世界樹は不思議な木。
その大木は天までとどき、春には花がなくとも香しく。
夏には葉を地平線のごとくに茂らせて、秋には夕日よりも真っ赤に染まる。
冬にはその葉をすべて落とし、葉に埋もれた村は冬眠を受け入れる。
世界樹は不思議な木。
そして、戦士達の不思議な運命。
夏に訪れた彼らは幸運。
そのしっかりとした葉の上でさえあるける大木は、戦士達を受け入れて。
てっぺんに隠していた不思議な剣と羽を痛めた天使を戦士達に差し出して。
世界樹は不思議な木。
茂った葉に覆われた村に、なぜか木漏れ日が落ちてくる。
世界樹は、まことに不思議。










世界樹の午後









世界樹から降りてきた仲間を迎えるため、トルネコは世界樹の根元でずっと待っていた。
登っていったのはユーリル、アリーナ、マーニャ。
「世界樹探索隊」と名付けられたメンバーは、そんな皮肉にも気付かずに軽い足取りで登っていって、はや半日。
とっくにお昼はすぎていて、トルネコは世界樹の根元、木漏れ日のあたらないところでおにぎりを頬張っていた。
彼の考えがあっていれば、きっと探索隊はすばらしい宝を手に入れるはず。
そして、それが彼の求める剣であれば・・・。
トルネコは手についた御飯粒をぱくっと口にする。
これが彼の運命。
ただの武器屋である彼が、普通の兵士よりも並外れた体力で、導かれし戦士達の仲間となっている。
ただ、天空の剣を見たい、それを勇者と呼ばれる人に渡したい、そんな願いがこんな形で実現していた。
トルネコはもう一つ、おにぎりを取り出した。
もぐもぐ。
トルネコの手にもあまるおにぎり。
それは、トルネコに食べられる運命。
なぜか、トルネコはおにぎりを食べ飽きることはなかった。

ふいに、トルネコのいる場所が暗くなった。
見上げると、彼が待っていた人がトルネコを覗き込んでいる。
「トルネコ、それ美味そうだな。でも、俺よりそっちが大切なのかぁ?」

ユーリルは驚いているトルネコの手から、直接おにぎりを頬張った。
「美味い!」
トルネコはそのまま残りのおにぎりをユーリルの口に押し込むと、ユーリルの全身を探す。
そして、彼の後ろ手に隠してあった、剣に目は釘付けにされた。
ユーリルはトルネコのようにもぐもぐと、しかし、目には得意げな輝きを見せて。
口に頬張ったおにぎりのため、言葉は出せないが、ユーリルはゆっくりと剣をトルネコに差し出した。
「見てくれ。」と言わんばかりの表情で。

トルネコはおずおずとその剣を取った。
ひんやりと、それでいて暖かい、不思議な金属。
緑の竜が青い宝玉を咥えている柄。
それらの特徴は、すべて天空の武器であることを証明している。
もっと見たくなって、鞘から剣を出そうと、トルネコは引っ張った。
しかし、剣はびくともせず、鞘はぴったりと、まるで剣を守るかのよう。
トルネコはユーリルを見上げた。
ユーリルはトルネコから剣を取る。
そして、右手を柄に、左手を鞘に、ゆっくりと両手を遠ざけた。

現れたのは・・・。

錆びた剣。



トルネコは口を開けたまま、剣にすべての意識を奪われていた。
何をどう考えていいのか、分からない。
混乱を極めた頭の中で、トルネコは剣を撫でていた。
「こんなに錆びてるのに、頂上でドラゴンに襲われたんだ、その時、その剣で、斬った。斬れたんだよ。切れ味は悪いが、使えるんだ。」
トルネコの横に座ったユーリルは、鞘を地面に突き立て、それにすがるようにトルネコを覗き込んだ。
「・・・わかりませんね。何か、これは錆びというよりも、封印してある楔にみえるんです。ブライさんに聞いてみますか。」

そうして、2人はブライのもとへ。
ブライは世界樹の根元の西にある、不思議な教会にいた。
何をしていたのかは分からないが、ぼんやりと村の不思議な人びとを見ていたようだ。
彼にしては無駄な時間を過ごしていたようである。
ユーリルは気だるそうなブライを教会のサロンまで引っ張っていった。
そこのテーブルに剣を置いて、ようやく3人はそれぞれあーでもないこーでもないと、剣の不思議さを話し合いだす。
しかし、ブライの気だるさ抜ける様子もないし、トルネコのおにぎりも止まらない。
ユーリルも、なんだかつられて眠くなってきていた。




