『お や す み』


「やっぱり、熱が出ていますね」
大きな手が小さな額から離れていく。

「まだ治りきっていないのに、街中に出て行かれるからですよ」
やけに神妙に毛布に包まっているアリーナが、えへへ、と笑う。
「だって昨日は気分がよかったし…ずっと部屋にいると飽きちゃうんだもん」
そのいかにも彼女らしい答えに、思わず笑みを漏らしてしまいそうになって…、
慌てて表情を引き締めて、クリフトはちっとも自覚がない病人に注意する。
「とにかく、今度こそ、しっかりと休んで下さいね」
「は〜い」
あまりにも素直すぎる反応が却って気になって、
クリフトは思わず念を押してしまう。
「わかってますか?」
「う〜ん、たぶん♪」
ニコニコしながら答えるアリーナ。
ベットの中から、上目遣いでクリフトを見つめて。
熱のせいか、少し潤んだ大きな瞳。


「!」
そんな表情で、そんな瞳で、見つめられてしまったら…
一気に、こちらの体温もあがってしまう。

頬が、熱い。
きっと顔も赤いに違いない。
こんな表情を彼女に見せたらいけない…と頭では分かっているものの、
どうしても目を逸らすことが出来ない。
無邪気に自分に笑いかけている彼女が、あまりにも可愛らしくて。

けれど。
「たぶん、じゃありません。今日はここでおとなしくして頂きますからね」
口に出せた言葉は、あまりにも想いとはかけ離れていたもので。
彼女を心配しているからなのか、いや気づかれたくないだけなのか、
そんなふうに、言い訳を考えてしまうほど厳しい調子になってしまった…。


だけど。
「うん」
とアリーナはにっこり笑ってうなずいた。
クリフトの心配などかき消してしまうかのように、ただただ嬉しそうに。
その笑顔に安堵したクリフトは、「では、私はこれで…」と部屋を出ようと踵を反した。その時、

くいっ。

「……どうか、されましたか?」
腕を伸ばして緑の神官服の裾を掴んでいるアリーナ。
「あのね…おとなしくしてるから、ここにいてくれる?」
「え……」
クリフトは思わず絶句する。
「だって、一人だと退屈だし……ダメ?」
口調も、笑顔も、先ほどと同じようなまま。
けれど、クリフトにまっすぐに向けられた蘇芳色の瞳は訴えている。
 寂しいの と。
それは、ずっといっしょにいる彼だけが読み取れる言葉、知っている思い。


ふぅと、クリフトは大きく息をひとつ吐く。
それは、ため息ではなくて自分の感情を落ち着かせるため。
そうでもしないと、アリーナを抱きしめてしまいそうだったから。
そうして、
「わかりました」
椅子を引き寄せ、ベットの傍に腰掛けた。


濃藍色の優しい瞳が、自分を見てくれている。
それだけで、なぜだかとても安心する……。

そんなことを思いながらも、アリーナは急速に眠りの世界へと落ちていく。
それでも、心地よい睡魔に抗うかのように、懸命に瞼を開けていようとする彼女に、
クリフトがそっと告げる。
「大丈夫ですよ。ずっと傍におりますから」

それは、彼女が一番聞きたかった言葉。
アリーナは、本当に嬉しそうな笑みを浮かべると、
そのまま、穏やかな寝息を立て始めた。



Fin.