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『風のいたずら?』
めずらしく魔物の襲来が途絶えた昼下がり。
導かれし者たちは、ぽかぽかと気持ちのいい陽気の中、
草原で束の間の休息をとることにした。
「マーニャさん、クリフト知らない?」
「クリフトなら少し周りの様子を見てくるとか言っていたけど?
……あ、ほら。あそこにいるわよ」
そういって、彼女が鉄の扇で指し示した先には、
確かに、大地よりも少し濃い緑色の背中が見えた。
「本当だわ。ありがとう」
「あら、用があるんじゃなかったの?」
「ううん、ちょっと姿が見えなかったから、どうしたのかなって思って」
何を思いついたのか、マーニャの瞳がキラリと輝く。
「あ、そうだ。トルネコがお茶にでもしようって言っていたんだっけ。
アリーナ、悪いけど、クリフトを呼んできてくれない?」
「いいわよ」
「あ、それから、いくら魔物がいないからって、あんまり遠くから大声で叫んじゃダメよ。
びっくりして間違って出てくるかもしれないからね」
「うん。わかってるわ。じゃあ、行ってくる!」
そう言うと、姫君は元気よく神官のもとへと駆け出していった。
意味深な笑みを浮かべてアリーナを見送ったマーニャは、急いで隣にいた妹に声をかける。
「ねえ、ミネア。あんたのバギって、相手を傷つけずに風だけ当てるってこと出来るの?」
「そうね…。空気を操る呪文だから、威力を調節すれば出来ると思うわ。でもどうして?」
「ふふふ、あれよ、あれv」
再び扇が指し示した先には、生真面目な神官にどんどん近づいていく可愛い王女。
「アリーナがクリフトの傍に寄った時、あの子の背中にだけ強い風を送ってみたら…どうなると思う?」
「姉さんたら!」
「あ〜、はいはい。そんなことに精霊の力を借りたらいけないっていうんでしょ?怒らないで…」
「この距離だと、バギマくらいじゃないと駄目よ」
「……あんたも、いい性格してるわね」
「あら、だってあのふたりのためですものv
精霊たちもきっと喜んで力を貸してくれると思うわ」
草原の中央で周囲を偵察していたクリフトは、とりあえず魔物の気配がしないことに安堵した。
その時、
「クリフト〜〜」
背後から聞こえてきたソプラノ。
この声を聞き間違えるはずはない。
振り返ると、どんどんこちらに近づいてくるのは、
もちろん、自分が仕える愛しい少女。
わざわざ呼びに来させてしまったのは畏れ多いけれど、
でもやっぱり嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
「あのね…」
駆け寄りながら、アリーナがクリフトに向かって話しかける。
あと数歩で小さな手が神官服に届きそうな距離にまで来た時、
「「あっ!」」
まるで誰かに背中を押されたかのように、アリーナが急につんのめった。
慌てて両手を前に出す彼女。
帽子が空に踊って、長い髪がふわりと舞い上がる。
地面が彼女に勢いよくせまる―――!
がしっ。
アリーナの視界が動きを止める。
クリフトがとっさに彼女をしっかりと抱き止めたのだ。
……が。
支えた体が思った以上に華奢で。
支えられている腕が思ったよりしっかりしていて。
そして、密着している部分の感触が、
何故か、明らかに二種類あって。
そのまま、ふたりの動きも止まってしまった……。
本当は、ほんの一瞬だけ。
けれどもふたりにとってはずいぶん長いような沈黙の後、
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん…ありがとう」
クリフトがアリーナを抱き起こす。
顔を見上げると、相手は見事に真っ赤になっていて。
自分も同じくらい赤いことは、頬の熱が伝えていて。
気恥ずかしくなって、そのままそっぽを向いてしまう。
「…………」
心臓が物凄くドキドキいっていて。
それがどうしてなのかよくわからなくて。
彼に何て言ったらいいのかもわからなくて……。
ようやく、
「姫さま、これを…」
クリフトが青い帽子を拾い上げてアリーナに差し出す。
「あ、ありがとう」
けれど、彼女はお気に入りのそれを被らずに小脇に抱えた。
「?」
「だって、なんか暑くて…。クリフトも帽子とったら?」
「そ、そうですね」
さらりとした短い髪が外気にさらされる。
「あ、それで姫さま。どうしてこちらに?」
「あ!あのね、トルネコさんがお茶にしようだって。だから呼びに来たの」
「では、すぐに戻らないといけませんね…」
といいながらも、
クリフトは彼らしからぬことを提案する。
「ですが、少しゆっくり歩きませんか?
姫さまも駆けどおしではお疲れになってしまうでしょうし。
みなさんには申し訳ありませんが」
「そうね」
いつもなら「疲れたりなんかしないわ!」と言葉を返すアリーナも、
めずらしくうなずく。
そんなふたりの顔は、まだほんのりと朱に染まっていた。
いつのまにか、さわやかな風が草原を撫でていた。
歩きながら、それをゆったりと全身にあびるふたり。
「姫さま。あの…」
「何にも言わないで。それに謝らないで。
だってクリフトは助けてくれたんだもの。それでいいの、ね?」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
「ううん、お礼を言うのは私のほう。それと…」
アリーナの声が小さくなる。クリフトが足を止めて彼女の方に身を屈める。
“さっきのことは誰にも言わないでね”
「もちろんですとも」
クリフトが真剣に答える。アリーナの瞳を見つめて。
アリーナもクリフトをじっと見つめる。
ふたりの視線があって、どちらからともなく微笑みあう。
「じゃ、少し急ぎましょ。みんな待っているから」
「そうですね」
笑ってくれたことに少し安心して、歩調を早める。
頬の熱さは、いつの間にか気にならなくなっていた。
クリフトはさりげなく歩調を合わせて傍らにいてくれる。
微妙な距離を置いて、いつもと同じように。
だけど今までとは、どこかちょっとだけ違うように思えて。
それが何なのか上手くは説明できないけれど、
でもきっと、きっかけはさっき起きたこと。
それは、ふたりだけの秘密。
……の、はず。
Fin.
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