一方。
マーニャとアリーナは天使を両脇から抱えて宿屋の扉を蹴破ったところだ。
宿屋にいたミネアは驚いて出迎える。
「どうしたの・・・まあ!」
「とにかく、ミネア、ベッドを用意して!応急処置は済ませてあるの!!」
アリーナはミネアに指示すると、ミネアがいた部屋の方に向かった。
2人の抱える人からは大きな翼が。
ミネアはぼーっとしていた頭がきゅうに働き出す。
翼の根元に不思議な色。
ミネアは何が何だかわからなかったが、何となく、その色が天使の血の色かな、と思った。

「その人は・・・どうしたの?」
ミネアはマーニャに尋ねた。
アリーナは天使の額に冷たい水で絞ったタオルを当てる。
気を失っているのか、天使はうめいただけで、その瞳を開けようとしない。
マーニャはベッドから立ち上がると、窓を開けて煙草を取り出した。
窓枠に体重をかけ、煙草の先に小さな火炎魔法を施す。
やがて立ち上る紫煙。
それは、まるで天を求めるように真直ぐに上っていった。
マーニャは煙草を一口吸うと、ミネアの質問に答える。
「てっぺんにいたのよ。葉っぱの中で、気を失っていたわ。天空の剣の横で。」
ミネアはマーニャに駆け寄った。
「あったの?」
「あったわよ。ユーリルしか剣を引き抜けなかったのが証拠でしょう。」
ミネアは両手を組んで、瞳を閉じた。
感無量とでもいいそうな表情のミネアに、マーニャはきつく言う。
「でも、錆びだらけの使い物にならない剣よ。」
マーニャは灰皿を手元に寄せ、煙草の灰を落とす。
信じられないとでもいったような表情のミネアに、マーニャは続けて言った。
「まだ世界樹のすべてを探索したわけじゃないの。そこに何か秘密があるのかもしれない。」
煙草の火を灰皿で消すと、窓枠から立ち上がった。
「ミネアはこの病人についていて。あたしはもう一度世界樹に登るわ。ユーリルとライアンを引き連れて。」
すると、アリーナが頭を上げた。
「私も行くわ!」
「馬鹿ね。足をひねった子に無茶はさせないわよ。ほら、神官のトコでも行って治してもらいなさい。」
マーニャはアリーナの額を指でつつくと、ミネアからライアンの居場所を聞いて、世界樹の裏手にいると聞くと、そちらに向かった。







ライアンは寝そべっていた。
普段であれば、何かしら稽古をしている彼なのに、珍しい。
なんだか身体が重く感じるらしく、今日はいたってゴロゴロしている。
そしてその横では、クリフトが世界樹に寄りかかって聖書を読んでいた。
いつもと違うのはページをめくる指の動きが遅いことなのだが、ライアンには気付かれていなかった。
「よく飽きないな。何度も同じものを読んでいて。」
ライアンはぼーっと言った。
「・・・その日の状況によって、聖書は色んな事を語ります。真実が一つじゃないんです。飽きないですよ。」
答えるクリフトの声も、なんだかはっきりしていない。

もう何時間そうしていたのか分からないが、それに終止符をうったのは遠くからライアンを呼ぶ声だった。
その響く声。
ライアンは恥ずかしそうに顎を引き、クリフトは笑った。
「ほら、マーニャさんが呼んでますよ。」
「・・・もう少し小さな声で呼んでもいいだろうに。」
ライアンはめんどくさそうに立ち上がると、腰をはらった。
木漏れ日なのに、鋭い陽射しがライアンの目に入る。
そして、その光の向こうに、仁王立ちでライアンが来るのを待っている姿が。
「・・・行ってくる。」
クリフトはクスクス笑って見送った。
ほんの近い距離のはずなのに、ずいぶんと距離があるのか、ライアンの姿はそれに比例して小さくなっていく。
世界樹は、それほどまでに広がっているのだ。


