2日目。朝7時起床でまず風呂に。これも温泉宿の掟どおり。屋上展望風呂の陽だまりで朝湯気分を満喫する。本日モ晴天ナリ。
そして旅館の朝食である。筆者は、グルメな夕食よりなにより、旅館やホテルなどで出てくる朝食がいちばん好きである。たとえばそれが和洋お取り揃えのバイキング形式だったりすると、どうも相当に食いすぎてしまう傾向にある。岩園館は和洋折衷の定食だったので食いすぎずにすんだ。
山に温泉があればそこに川があり、そこに川があればどこかに滝がある。どこかに滝があれば行って見物することが温泉旅の目的のひとつとなる。昨日からの懸案事項として、ネットの観光ガイドに出ていた芦安の「千段の滝」はいったいどこにあるのか、というのがあった。果たしてそれは岩園館の裏山を少し登ったところにあった。旅館の裏山なのでぜんぜん観光地ではなかったが、滝は滝であった。

芦安を後にして、次に尾白川渓谷をめざす。尾白川は甲斐駒ケ岳に源流をもつ日本の名水のひとつであり、「天然水 南アルプス」(サントリー)の採水施設がある。個人的には、今回の旅のメインテーマとなる「南アルプスのおいしい水ごっこ」の地となる場所である。
道すがら、白洲町の中心部にある「道の駅」に立ち寄り「ただ地図」を入手。これにより、白州エリアにある観光スポットの詳細を把握する。道の駅「はくしゅう」付近から望む南アルプスの眺めが素晴らしい。その視界の手前にわざわざぽつんと建っている一棟の不届きなアパートもあったが、甲斐駒の雄峰ははるかに高い。個人的には、この名水地の雰囲気は夏川結衣の「天然水 南アルプス」のCFイメージどおりである。

尾白川を渓谷沿いに上ってゆくと次々に滝が現れることがわかった。「ただ地図」(即ち、ご自由にお取り下さいパンフレット)には「早宇駒ケ岳神社→(10分)→千ヶ淵→(30分)→旭滝→(20分)→百合ヶ淵→(15分)→神蛇滝」というガイドが載っていた。トレッキングコースになっているらしい。神社手前にあるキャンプ場までは車で行くことができた。
歩いてみると、「トレッキングコース」は滑落注意&落石注意の完全な山路だった。登山道のような急斜面が続く。狭く険しく、あまりにも急なところには工事現場のような階段がつくられてあった。そんな体育会系向きの山路なのだが、道中わざわざ立ち止まって抱き合い接吻をしている男女がいて、それがこともあろうかいい歳をした年配の男女だったので、たぶん不倫か心中だろうということになった。
さて、滝である。最初に現れた千ヶ淵は見事なエメラルドグリーンを湛えていた。次の旭滝に臨む岩場にはわれわれのほかに誰もいなかった。しばらく休憩し、天然マイナスイオンを浴びながらぼーっとする。当初は神蛇滝まで行こう考えていたのだが、帰路の時間と体力を考慮して、今回は旭滝までとした。尾白川渓谷では冷たい「天然水 南アルプス」が飲み放題である。個人的には、このあたりの渓流は永作博美の「ダメージをなくそう」というCFのイメージどおりである。

帰り路、相互一方通行になっている狭い吊り橋の真ん中に立ち止まって記念写真を撮っている不届千万なおやじが1名いて、ハイカーはみな足止めをくって橋の袂にたまっていた。われわれは河原に降り、岩場を跳び伝ってワイルドに渓流を渡り、対岸にたどり着いた。
既にとっくにお昼を過ぎており、また蕎麦屋に行くことにした。山の旅はおのずと温泉・滝・蕎麦屋を繰り返す。長坂町の清春美術館の近くに「翁」という店があった。清春美術館のあたりは高台になっており、南アルプスの眺めも素晴らしい。清春芸術村というらしい。「翁」は雑木林の中にあり、入口で靴を脱いで入るような蕎麦屋であった。美術館ついでの若い男女の連れ客が多い。メニューはざるそばと田舎そばのふたつしかない。
清春美術館は円形ドーム型の古い建物が有名で、われわれとしては蕎麦屋ついでに立ち寄って行くことも考えたが、これまでの旅の気分からして、やはり温泉でゆっくりしようということになり、帰途がてら「ほったらかし温泉」に行くことにした。ここは前回の合宿旅行の際に行きそびれたところで、一度は訪れることで懸案となっていた温泉である。およそ思いつきの旅なので、「懸案事項」というのがよくできる。
長坂インターで高速に乗り、東京方面に向かうと、晴れているので、前に富士、右に南アルプス、背後に八ヶ岳といった壮観な景色となる。韮崎インターで高速を下りて市街を抜け、葡萄畑の中を走っていると「農の駅」というのが現れた。これはどうやら道路公団「道の駅」のまねっこで、農協とか町の寄合とかが観光客目当てにやっているものらしかった。果物野菜の直販場に食堂と売店を併せたものである。近くには温泉健康ランドもあるらしい。竹下内閣の「地方の時代」以来、甲信越地方は温泉健康ランドが乱立ぎみである。利用者のほとんどがおそらく地元民で、それが果たしてどのような「地方の時代」なのかはよくわからないが、使途不明公共財や無謀な観光財が建てられるよりはまあ無難なところだろうか。
「ほったらかし温泉」は健康ランドではないが、行楽向けの日帰り温泉である。甲府盆地の北東、フルーツパークやホテルのある山を車で登っていくと、途中に「噂のほったらかし温泉」という標識が出ていて笑えた。山の頂近くまで登ると掘っ立て小屋のような建物があった。入口は古い銭湯を思わせる。しかし露天の風呂は立派なもので、広い湯舟からは甲府盆地東側の市街地とその向こうに聳える富士山が丸見えであった。富士見の湯である。その絶景を見ながらただ風呂に入るだけ、ということで「ほったらかさ」れるわけだが、ネーミングのインパクトも経営者の思うつぼとみえて、「噂」を聞いた行楽客でここはかなりの盛況であった。

休日、日暮どきの高速道路上り車線は東京都に入るまでが大変である。高速での渋滞はひじょうに徒労感が残る。全国一斉行楽週間の直前であってもそれは変わらない。そこで、時間的には果たしてどちらが速いか知れたものではないが、景観的に少しでもスイスイ感があった方がいいだろうということで、長野原あたりで一般道に下りることにした。山道や田舎道をくねくねと走る。そして、やがて闇の中から忽然とネオンライトのラブホテル街が現れて、ようやく八王子まで来たことを知る国道20号なのであった。 |