――唄が、聴こえる。
――あの時一緒に唄った、
「――プロフェッサー。何を考えているの?」
その声に振り向くこと無い。別に振り向くことを期待していた訳では無い。
この男はそう云う存在なのだ。男の顔は窓辺に固定され、銀縁の眼鏡の奥に
潜む瞳は静かに悠久の刻を流れる星の海原眺めている。
ふと、
「……有史以来、」
神経質的な病的相貌から、似付かわしくない穏やかな声。
「人類は様々な力(エネルギー)を手に入れ、文明はその力に導かれて歩んで
きた……」
言葉は誰に向けられたものでも無い。唯、己に自問するかのよう、に。
「…………では。光粒子(フォトン)が導く文明の行き着く未来(さき)とは
……何なのだ?」
――TIME FOR AWAKENING――
「――こちら、ハロッズ小隊。現在遺跡第三下層へ到達。これより内部捜索を
始める。送れ(オーヴァー)」
『了解(ラージャ)。そろそろ捜索隊が行方不明になった地点だ。周囲に警戒
を怠ること無きよう。――送れ』
「――――センサーに反応(ピン)有り。……これは……珍しいな」
『どうした? ハロッズ』
「反光粒子(アンチ・フォトン)だ。それも随分と大きい」
『反光粒子だと? BH(ブラック・ホール)の付近でしか発見出来ない粒子
がこんな場所で……?」
「周囲光湾曲率が桁外れだ。BHでもこんな反応は――んっ?」
『――ハロッズ?』
「………………」
『おいッ、返事をしろッッ!? ハロッズ!!』
「………………」
「――――――『闇』、が」
光粒子の暖かさで、少女は目を醒ました。
「気分は、どうかね?」
優しい――けど、哀しみを愁いた、声。
無機質な調整台で身を起こした白いヒューキャシールの少女は静かに応えた。
「おはようございます。――命令をどうぞ」
「ここ半年で総督府、行政部、軍司令部――全ての機関は様変わりしてきた」
紅いベレー帽を指先に掛け、くるくる、と回しながら参謀は話す。まるで床
屋で世間話をするような言い方。この男が宇宙軍きっての軍事参謀だと誰が信
じられるだろう。
「ラグオルへの移民が遅々として進まぬ現状。軍部の過剰なまでの兵器調達。
パイオニア2船民に周囲に拡がる云いようのない不安。――あげれば、キリ
がないな。だが、ソレを利用して拡大している『組織』があるらしい」
ふっ、指先の感触が無くなる。回していたベレー帽が数回弧を描いて、目の
前の少女――シ・オンの足元に落ちた。
「そして、奴等の『計画』は実行に移されようとしている。今この時も」
腰を屈め取り上げ、シ・オンはベレー帽に付いた埃を払う仕草をして、手渡
した。
「ありがとう。――その『組織』の全容は不明。何人もの諜報員を潜入させた
が還ってきた者は……」
ゼロだ、と言って肩を竦める仕草。
「そこで、今度は搦め手を使って探ってみようと思う」
「……『侯爵領』ですか?」
「その通り、どうやら『侯爵領』も現在戦力――キミも知っている例の『七本
槍』さ――の大半を失っている状態だ。付け入る隙はある、と思うがね」
「…………」
「……『F計画』は既に始動準備に入っている」
移民船団パイオニア2の何処か。その場処は知ることは無いし、知ってもい
けない。其処は『黒』の円卓会議。
昏い部屋の中で、円卓に坐った影達が厳かに囁く。
「『F計画』を動かすことも、そして停めることも――出来るのは件の<黒の
魔女>の報告にあった彼等しかあるまい」
部屋の隅でその報告を聴いていた、二つの影がきつく拳を握り締める。
一人はフォーマー。
かつては<黒の魔女>の最高弟子と云われた、死者すら蘇らせる天才。
もう一人はヒューキャシール。
かつては<紫電の魔術師>と呼ばれた少女。その躰を機械に変え、存在意義
を見出そうとする哀しき人形。
「この『計画』の全てを手にした者が人類最高の権力を手にする仕組み、と云
うことか」
長老達の嘆きの溜息と共に吐き出された言葉が円卓に弾かれ、何時までも響
き渡っていく。
「目的は……俺の命、か?」
「さぁ?」
双月の質問に素っ気なく応えた。と、同時に間合いが瞬時に詰まる。両手に
持ったセイバーが鮮やかに舞う。――とてつもなく、迅(はや)い!