不思議な不思議な木。




クリフトは聖書を閉じると、頭をその大木に預けた。
ライアンはとっくに消えて見えなくなっている。
軽く上を向いたまま、目を閉じる。
目蓋ごしに見えるのは、緑色の光。
それは鮮やかで、眩しくて、クリフトは思わずぐっと目を閉じる力を強めた。
訪れた暗闇。
しかし、緑が優しく包んでくれる。

夏の真中なのに、気候は丁度良く。
そよぐ風はこもりがちな体温を奪って。

視界の端にオレンジが揺れたのは、気のせいだっただろうか。


クリフトは不思議な世界樹にその意識を委ねた。















ぼんやりと、目蓋越しの光が見える。
白い光と緑の光。

クリフトは寝てしまった自分に気がついて、右手で枕を自分の方へ寄せた。もう少し惰眠を貪りたい気分だってある。
しかし、変に柔らかい枕。
クリフトは目蓋を閉じたまま、少し考えた。
横になって眠る彼。左を地面に預け、ようやくここがベッドでは無い事に気付いた。
まだ目は閉じたまま。
右手が枕から下ろせない。
頭の上からクスクス笑う声。
ふいに右耳の髪が梳かれた。
ぞくりとする感触。
枕は、どうやら2つ並列にならべられていて・・・。

クリフトは瞳を閉じたまま、この状況に気が付いた。
膝枕だ。

しかも、おそらくどうやらたぶん、こんなことをする人物は一人しかいない。

「クリフト、起きちゃったの?」

やはり、とクリフトは項垂れた。
飛び起きて、この状況を打破せねば、とも考える。
しかし、なぜか身体が動かない。
どうにかしたい気持ちはやまやまなのだが、なぜか身体が動かないのだ。
まるで、頬がアリーナの足に吸い付いたかのように。
クリフトは目を閉じたまま、だんだん焦りだした自分に気が付いた。
動けないのか、動きたくないのか。
それも分からなくなってきた。
そして、考えるほどにアリーナの空気が優しくクリフトを誘う。

クリフトは寝たふりをきめこむことにした。
じたばたあがいてもしょうがない。

先ほどよりぎゅっと瞳を閉じ、その感覚を奪うと、鋭利になるのは他の感覚。
嗅覚はすでにアリーナの香りで満たされているし、皮膚のすべての圧点が柔らかい感触を楽しんでいる。
クリフトはどうしようもない状況に、鼓動が早くなり始めた。
普段の彼からは考えつかないほど、彼は焦っていた。

「まだ寝てるんだぁ。ねぼすけさんだな。」
アリーナはクスクスとクリフトの頬をつつく。
考えてみれば、寝顔をこう見られるのも初めてであったし、なによりも自分がここまで無防備であったためしがない。
その恥ずかしさからなのか、顔が赤くなっている。
とにかく、クリフトは起きていることを気付かれないように必死に目を閉じていた。

どうしてこんなにも変な状況になっていたのか、そして、どうして自分が眠りこけてしまったのか、
考えるほどにアリーナの香りが邪魔をする。

アリーナが足を動かす。
すると、そこにのっていたクリフトの頭も動いた。
さっきとは違う柔らかい感覚に、クリフトはまたゾクゾクする。
仰向けになったクリフトは、目蓋の上に緑の光とオレンジの光が見える。
今度はクリフトの前髪を梳きはじめる感触。
クリフトは変に鼓動が速くなっているのを、アリーナに感じ取らせないことに、必死だった。

「ふぁぁぁ、私も眠くなってきちゃった・・・。変なの。」

アリーナの、クリフトの前髪を梳いていた指が止まった。
そして、クリフトは顔に近づく何かを感じ、あわてて自分の指を口の上に置く。
クリフトの指に触れるはアリーナの唇。
「何をなさるんですか。」
ほんの数センチの距離で交わる2人の視線。
吐息も交わる距離で、アリーナの瞳はくりくりと、クリフトの瞳はちょっとだけ熱っぽく。
赤くなっているのを感じながら、クリフトはそれを知られないように冷たく言うと、身を起こした。
ことに気付いたのか、アリーナは頬を膨らませて怒っている。
「ぶーっ。オヤスミのキスをしようと思ったのにーっっ!起きちゃうなんてずるいわ!!」
「・・・どこがどうずるいのかわかりませんが・・・。」

