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尾道に関する考察3 鏡岩と玉の岩
(2) 光ネットワーク


現地取材敢行!しかし・・・

 光る玉についての情報を集めるためにいろいろ聞き込みを行った。
どうもその土台の岩はまだ存在するらしい。

こうなりゃもう取材に行くしかない!

 現地に行ってみた。それらしい山があるが、登り口がわからない。
道で涼んでいる老夫婦に聞いてみる。
すると、おじいさんの方が
「おおあるある。玉の石は3つあったで。
けど誰か悪いモンがおってのう、とってしもうたんじゃあ」
「そりゃあいつ頃のことですか」
「さあのお、大昔のことで。」

(なに!!?3つも存在するのか?)

「昔にゃあ、よう雨もらいにのぼりょうたんよぉ。
でも今頃はのぼらんのう。」
「登ってみたいんですが、どこから登れますか」
おばあさんの方が
「あの山に登りなさるか。高いけえ大変でえ。」

(と言っても高さは50m程なのだが・・・・)

「今頃は誰ものぼらんけえ、道もあるかどうかわからんでえ。」
「なにい、○○さあ方がミカン畑しようるけ、道はあろうで。」
「もうちょっと先の道を行ったら登れる思うがのう・・」
「何ようるおじいさん、大変でえ・・」
・・・といろいろていねいに教えていただいた。

これが歌の龍王山だ。
やはりこの山は雨ごいの山だったのだ。
勢い込んで登り口を探す。
しかしすでに時間も遅く、これから登るのはためらわれるような所だった。
しかも道があるかないかわからないような山に夏のこの時期登るのは危険だ。ということで泣く泣く今回は登山を断念。
だが、石はどうやらあるらしい。地元に住んでいても「聞いたことがない」という人もいたが、お年寄りはは知っているようだ。

それにしても、尾道周辺だけにこのような光る玉の伝説が存在するのであろうか。
・・・・・いや、広島県内にもう一つある。
超有名スポットだ。

鬼叫山に存在する鏡岩と玉の岩


 

その伝説の地は、日本ピラミッドとして知られている葦嶽山。その拝殿山とされる鬼叫山にも玉が填っていたと思われる石がある。
その背後には鏡岩。
千光寺と同じ配置である。

 玉が填っていたと思われる岩の名前は神武岩。
高さ6〜7mの四角柱で、上面に直径約15cmの穴が掘られている。
明らかに人工の石である。
周囲には同じような石柱が倒されており、昔はこれらが全て立っていたと思われる。

 鬼叫山の鏡岩は高さ3.5m、幅6m。
表面は見事に平面をなしており、これがぴかぴかに磨きあげられていたなら遠くからでもその存在は一目瞭然であっただろう。
神武岩。上面の穴に注目。 鏡岩。全体は収まりきらない。

鏡岩を使った光のネットワーク

葦嶽山を有名にしたのはピラミッド研究家、酒井勝軍であるが、近年では、サンデー毎日(1984.8.5号)の調査が有名である。葦嶽山を扱った本の多くがここから資料を引用している。
「日本超古代遺跡の謎」(鈴木 旭 1991)から、その記事を一部引用したい。

 「神武岩の上部にあるおわん型の穴と真南を結ぶ線は、ちょうど45度の角度で鏡岩に到達する。そして、同じく45度の反射角で到達した光が飛んでいくのである。

 この事実を確認したとき、渡辺教授は大胆な仮説を思いつく。「鏡岩は一種の光通信装置だったのではないか」と。

光通信装置?渡辺教授は一眼レフのカメラと同じだ、と言うのだ。
なるほど、大いにあり得ることである。太陽が、きっかり真南に来た時、神武岩の上部に填め込まれた反射鏡のようなものを通じて鏡岩に45度の角度で入射する。すると、鏡岩がその光をどこかへ転送する。それは、太陽がきっかり真南に来たときに起きる。
 では、その光はどこへ送られていたのか?そして、何のために光を送らなければならなかったのか?


御神山の存在

 「渡辺教授と同じく顧問団として参加していた地質コンサルタント篠原興弥氏は、周辺一帯の山々へ分け入り、地理学的、地質学的な調査行動を続けていた。

 もし葦嶽山がピラミッドであれば、ピラミッドを建設しなければならなかった必然性と古代人の意志を具体的に把握できるはずだ、と考えたのだ。

 そして、篠原氏は、ある事実に気づいてハッとする。

 現代でも大規模工事をするときは、必ず高い山の頂上をひとつの測量点とする。そこから直線をのばして、いくつかの点を基準点として測量していくのである。それを業界用語で「引照点」という。そして、篠原氏が「引照点にしたい」と思ったところには、必ずぴったりの山があったのだ。」


 そうして発見されたのがピラミッドネットワークである。

 「では、真東には何があるのか?
 ずっと直線をのばしていったところ、御神山(みかみやま)に到達したのであった。御神山には、その名が示すとおり、葦嶽山を聖地とする大ピラミッド=ゾーンを統括する政事の中心となる神の宮が置かれていたのかもしれない。
居ながらにして天体運行を観測し、予知することができるようになっていたのであろう。

 その意味では、天体運行を観測する天文台としての機能の他、現代流に言えば光通信システムの機能をあわせ持っていたことになる。実に巧妙なる仕掛けになっている。」


引用が長くなったが、光通信システム、鏡岩、これらのキーワードは尾道にもあてはまるのではないか。そうなると、千光寺は尾道の光ネットワークの中心的存在、ということになる。どんどん深みに入ってしまいそうだ。

次は御神山に関する考察と、葦嶽山に関して新たに見つかった伝説を紹介したい。

参考文献:「日本超古代遺跡の謎」(鈴木 旭 1991)
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