日々備忘録2005年

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2005年12月3日土曜日から4日日曜日 大阪で食べたら一人一万円

 「ワンポイントリーフして良かったなー。」仮屋に行こうとしているのに西から8mから10mの風が吹く。風に合わせると西宮か由良に向くばかり。我慢出来ず機走した。今日はバーバーさんの一泊忘年会明けに合わせて出艇は11時半、遅めのスタートだった。「外は荒れるから港の中で食べとこ」赤灯台の前できつねうどんの昼を食べる。「久しぶりの風や。」とバーバーさんは燃えるけど、風はつのって白兎は走る、上りの機走でスプレーは飛ぶ、おまけに大阪湾の真ん中の海苔網にぶち当たって進路変更。「早いこと行かんと魚屋が閉まる。」ので魚屋さんに携帯から電話した。仮屋着4時。「天気悪いから来られへんと思てた。」と魚屋さん。鍋にする鱧と鯛、鯵、かんぱちのさしみで4000円也。竹林さんバーバーさんと三人花の湯へ。帰りがけにポン酢を買って鱧鍋大宴会。

 夜に風は落ちた。昼から雨になって第一級の寒気が来て荒れるとの予報に早出する。とは言え、鱧のおじやを食べて明るくなってからと出港は7時前、それでも薄暗く小雨が降り出していた。港の前の海苔網を避けてセールを上げたが、風は北西だか微風。昨日とは打って変わった凪である。「天気が本格的に悪ならんうちに帰ろ。」雨の雲から逃げるように機走する。風がないのに昨日よりずっと寒い。小雨に足先、手先がかじかむ。「これからはフリースの靴下が要るな。」潮に流されるのを見越してオーパイで95度、真ん中の海苔網をかすめて泉大津へまっしぐら。帰港10時半。片付けをして菊菜スパゲッティを食べる頃には日が射した。「慌てんでも良かったなー。」
 

2005年11月30日(水)やっと加藤木さんに会えた。

 洲本のレースで会った舵社の田久保編集長に頼んで茂師匠の書いた雁木谷での「コンパスローズ3世」製作過程のルポルタージュのコピーを手に入れた。茂師匠に聞くと設計者の加藤木さんは梅田のガード下でセブンシーズという飲み屋をやっているはずとのこと。インターネットで探すと直に分かった。22日夜こばんさんと飲みに出かけたが不在。25日と30日には店に来ますとのこと。25日夜にバーバーさんと飲みに行ったがすれ違いで会えず、「コンパスローズ3世」の名刺を預けて帰った。30日電話を架けるといますとのことで三度目の正直。家まで帰っていたバーバーさんを呼び出した。加藤木さんは塩気のある上品な人。HPの雁木谷物語を読んで当時を思いだしたとのこと。オーストラリアビールを飲みながら20年前の話を聞いた。 

2005年11月26日(土)晴れ 言われんでも解ってるわい

 インナーのジブの打ち合わせと採寸に久しぶりに新西宮へ。9時過ぎ出港。久しぶり参加の中妻さんがラットを持った。快晴北北西の風弱く、機走で新島の西を回る。警戒船が例のごとく寄ってきて「ヨットさん、作業船が通りますので離れてください。」とマイクでがなる。「どこに船が来んねん。居てたら言われんでも避けるわい。」12時新西宮着。昼の宏風カレーうどんを食べてからハーバーのノースセイルのお店に中川さんを訪ねた。「ガイドのレールが短いので引きを考えると、大きめのストームジブくらいのものしか出来ない。」と言われていたのだ。「デッキにアイを着けてそこで引くことにするから普通のインナーにして。」と依頼する。中川さんはステイやデッキのパルピットの位置などを採寸した。「これでデザインして見積もり出します。」
 帰りは眠くて早々にクオーターバースに潜り込んだ。風邪気味なのがなかなか取れない。新島埋立地でまた一騒動あったのを聞いたのは帰ってから。16時帰港。(林宏、竹林、中妻、バーバー、門田)
 