クリフトはアリーナに背を向けて立ち上がった。
異常なほどに鼓動が速く打つ。
身体が再びあの眠りを欲している。
しかし、眠りを欲しているのか、アリーナを欲しているのか、クリフトの寝ぼけた頭脳では判別不可能になる。
頭を左右に振って、目を覚まそうとするが、欠伸が出てしまうだけだった。
それを見て、アリーナもつられたように欠伸。
「ふぁぁ、なんか眠い〜。」
「・・・私もです。おかしいぐらいに眠いんです。」
「どうしてかなぁ・・・。」
アリーナは手をクリフトに伸ばす。
言葉はないが、立たせてくれ、という合図。
クリフトはその手を引っ張ると、勢いで飛びついてきたアリーナに、苦笑した。











「あ、あの・・・。」
ミネアははっとする。
目の前では、天使がベッドで身を起こしていた。
「あ!ゴメンなさい!!私寝ちゃってたわ!・・・どうしてかしら・・・。あ、それより大丈夫ですか?」
天使は弱いながらもしっかりとした笑いをミネアに見せた。
「眠くなって当然よ。だって、もう夏の終わりの世界樹ですもの。」
ミネアには話が読めず、首を傾げた。
「あら、知らないのね。世界樹は冬に冬眠するの。そして世界樹の周りの命はすべてその冬眠に連れ立つの。
世界樹はすでに冬眠の準備に入っているわ。だから、周りにいると眠くなるのよ。」
「・・・え?」
「もし、このままずっと寝てしまえば、冬眠になれていないあなた達は春まで寝ちゃう可能性もあるわ。」
ミネアはその言葉に驚いた。
そして、何となく合点がいく。
トルネコが異常におにぎりを食べていたことや、ライアンが寝ていたり、ブライがぼーっとしていたり、自分も眠っていた。
おそらくクリフトも同じに違いない。
冬眠、初めての体験だ。
エネルギーを身体に蓄え、実りの少ない冬を眠ってすごす、冬眠。
「それって、早くここを出たほうがいいのかしら?」
ミネアは天使に尋ねた。
「ええ。そして、天空城へ急ぎましょう。私はルーシア、天空の民です。」
天使は優しく微笑んだ。
ミネアもつられて微笑むが、どうやら話はすごいことになっていそうなので、とにかく、仲間を呼んで、ここを出なければならない。
「ちょ、ちょっとまってね。今みんなを呼んでくるから。そして、その後でゆっくり話しましょ!」








トルネコとブライは天空の剣の置いてある机に突っ伏して眠っていた。
鼾のうるささに、狐が怒って2人のお尻に尻尾をつけていた。
「大丈夫、2日後には取れるわよ。」
ミネアは笑いをこらえて言った。

アリーナはクリフトにおんぶされて、ぐっすり眠っていた。
歩きながら寝てしまったようで、クリフトも眠さでふらふらしている。

そして、世界樹の探索にいった3人は中々戻ってこない。
痺れをきらしたミネアとブライ、なんとか起きたクリフトが世界樹に登ると、大きな枝の上、マーニャが大の字で寝ていた。
その両手を枕にして、ライアンとユーリルは縮こまって寝ている。
「・・・普通逆でしょ・・・。」
ミネアは呆れて呟いていた。


ルーシアと名乗った天使は、仲間達を気球に乗せるのを手伝った。









「ね、世界樹って、素敵な木だったでしょ?」
後にルーシアはそんなことを言ったが、仲間達が覚えているのは、眠たいところを叩き起こされた嫌悪感だけだった。









世界樹は不思議な木。
その大木はすべてを覆い、自分のリズムを流し込む。
老若男女、動物植物、生きとし生ける、すべてのものに、自分のリズムを強制する。
世界樹は不思議な木。
だから。
トルネコは2キロ太ったことを、世界樹の不思議のせいにしたし、
ブライは混乱した時爆発魔法を唱えようとしたのを、「寝ぼけた」と、世界樹のせいにしたし、
ライアンは動きが鈍くなれば、世界樹のせいにしたし、
マーニャは朝寝坊を、世界樹のせいにしたし、
アリーナはクリフトにおんぶをせがむのを、世界樹のせいにしたし、
クリフトはあのドキドキを、世界樹のせいにしたし、
ミネアは午後の濃い紅茶を飲みたくなるのを、世界樹のせいにした。

それでも世界樹は不思議な木。
そんな彼らをすべて許して、今年の眠りについたところ。