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尾道に関する考察(2)

艮(うしとら)神社の謎 その1


 「尾道に関する考察」は(1)で終わってしまうかと危ぶまれていたが、
ここにめでたく「尾道に関する考察(2)」をすすめることができ、うれしい限りである。
こうなればネタが尽きるまでやりたい。
例によって素人ならではの大胆な憶測大爆発である。
素人なので許してやっていただきたい。


艮神社とは

 さて、今回は艮神社について考えてみたい。
 艮(うしとら)神社は千光寺の麓、ロープウエイ山麓駅の奥にある。
尾道で最初の神社で、非常に神聖な感じを受ける神社だ。
境内には楠の巨木群があり、県の天然記念物にしていされている。
樹齢は800〜1000年と言われる。
 なんとロープウエイは神社の真上を通る。


艮神社の位置は
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神様の真上をロープウエイで通るなんて、おいおいそれでいいのかと思ってもずんずん真上を通ってしまう。
そのためネットが門の上にかけられている。落下物対策だろうか。
なんだかサーカスの空中ブランコを連想させる。
いくら観光のためとはいえ、艮神社にとっては難儀なことであろう。
神社の上にネットがある。 艮神社。右に巨大な楠。 艮神社左には巨石。

艮神社と千光寺の関連

 艮神社は尾道で最初にできた神社で、806年の鎮座だ。
806年というと平安時代の初めである。
 千光寺と艮神社は創建の年が同じになっている。
同時期にこんな大きな神社と山にへばりつくような寺が建てられたのである。
千光寺の工事はさぞ大変だったであろう。

しかし、なぜこんなに近くに同時に大きな寺と神社を建てなければならなかったのか。
 また、艮神社は大宝山(千光寺山)を背にして建てられている。
参拝者はちょうど大宝山を拝する格好になる。
艮神社と千光寺は何か関連があるのではないか。

 ここから見ると大宝山(千光寺山)はきれいな神奈備型(円錐形、ピラミッド型)の山である。
また、艮神社には巨大な石があり、ものすごい気を放っているらしい。

古くより神奈備型の山には神が宿ると考えられ、頂上や山腹、そして山麓に磐座がおかれ、そこで祭祀が行われてきた。
大宝山は巨石の多い山で、千光寺周囲も巨岩奇岩が多く、これらは磐座であると言われている。

そうなると麓の艮神社の巨石もそれと同じではないかと考えられる。

 麓にある巨石とピラミッド型の山の関係は、立石をヨリシロとして臥竜山を拝するという、玉比メ神社の位置関係に似ている。
艮神社も大宝山を拝するための神社だったのではないだろうか。

神奈備型の大宝山。
ロープウエイの真下が艮神社。
玉比メ神社立石と臥竜山。

「艮」の謎

 しかし、なぜ「艮」神社かということを考えなければならない。
 艮とは丑寅で、東北の方位を指す。
鬼門である。

鬼門を守る神社が艮神社ではないのか。

福山にも艮神社があり、福山城の艮の方位を守護しているという。
 尾道の艮神社は何の北東に当たり、何を守護しているのか。

艮神社創建当時の尾道はどのような姿だったのか。
 聞くところによると、艮神社の鳥居あたりが海岸線であったという。
満潮の時は鳥居が波に洗われる状況で、まるで厳島神社である。
そうなると、ここから南は全て海である。
南西の方向には海しかない。
尾道最初の神社なのだから、もちろん周囲に神社などないはずだ。
 
 地図上で南西に線を延ばしてみる。
尾道駅周辺にたどり着くが、当時そこに尾道駅があったはずもない。
おそらく海であろう。
ずうっとずうっとのばすと・・・・・

 あった。

すごい神社があった。
 

艮宮という扁額のかかる鳥居。向こうに大宝山の山頂が見える。昔はこのあたりまで海だった。

艮線上のすごい神社


その名は大山祗神社。

大三島にある神社である。
三島神社の総本山であり、日本総鎮守と言われる。
 祭神は大山積神。
山の神でありながら、渡しの神でもあり、瀬戸内海海上交通の守護神として崇敬されている。
 水軍の篤い崇敬を受けた神社。
 国宝に指定されている武具甲冑の約8割はここにある。
また、境内には楠の巨木がある。
なんと樹齢は2600年。

 瀬戸内海海上交通の守護神として考えれば、港町尾道と関連がないわけでもなさそうだ。
 そして、大山祗神社の位置は、たしかに瀬戸内海のほぼ中央に位置する。

大三島の位置をもう少し見てみると、そうそうたる場所がそろう。
西に厳島、東には金刀比羅宮、南には石鎚山という位置だ。

 う〜ん、大山祗神社の鬼門を守るのか艮神社。そうなるとスケールの大きな話だ。

大山祗神社拝殿。
北に出雲大社背後の弥山
南に石鎚山の弥山
西に厳島の弥山
東に琴平山背後の大麻山

その4点を結ぶと、東西の線は安神山・鷲ヶ頭山を通り、南北の線は大山祗神社のわずかに西を通る。交点から大山祗神社までわずかに1.4km。尾道に向けてはちょうど45°の方角。

また、南北の線はもう一つの弥山、島根県と広島県境付近の琴弾山を通り、三次盆地を貫く。

艮神社改名疑惑浮上

福山の艮神社についてもう一度調べてみる。

そこでわかったこと。福山艮神社は改名されているのだ。
 この地は平安時代に牛頭天王社として建立された。
 建武元年(1334)に邪那岐命を合祀、今の地に秋洲津神社と改称し遷座した。
 その後江戸時代には福山城の艮の方位の守護神として崇敬を高めた。
 明治初年に今の艮神社と改称した。
 明治時代になってからの改名である。尾道の艮神社も改名したのではないか。

 図書館に行く。インターネットも調べる。しかし、これらの謎を解いてくれるものはない。
こうなれば現地取材だ。

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