2005年11月19日(土)クリートとチョックを付けた。

 一日工事の日。10時に集合。段取りを決めてコーナンへ材料を買いに行く。早昼は港湾労働者福祉会館へ。カレー300円、ラーメン200円、缶ビール300円也。昼からスターンについていたクリートをハルの中央に付けた。受けの板を作り穴を開けてキャビンの中側でボルトで留める。チョックをスターンに四つ、バウに二つ付けた。こちらは接着剤をつけて木ねじをねじ込んで留めた。参加者:林宏、竹林、中妻、バーバー、門田 

2005年11月12日(土)久しぶりの「JB」チーム。

 「JB」はなくなったがチームはいまだ存在する。コンパスローズ3世に久しぶりに集まって関空までのデイクルーズ。その時の様子はこちら 

2005年10月16日(日)慌てたばかりに全治三週間。
 バウから飛び降りたときにクリートに着地してしまった。左足が痛む。「早く直すにはギブスで固定しないと。全治三週間。」と翌日でかけた田中クリニックで診断された。午後からエンジンオイルの入れ替えとフィッシングバトルの表彰式を見にハーバーに出かけた。市長さん港湾開発の社長さんが来るので表彰会場の事務所前に早めに行こうと思うのになかなか古いオイルが抜けない。やっと抜けたのが10分前、慌てたのだ。おまけにオイルフィルターは換えたがエンジンオイルが足りなかった。前のコーナンに行ったが15W40のオイルは置いて無い。宏さんに電話して次回までに買っておいてくださいと頼んだ。 
2005年8月21日(日)最後の航海

 「JB」最後の航海に参加した。天気予報どおりの雨時々曇り。西南西の風にセーリングで西宮へ。旧の西宮のハーバーを見て新西に12時10分着。お好み焼きやさんで昼食後1時30分出港、ディンギーのレースでクラブ艇の応援をした。西宮沖の防波堤を回ってランニングでゆるゆると帆走、ついつい昼寝をしてしまった。4時帰港、最後の片付けをして持ち込んだカップを持ち帰る。 

2005年8月13日(土)14日(日)やっぱりいつもの仮屋へ

  できれば家島群島坊勢島に行ってみたかったのだけれど西南西の向かい風、下津に行くには友が島の潮の時間が合わない。9時半出港後機走でなんとなく南に向かう。セールを上げるのにシートを引いた宏さんがはずみでぎっくり腰になってしまった。「薬屋にしっぷ買いに行くわ。」でいつもの仮屋に向かう。10時半仮屋に向けて300度で帆走する。
  オーパイを入れても利かない。どんどんと右に旋回する。「早くもつぶれたんかいな。」ふと気になってスターンの下にもぐり込んだ。ラダーに取り付けるセンサーの棒がぶにぶらしている。先週クリートを付けるのでごそごそしていた時に外れたのだ。きちんと嵌めれば無事動く。風は落ちた。昼に漂いながらそうめんを食べる。我慢たまらず3時50分機走、仮屋着15時。
  いつもの通り五色湯に行った帰りにアナゴを焼くのに魚焼き網をコーナンで買う。夕食はアナゴ丼、キスと太刀魚の刺身、かぼちゃ煮。
  「昼、暑いのはかなわん。」4時起きでまだ暗がりを出港。曇り空の下、90度東へ機走。風は無い。9時にはハーバーに帰り着いた。「昨日仮屋にここのヨットが二杯来てたで。コンパスローズさん知ってますよと言われた。漢字でふぁみなんとか書いたあった。」宏さんが川口さんに話した。「ファミリアさんですよ。」言われても漢字は思いつかない。

2005年8月6日(土)クリートを付け替える。

 ワールドオーシャンに注文して手に入れた30センチのクリートを宏さんと二人で付け替える事にした。スターンにもぐり込んでボルトを押さえ、外で宏さんがナットを回して外した。6ミリの穴は竹箸を打ち込んで埋める。8ミリの穴を開けなおした。8ミリの平頭のボルト、ナット、ワッシャはコーナンPROで見つけた。「流石やなー。」再度スターンにもぐり込んでシール剤がボタボタ垂れる中ナットを締めた。「後はチョックを付けな。」遅めの昼ご飯は帰りがけに港湾労働者福祉会館へ。一度行こうと気にしていたところ。煮魚と味噌汁、大飯に缶ビール。930円。 

