚木の足の速さには感服する。私なんか車(しかもメチャ速い)できたのに…

「あぁ!? 音無邪魔すんじゃねぇ!!」

「あんた脚早すぎ! …問題を起こせば、湯山は我井帝まで詫び入れに行かなきゃなんないのよ?」

「…ぁ…」


しょーもない、けれど好きな気持ちは可愛い。
私はこういうときちょーっと柚木に甘くなってしまう。
柚木の肩を押しながら例の席に座らせ、柚木の肩に手を置いて顔を覗きこむ。

「あんたの気持ちはわかるけど、他人にあたるのは、特に他校生に関してはなんとか抑えなさい。
別に好きって気持ち抑えなきゃいけないわけじゃないんだから、出来るでしょ?」

柚木はむっつりしていた。
納得いかない顔と失敗したなって思う顔がごちゃ混ぜだった。
泣きそうな顔をするものだから、思わず胸がチクリと痛んだ。
それでも柚木は泣くこともなく、1度頷く。
泣かない柚木になぜかホッとした。

みんなのところに一旦戻ってせせりちゃんと祇園寺(妹)に柚木慰めを任す。
さてと、問題は……
見える後姿をチロリと睨む。
話し込んでいるゆえにか、私が近づいているのに気づかないようだ。
私に気づいている人間には、唇に人差し指をあてて、静かに、と仕草で表す。
そしてそのまま、嘉修の股間にめがけて思いっきり蹴りをくらわす。
足癖が悪いとよく言われるけど、とりあえず天誅。
嘉修のうずくまる姿を見て、ちょっと気が晴れた。


「何、悠長に話してんのよこの伊達男。役立たず。」

「うわぁ、じょ、女王様…股間は…ちょっと…」

「あんたなら止められたでしょうが。無駄な仕事増やしてんじゃないわよ。玉潰すわよ。

「音無ちゃん……脅してから蹴って欲しいな…もう潰れかけてるよ…ッ!」

それは良かったわと口の端をあげる。嘉修を足蹴にして軽く女王様気分。
しかし調度その瞬間に嘉修の顔色が変わる。
恍惚としていて、なんだか、異様に、気色悪い。
素で滅茶苦茶嫌な顔をしてしまった。
くるり、と体の向きを変え、足は嘉修を踏み付けたままにもう1人の方に身体を向きなおす。
この妙に濃い顔と格好、間違いない。
藤村 解良。
この歳でいくつもの会社を任せれている、大学出の天才少年。
……少年…?
まぁいいわ。

「藤村君、大丈夫?」

「…なんとか。音無嬢はお元気そうで何より。」

「あら、覚えてたの?」

「取引先の綺麗なお嬢さんは忘れられませんから。」

「あら、可愛いこといってくれんじゃない。」

覚えていたっていうよりも、よくこの格好でわかった。が正しい気がするのだけれど。
しかも、前会ったときとの口調の違いに自分でも内心苦笑してしまった。
まぁ、それでも別に父親は怒らないし、むしろ可愛く接するなってうるさいから調度いいといえばいいのだろうか…

「あ、天津君!」

「え!?」

不意に聞こえる嘉修の声に驚いてサッと足をどける。
こんなところ見られたら、何を言われるか!!
しかし、当たりを見回すも、そこには天津の姿なんかどこにもない
かわりに前を歩く嘉修の背中が見えた。


騙 さ れ た !!



嘘つくなと嘉修に喚いたのち、
こみ上げる恥ずかしさからそそくさと柚木達の方へ戻った。






「ムカツク!」

柚木はダンッ! とテーブルに拳を叩きつける。
微妙に凹んだ机にせせちゃんや祇園寺は青くなっていた。

「物にあたるのやめなさいよ。」

「うっせぇ!!」

「あんたのがうるさいわよ。」

柚木の機嫌は直る様子が無い。
困ったもんだと腕を組んで考えていれば、救世主が喫茶店にやってきてくれた。
そのうちの1人に見える顔にハッとして
パパッと制服を戻し、ヘッドフォンとサングラスをせせちゃんに押し付ける。
え? え? と慌てるせせちゃんには申し訳なかったけれど、この人を前にしたら派手な格好は出来なかった。

「ナイスタイミングですね。湯山総番…江留君も一緒だったのね…皆でお茶でもしに?」

乙女モード。
江留君がいるなら話は別だ。いつもより綺麗な声を心がけ話しかける。
大きい江留君は店の天井が低いのか、少し首を竦めていた。 可 愛 い ! !

「いや、俺はもう帰るんだけどな…」

「エル君ってば今日は神社寄るんだってー…」

湯山がつまらそうに、口をへの字にしている。
柚木はというと早速湯山に飛びついて、腕を組み、幸せそうに笑みを浮かべていた。
豹変振りに疲労感が増す。さっきとの違いはなんだと騒ぎたかったが、江留君がいるので出来ない。
変なストレスばかりたまってしまう。



柚木はいつもよりずっとキラキラしていた。
好きな人の前だと、そうなるのだろうか。私もそうなのだろうか。
皆、そうなのだろうか。


胸がきゅん、となった。





結局湯山に引き止められても、江留君は来て早々に帰ってしまった。

(本当に顔出しにきただけだったんだ…私いるからって残ってたりはしてくれないんだよなぁ…)

溜息ばかりが零れる。輝く柚木とは違い、ズンと重く暗い空気をまとってしまう。
慌ててオロオロしていたせせりちゃんからヘッドフォンとサングラスを貰い受ける。
サングラスを頭にかけ、ヘッドフォンをつけようとすれば肩がツンツンとつつかれた。

「ん? 何?」

「音無―、俺、ずっといたんじゃけど…」

赤い硝子玉のような瞳が私を見詰めている。
なんだかやる気がポンと抜けてしまっていた私は、あっそう、という反応しか返せない。
先ほどは江留君に会えた嬉しさで、今は江留君が去った切なさによって
さきほどからずっといたはずの天津に気づかずにいたのだった。

「音無! 反応薄ッ! 俺に会えんで寂しいーとか、俺いないとおえん、とか言わんのん?」

「言わん、じゃない。言えん、なの。」

えー! なんでならー!? と文句を言う天津にイライラが最絶頂にまで達する。
そこからガミガミガミガミ天津に怒鳴り散らしていればスーッと胸のつかえが取れた気がした。

(天津がとばっちりと思った貴方。それ結構正解だと思うわ。)





私が何を騒いでも阿呆のように笑ってくれる天津。
それが今は酷くありがたかった。

「んで、何で天津はここにいるの? 帰らないの?」

「音無がぼっけー酷いー! あっ、なんなら!
…音無恥ずかしがらんでええのにぃー?…ちばけてるんじゃろ?」

「え? っていうか、帰れ。

「うぉぅ!? ぼっけー酷い!!!」



「ぼっけーとかちばけるとか普通の人わかんないって……ん?」



カラン、と扉の開く音に視線が天津からドアに動く、黒服の人間が店内に入ってきた。

どこかで見たことのあるその人間の顔に目を細める。

続いて入ってきた人間の顔を見れば、細まった目が大きく開いた。





「草狩先生ッ!」







帰 っ た ん じ ゃ な か っ た ん だ ! ?































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あとがき

戻り率は1/1000くらいです。

あぁ、中途半端に長くてスイマセン!!

ちばけるはふざける

ぼっけーは非常にという意味だそうです。

一生懸命調べた自分が切ない。(ふふふ)