 |
真ん中に後で作ったスロープがあるが、奥までずっと一枚岩である。このように大きな岩の上に千光寺は建てられている。 |
 |
千光寺本堂から見た向島。
中央に見えるのが岩屋山。本堂は舞台作りになっており、斜面に張り出すかたちになっている。冬至の朝日は岩屋山頂上から本堂の中央をめがけて昇ってくる。本堂の中央、つまり本尊があるところは冬至の朝日が岩屋山から昇るのを正面に見るこの位置でなければならなかったために、このような舞台作りにしてまでここに本堂を建てたのではないか。 |
 |
千光寺の象徴とも言える玉の岩。
何度も紹介しているが、この上には光る玉があったという伝説がある。江戸時代の古地図にもこの岩は紹介されている。当時すでにこの岩は名所であったことが分かる。 |
 |
2000年に発見された鏡岩。
これも何度も紹介した。
古事記には鏡と玉と剣が登場してくる。その鏡と玉をあらわすのがここ千光寺の玉の岩と鏡岩ではないか。剣は出雲でスサノオが八岐大蛇を退治したときにお腹から出てきたのではないか。そういう古代神話のうつし絵がここ尾道にあるのではないか、という話を伺った。
そういえば、ここ尾道から出雲道が出雲に向けて伸びている。 |
 |
千光寺本堂上の割れた岩。
ここにこれだけ人が集まるのも珍しい画だと思う。というのも、参道の手すりを越え、段差を乗り越してやっとたどり着くところだからだ。この岩の割れ目から岩屋山がのぞけること、寺ができる前はここが太陽崇拝の場所だったのではないかと言うこと、つまり古代からこの場所は神体山として人々に崇められてきたのではないか、と言う説明があった。
岩から参道に戻るとき観光客の団体に出会い、こんな所から大勢人が出てくるのに皆驚いたような顔をしていたのがおかしかった。 |
 |
なぞの巨大線刻岩。
大林監督もここを訪れ、この線刻を「水の太陽」と呼んだそうだ。
たしかに中心に○があり、そこから放射状に線刻が伸びている。水を流すのにも都合がいいように溝が掘られていることをさしてそう呼んだのであろう。
さすが監督、詩的な表現だと思う。
事前に掃除をされたのだろう、木の葉や枝はきれいになくなっており、線刻の溝も掃除されていた。 |
 |
花崗岩の固い部分にも線刻がたどり着いているところから、これは自然にできたものではなく明らかに人工のものであることの説明を受ける。中心にある出っ張りが花崗岩の固い部分で、右側の線刻はそれも貫いて彫られているのが分かる。 |
 |
艮神社本堂脇の岩。
この岩に触るとビリビリと感じる人がいることから、通称「ビリビリ岩」と言われるらしい。感じるかどうかみんな手を当ててみている。
この岩のすぐ裏に楠があり、それとこの岩と同時に触るとビリビリと感じやすいと言われる。私も挑戦したが、何も感じることはできなかった。 |
 |
本堂脇の盃状穴
盃状穴についての説明を受け、盃状穴があるのは必ず本堂の左側であるというはなしも伺った。おそらくみんな盃状穴等という話は初めて聞くんだろうなあと思いながら反応を見てみると、ふむふむと言いながら興味深げに見ている人が多かった。
|
 |
手水鉢の亀の彫刻。このような彫刻ができるのは尾道の石工の技術が高かったことの証拠だそうである。特に耳の部分の彫刻などは非常に難しいと言うことだった。 |