2005年7月29日(金)大阪港ナイトクルーズ

 去年に引き続いて今年も「JB」のナイトクルーズに出かけた。6時過ぎにこばんさんと北港を出て海遊館前へ「JB」を廻す。待ち合わせは7時、乗船者は10名、定員一杯である。夕闇迫る大阪港を機走する。船上は早速に宴会が始まった。しかし、昨年の落水事件があるのでこばんさん共々自粛モード。交代にラットを持って記念写真を撮った。その様子はこちら。少しだけ帆走して9時20分北港へ帰港。 

2005年7月10日(日)梅雨の最中西宮へ。

 「JB」の例会に参加した。昨夜うつらうつらしながらひどく雨の降る音を聞いた。朝起きると小降りになっていたので自転車で寺田町まで行く。こばんさんとバーバーさん三人で西宮へ。みんな雨などものともしないのだ。10時10分出港、SWの風で6m程で上りいっぱい。メインのファーラーの軸ががたついて調子がよくない。騙しだましセールを出す。ジブは1Pリーフ。11時半西から西宮入港、着艇。昼は冷やしうどんを作る。堀江さんの世界一周の「マーメイド」号を見学して13時半出艇。沖の一文字を回ると風が落ちた。3ノット足らずでゆらゆらと帰る。北港帰港15時過ぎ。 

2005年6月30日、7月5日 免許書き換え

 午後に休暇をとって南港のJAIS日本船舶職員養成協会に行った。視力検査をした後30分ほどの改正法律の講義と30分ほどの事故防止の啓発ビデオを見た。受講料と身体検査料合わせて3890円。この前にエンジンセミナーで一緒だったS井さんが「自分で申請しましたよ。」とやり方をメールで知らせてくれた。自分でするので申請手数料などは無し。帰りがけに提出していた住民票、写真を返してもらい受講済み証明書、身体検査証明書を受け取った。帰りがけコスモマリンに寄る。欠けて取れたメインセールのスライドを見せて同じ物を3個、ついでにスライドに合うシャックルを2個、それぞれ120円で都合500円也。品名品番を聞いたがわからないとのこと。インターナルトラックスライドだと思うのだが。
7月5日、近畿運輸局海上安全環境部船員労働環境・海技資格課に出向いた。その場で申請書を書いて書類一式を提出したら暫し待つうちに新しい免許が出来上がった。S井さんの言うとおり簡単だった。
 

2005年6月25日 (土) VHF免許試験

 10半過ぎ扇町の西沢学園西棟3階の試験会場着。先着S藤さん、オージーさんが席を取ってくれていた。この列が二級海上特殊無線受験者席と板書されている。陸上とか他の無線試験も同一会場で実施されるのだ。バーバーさんも登場。3時に起きて最後の追い込みをしたとかで「コンタクトでけへんから見えへんねん。」とうろうろ。10時45分注意事項の説明、問題の配布があり11時開始。法規12問、無線工学12問である。最初から抵抗の計算問題なのでドッキリ。その他は問題集にあった問題ばかりで10分位でマークシートに回答し終えた。30分過ぎると「今から退席できます。」の声に殆どが立ち上がった。4人揃って退出して、昼ご飯替わりに天満橋商店街のうどん屋「てんま」へ。ビールと焼酎で試験の反省会は昼間から盛り上がった。帰りがけ名物カレーうどんを食べて解散。 

2005年6月18日(土)古いジブを預けに西宮へ。

 宏さんと西宮に行ってノースセールのロフトに古いジブを預けた。インナージブにリカット出来るかどうか見てもらうよう前もって電話で頼んでおいたのだ。行きは真北に進路を取って新島の西を回る。「もっと離れてください。航行禁止区域です。」と警戒船のスピーカが騒ぐ。ぎりぎり通過して「このまま西宮に行くから。」とがなり返した。昼は「まざあびくとりい」で冷やしうどん定食。テーブルの下に敷いたイギリス海峡の海図を見に行ったのだか無くなっていて残念。「細くて長い」マーメイドが舫ってあったので記念写真を撮る。帰りは東の出口から出て新島の東を回り帰港。 