(なッ? レイマールが接近戦だと!?)
髪を数房散らされ、双月は素早くソードを逆手に持ち替え、
「――はぁッッ!」
気合い一閃。その空間すら斬り裂くような一太刀。
しかし、ソレは空を斬り、妖艶なるレイマール――キャラダインの姿は既に
双月の間合いから外れた位置に立っていた。
「…………『七本槍』の一人にしては、やり方が荒っぽいな」
「あら、そう?」
「命令を与えたのは……誰だ?」
双月の頬を細い血の糸が、つぅ、と伝った。
「双月……ソウ……ゲツ……」
譫言のように、その言葉を白いヒューキャシールは繰り返す。
「ソウゲツ…………お兄……ちゃん……?」
「――お前!?」
双月が歩み寄ろうとした瞬間、白い影が飛び上がる。
ヒューキャシールの周囲の空間が僅かに湾曲する。同時に耳が痛くなるよう
な甲高い音響。
(――空間加速器(ソニック・ムーバー)!?)
次の瞬間、
猛烈な衝撃波が双月の全身を襲う。白いヒューキャシールの腕が双月の首を
掴み、
「があッッ!!」
そのまま、信じられない力で壁に叩き付けられた。
シ・オンはその報告書を見て愕然とした。
『その試作ヒューキャシールの目的はF計画の阻止を最優先事項とする』
『作戦内容は計画中枢である神殿への潜入。関係者の抹消。そして――』
震える指先が、次のページをめくる。
『自らの躰に備わった自爆装置で<F>を完全に消滅すること』
「神殿に行くのか?」
そう言いながら、ティーニャの指先がマシンガンの引き金に触れる。
外しよう無い距離だ。冷静にシェドは判断した。
「……神殿に行くんだろ?」
繰り返す。苛つきすら感じて。
「だとしたら……どうするんですか?」
その応えに、ティーニャの銃口が僅かに外れ、その顔には憐憫の表情が浮か
んだ。
「あの子は……あの子は神殿で死ぬ気、なんだ」
その頬に小さな涙が伝った。
絶叫。――いや、そんな生易しいモノではない。
あらゆる感情や苦痛を吐き出すような叫び声を、双月はあげた。
全身から黒い膿のようなものが噴き出してくる。異臭が漂う。拘束着で固定
された躰が何度も診察台で跳ね上がる。
「…………」
その様子を強化ガラス越しに、黒いドレスを着た女は眺めていた。
昔、<黒の魔女>と呼ばれていた冷酷な表情に苦悶の感情を押し込めながら。
「……後を、頼みます」
そう言って病室を後にする。
軌道衛星上で船外作業していたその男は我が目を疑った。
「……第四艦隊が……ラグオルに降下している?」
狭い回廊を二つの影が交叉する。
影がぶつかり合う瞬間、光粒子の破片が舞い散る。
――それはとても綺麗で、そして何より残酷な光景。
白いヒューキャシールはフォトン・クローを踊らせ、『闇』を招き。
黒い防護服に身を包んだ双月は双刀を薙ぎ払い、『闇』を殺していた。
地表上の『闇』が収束していく。
その『闇』は膨大な破壊力を帯び、衛星軌道上の船団に照準を定めた。
キャラダインが最後のカオスブリンガーを屠った時、軍事用レーザー通信回
線が騒がしい事にやっと気が付いた。
「……始まるのね、いよいよ」
「待って下さい! まだ……まだ、時間はあります!」
地表の遺跡に向けて艦砲射撃を命令する最重要機密回線にティータの悲痛な
叫び声が割り込んできた。
サブノック−T2のインフェルノバズーカが周囲を火の海にする。
既に五十体以上の敵(エネミー)の消滅を確認したのに、センサーの光点の
減る気配は無い。寧ろ増えてきている。
「――――」
サブノックは中枢制御装置にこのまま闘い続けるか、戦略的撤退をすべきか
尋ねる。応えは一秒も掛からなかった。
<戦略的撤退を速やかに行うべきと承認>
それが回答だった。
「――――」
しかしサブノックはその回答には従わなかった。
バズーカに再びエネルギーを充填(チャージ)して照準を定める。
(何故、私はこのような行動を……?)
