Moon Night Whisper



一日の仕事を終え、ようやく落ち着ける自分ひとりの時間。
自室で書物に手を伸ばし、ぱらりぱらりと繰るうちに、しかし思考はただひとつのことに占められていく。

どれだけの時間が過ぎただろう。
けれど、クリフトが手にしている本のページは止まったまま。
彼はひとり天上を仰いで呟く。
「……姫様……」
窓の外には満ちた月。
「姫様もこの月をご覧になっているだろうか……」
クリフトは首を振って本を閉じた。
「月は満ちても……私の想いは……」

思わず口に出してしまった自分に赤面する。
だけど動き出してしまった感情は止まらない。

――月は満ちたら欠けてしまう。
   誰だろう、恋もそれに似ているなどと言っていたのは。
   私は違う。
   気持ちが通じあった今もなお、
   彼女への想いは日一日と強まるばかり。
   まるで、満ちることなど知らぬかのように…―― 

(どうかしている…。こんなことまで考えてしまうなんて…)
意識を書物の内容へと切り替えさせるために窓辺による。
煌々と輝く満月がサントハイム城の庭園をやさしく照らしていた。
柔らかく映し出される景色を見渡していると…、
一瞬、自らの目を疑う。
そこにあるはずのない影を認めたからだ。
「姫様?!」
 窓を開けて彼女に呼びかける。
「姫様、こんな時間にいったいどうなさったのです?」
「だって、月がとっても綺麗なんだもの。だから外で見たくなったの。
 ね、クリフトも一緒に見ない?」
もちろん断れるはずがない。
慌てて衣服をあらためると、愛しい人の元へと急いだ。

彼女の隣に立って空を見上げる。
室内と違って遮るもののないここでは確かに、
月はその存在感を一層際立たせていた。

――この月のように、見守ることしか出来なかった自分が、
   今、こうして彼女の傍らにいることを許されている…――

「ね、綺麗でしょ?」
アリーナがクリフトを見て微笑む。
月光を全身に纏わせた彼女は、まるで光の中に佇む女神のようで。
「ええ、とても…」
そう言うとクリフトは、アリーナの肩を引き寄せた。


月だけが――二人を見ていた。



Fin. 





画 福田和佳さま