2005年5月29日(日)お昼まで「JB」の整備。

 「JB」の整備に参加した。オイルを塗るのでデッキとコックピットのチークを洗剤で洗う。汚れが取れて木の色が現れた。こばんさんがボースンチェアでマストに登る。レーダーリフレクターをシュラウドに取り付け、仮留めだったスプレッダーライトを固定した後トップまで登って動かなくなっている風力計の調査をした。風力計の修理は次の機会となった。手すりの塗り直しをするので塗ってあるニスを剥がす作業をする。ライフラインのネットの張替え、エンジンオイルの交換と色々ある。しかし、今日は星夏君が初給料でランチを奢ってくれると言うので申し訳ないが昼には帰らせてもらう。美しく出来上がった様子はこちらの「JB」整備をご覧あれ。 

2005年5月15日(日)買い物するなら西宮coop。

 「JB」のデイクルーズに参加した。こばんさんと昼は久々にカレーにしようと打ち合わせていた。「肉は何処。」こばんさんに聞いた。「エッ、持ってくるからて言うてませんでしたか。」芦屋に行くのをやめて西宮へ。ハーバー前のCOOPへ肉を買いに走った。北港のゲストバースにオランダから来た60ftのスループが係留していた。「自分で作った鉄鋼船だ。女房とダブルハンドでニュージーランドから来た。6月にはアリューシャンのダッチハーバーへ向う。3000マイル先だ。そこからカナダに行くつもりだ。」と片言の英語会話。この日の様子はこちら 

2005年5月14日(土)ビルジの具合を見に行く。

 6日四国ツアーから帰った時にビルジが随分と溜まっていたのでくみ出して様子を見ることにした。「見に行ったけとビルジは上がってへんで。バラストのボルトが緩んでてヒールした時に入るんかもしらんな。」8日の夜宏さんから電話があった。14日一週間経ったのでハーバーへ様子を見に行った。ビルジは大した事はなくもう一度綺麗に拭き取って、ウエットスーツやラダーの潮抜きもした。丁度ハーバーにドイツ製のHANSE34ftの新艇が展示されていたので見学した。ドジャーやクリートなど参考になる。参考写真はこちら。  

2005年4月17日(日)スターンチューブのシールを替える。

 スタンチュープからの水漏れが多くなったので木場に泊めている間に替えることにした。「ぜひ教えておいて貰うように。」との茂師匠から電話もあったので土曜日の夜遅々から姫路に出かけた。日曜日の午前中に山名さんが来て、実際にやって見せて取り替え方を教えてくれた。「噴き出すほど水は漏れませんので。」ボルトを外し、シールを抜いてもチョロチョロ流れ出すほどである。CRCを吹き付けてシャフトやボルトの塩を洗い取る。シャフトの太さに合わせてシールを切り、輪にしてグリスを塗って押し込む。シールは三本入った。「1つ、1つ入れては押さえ金具で押し込んでやるといいですね。」ポイントはシールが古くなって硬く固まってしまうまでに替えること。古くなるとちぎれて取り出せなくなるのでほじくり出す道具がいるようになる。山名さんは古いドライバーを削って尖らせた道具を作っていた。しっかりした千枚通し様の道具とラジオペンチ、シールを切るカッター、グリスなどが必要。シールは一箱新しいものを貰った。コンパスローズの向には36ft「やっちゃん」が係留されていた。山名さんのプロディュースとのことでクリートリートもチョックも大きなものがとりけられている。アンカーも大きく、全体が頑丈に出来ている。参考にしようと写真をとった。 