その疑問に応える者はいない。この作戦が終わったら、その解答を探してみ
よう。サブノックはそう考えていた。
「――貴方に抹殺指令が降りています」
シ・オンのその言葉を合図に、後方に控えていたレイキャスト一個分隊の銃
口全てが静かに向けられた。
「なんて――コト、を」
槍に胸を貫かれて少女――アッシュは無惨にも磔にされていた。
その姿を見た途端、シ・オンの内部に云いようのない怒りが充ちてくるのが
解った。そして気が付くとその怒りに身を任せて拳を振り上げて双月を殴って
いた。
「なんで……この作戦に参加しているの!?」
非難すら浴びせるような言葉。
激昂するシ・オンに双月は厳しい視線を向ける。
「仲間に何かあったら……赦さない」
「……殺しはしないわ。奴等と私達は違う」
双月はシ・オンに背を向けて歩き出す。
「何処へいくの!?」
「決着を付けに」
「その躰では無理に決まっているわ!!」
足が止まる。口元に自虐めいた笑みが浮かんだ。
「――どうせ、もう死んでいる身だ。自分でケリを付けてやるさ」
プロフェッサー・ベゼルは哄笑した。掌を天に伸ばし、全ての英知を掴み取
るかのように。
「見るがいいっ、光粒子と反光粒子――『闇粒子』との完全な結合! 全ての
始まりの光と終わりの闇によって描かれた破壊を!!」
言葉に呼応するように双月の躰から『闇』が噴き出す。防護服の光粒子が瞬
く間に喰われていく。意識すら喰い尽くす闇。絶対的な虚無。
だが、
その絶望を振り払う叫びを双月があげた。
「停まれええええええええええええええええッッッ!!」
「貴方の躰は、失った生命力を反光粒子エネルギーで補っているんです」
双月はかつて共に闘った仲間――<黒の魔女>と向かい合っていた。
「多分、あの闘いで死に瀕した貴方を救う方法はコレしか無かったのでしょう
ね。――まったく、あのイシャム坊やらしいわ」
そう話す表情は、なんだか嬉しそうで、哀しそうだった。
「全て反光粒子エネルギーは<F>から供給されている。
――確か、そうだったな?」
「……ええ」
顔が俯く。二人の間に沈黙の帳が降りる。
「――つまり、」
沈黙を破ったのは、双月だった。
「<F>が死ねば。俺も死ぬ――――そう、なんだろ?」
「件の試作ヒューキャシールと双月殿。ふたりの技量はほぼ互角」
弾き出されたデータ画面を見ながらナインヘッドは呟く。
「……だが、双月殿には決定的に足りないモノがある」
それは――恐らく、双月本人も気が付いている筈だ。それを知っていながら
闘うと云うのか。あの白いヒューキャシールと。
勝てるかどうかは神のみぞ知る。
「邪魔だああああああッッ!!」
双月はソード抜き放って疾り出す。――全てに決着を付ける為に。
「『F計画』の目的は『支配』なんかではありませんよ」
ベゼルは静かに微笑んで言葉を続ける。
「――全ての『破壊』、です」
――唄が聴こえる。
――あの時一緒に唄った、
――ねぇ、もし、わたしがいなくなっても、
――必ず……必ず、計画を停めて。
――…………約束、して。
――ね?
―― COMING SOON !!