2005年4月2日(日)「JB」のデイクルーズと無線機工事

 「JB」のデイクルーズに参加した。「もう忘れてるやろ。」前に行った時にスターンから小用をして顔がさす芦屋に行く。こばんさんの写真友達が今日のゲスト。昼に久しぶりのスパゲッティランチを作る。ハーバーは菜の花が咲いて春模様、「美味しそう。」帰ってからこばんさんがコンパスローズまで来て無線機とアンテナの接続工事をしてくれた。後は電源工事と21メガなどのアンテナの調整がある。「また来てください。」とお願いした。この日のアルバムはこちら 

2005年3月20日(日)工事は進まず掃除は進む。

 オーパイの工事の立会いと片付けをかねて一人、電車でハーバーに行った。ワールドオーシャンの人から工事の概要を聞く。専用コンパスを船内に取り付けるので工事がし易いようにギャレの回りを片付ける。本棚の桟の受けを木ネジを捩じ込んで止めた。これで外れることは無い。いたち君のいたずらの後始末で船内の拭き掃除をせっせとする。が、工事はなかなか進まない。「貴姫」号のマストにウインデックスを取り付けるので助っ人に呼ばれたりしていて不在勝ち。彼が前の週に風邪で休んでいた分色々とお呼びが掛かるのだ。掃除機もかけて綺麗にして明日のゲストを待つ。4時40分のバスで帰る。

2005年3月5日(日)天気予報がだめだというので

 「天気図見たら荒れそうやで。」昨日の夜電話で話していた。朝の天気予報でも昼から落雷、突風そして雪。「見合わせましょか。」と宏さんに電話した。夕方、借りてきた「誰にもわかる漁船天測法」と購入したハンディGPSを見せに平野の茂師匠の家に出かけた。
 本は宏さんが薦める物だが既に絶版になっているし府市の図書館にも置いてなかった。今時はみんなGPSを使うので天測法の本も必要ないのだろう。インターネットで検索して東京の農文協図書館にあるのをやっとこさ見つけて電話したら公共の図書館を通じて貸し出しますよ、と言われた。東住吉区の図書館に尋ねると「取り寄せの実費210円は頂きます。」とのことだったが24日に頼んで3月1日に借りられたのだから結構早い。誰も借りた形跡の無い新品の本をスキャナーでとってCDにおとした。「漁師の誰にもわかる」のだろうかとも思うほど色んなことがこの本には載っている。宏さんは手にとって「こんな本やったかなー。わし等の見てたんは昭和44年の初版本やねんな。」奥書を見ながら言った。「北極星や月は測られへんから読まんでもええ。兎も角、何処を読まなあかんか見てみる。」ということになった。
 GPSは楽天の通販でGARMIN社のGPSmap60Cの英語バージョンが安く出ていたのを見つけて申し込んだ。どちらにしろインストールする南太平洋などの海図は英語版しかない。日本語表示の機種は11万円余りするがアジアパシフィックバージョンで51900円だった。これも思いのほか早く手に入った。28日の深夜にインターネットで頼んで2日に届いたのだ。「この家の緯度経度を取ってみて」と茂師匠に頼まれた。北緯34度 37. 234分、 東経135度 33.025分である。試しに今川の自宅から平野までと帰り道のログを取ってみた。途中高速道路の下の道を走ると測定不能になったりする。入っている地図がちゃちいのでトレツクの標示はもう一つだが海で使うのだから問題はない。きちんとした地図をインストールするとなかなかのものになると思う。
 

2005年2月26日(土)天測訓練その1
 写真はこちら

 今日は中妻さんの車でハーバーに行くのでピックアップは遅いめの10時前、白鷺ホームセンターに寄って出来合いのスノコを買った。今日は「ひねもすU」で使っていた六分儀での天測法の実習をしようというのだが車から見る空は雲が出ている。二上山の方は雪模様。「昼から晴れるやろ。」
 午前中はコックピットの下に置けるように一級建築士中妻さんがスノコを切った。「水抜きもいるから。」と横木をV字形にカットする丁寧さである。耐水性のニスを塗って出来上がり。キャビンでは宏さんの作ってきた本棚の桟の受け口を接着剤で留めた。乾けば本棚の出来上がりである。
 昼から阪高のインターチェンジにあるポートサービスセンタービルの11階展望フロアーに上がって天測の練習をした。此処からでないと水平線は見えない。雲の隙間から太陽が顔を出してはいるがまだ南のほうにあり水平線上には居ない。「あのネットを水平線と見立ててやろか。」六分儀の持ち方から始めて機差の出し方、太陽の降ろし方など初歩の扱い方を教わる。「そんなもん、ヨットの上やと揺れて太陽を掴まれへんで。昔はまだ沖の一文字が無かったから西宮で練習してフェリーの上でもやったけど「ひねもす」の上で測ったら位置が四国の山中に出た。」数字が取れたら計算は難しくないという。「慣れやな。数やるこっちゃ。」中妻さんと代わる代わる操作する。雲が空を覆い練習はお終い。
 

2005年2月20日(日)六甲山は雪模様。

 「JB」の例会に参加した。西高東低の冬型の気圧配置で寒波襲来の天気予報だったが思ったほどでもない。北西の風で5m。OBが新しいゲストが来られるので西宮へ行く事になった。ところが大ベテランであることが判明、ラットを持ってもらう。昼はハーバーで鳥豚ちゃんこ宴会。材料は駒川商店街で買い出してリュックに入れて持って来た。ずっしりあった荷物が四人のお腹に納まる。帰りはクオーターリーで西宮の一文字の外を回って帰港。ポンツーンのポールをかすりながら着艇した。その時の様子はこちら 

2005年2月5日(土)ぐるっと西宮。

 「JB」でこばんさんと二人西宮港の探検航海に出かけた。その時の様子はこちら 

2005年2月3日(木)整備計画を立てる。

 コンパスローズ3世の整備計画案を考えて皆さんにメールした。茂師匠に電話をしたら「いいんじゃない。」実行あるのみ。 

2005年1月30日(日)やっとニスを塗る。

 寒波襲来の天気予報に出港を取止めた。朝「オペラ座の怪人」を観てからハーバーに出かけた。天気は今一つだったけど懸案の本棚にニスを塗った。乾くのを待つ間に先日ペンキを拭きつけた簀の子をコックピットのロッカーに収める。これでロープがドライで収納できるようになる。ガスボンベも動かない。 

2005年1月9日(日)「JB」初春西宮へ。

 「JB」の新春初航海で西宮に行った。強い西の風に帆走する。ワンポイントリーフでも30°近くヒールしている。次々と西から波が押し寄せてバウをバンバン叩く。河口のブイの上が通れるか、と思ったが安全を取って下に回る。「もつとブイを狙って走っても風に落とされるから大丈夫。」とこばんさんのアドバイスあり。納得。ぜんざいを作りたいがヒールがきつくて作れない。ぐちゃぐちゃのキャビンを片付けていたら船酔い気味。バウハッチの閉め忘れの隙間から海水が浸水しているのを発見。今日のへまのその一。WSWの風に合わせてポンツーンの東側、ポートサイドの出船に着ける舫を取ろうと飛んだのだが、慌てて手前のクリートに止めたために「JB」のバウをポンツーンにぶつけた。今日のへまの二。昼ご飯はこばんさんが作った豚汁。食後のデザートにやっと作れたぜんざい。元気なゲストがラットを握ってランニングで帰港した。その時の記録はこちら 

2005年1月6日(木)新春整備

 去年から懸案だったバースの手すり作りに宏さんとコンパスローズに出かけた。ゆっくりと9時に出たので丁度開店の10時に泉大津に到着、26号線沿いのコーナン泉大津店で本箱に付ける本の落下止め用の細い材木を見つける。ついでに白いペンキスプレーも購入。昼頃から雨、キャビンの中でしか作業は出来ない。宏さんの大工仕事で見事手すりは完成。「前からあったみたいやな。」と言うほどピッタリ馴染んだ物が出来上がった。宏さんの息子さんが奥さん、お孫さんと来訪あり。すぐ近くの曽根遺跡の側のマンションにお住まいとのこと。「ニス塗りは晴れた日でないとな。」本棚の支柱に白いスプレーをかけただけで今日の作業はおしまい。