「光、あれ。闇、あれ」



 闇を司る者よ。
 闇を侮ることなかれ。
 闇を恐れることなかれ。
 光の中にすら、闇は在る。



「フォトンの侵食率、どんどん上がってる……このままじゃ、制御できない!?」

 ずり落ちた眼鏡を気にすることなく……そんな余裕もなく、対ショック用のフレームを装着した黒衣のニューマンの少女が、レッドアラートを発し続ける端末の内容を悲鳴混じりに読み上げる。

「落ち着きなさいアズラエル。暴走へのプランは用意してあるのでしょ? それに従いなさい」

 その背後から、黒のロングドレスを見にまとった妙齢の女性が声をかける。
 アズラエルと呼ばれた少女とは対照的に落ち着き払った声音だ。
 だが、視線は端末ではなく、びりびりと振動している強化ガラスの向こうを見据えている。

「ねえさ……いえ、テレサ殿。DF因子によるフォトンのベクトル偏光は、あと180Sec.程度で臨界を越えます。どうするつもりですか?」

 アズラエルに訊ねられた女性……テレサはガラスの向こうの目標、かつてはヒューマンであったモノ、パイオニア1の数少ない生き残り「だったモノ」を見据えながら、淡々と告げる。

「15Lv未満のテクニックユーザーとアンドロイドは退避。悪いけどアズラエル、あなたは残って。ソアー?」

 退避勧告をインカムに怒鳴りつけているアズラエルを尻目に、テレサは背後に控えている銀髪長身のレンジャー、ソアーを呼んだ。

「……ここにいる。特殊弾頭も準備済みだ」
「結構ですわ。では、準備ができましたら打ち合わせどおりに」
「……準備、とは?」
「私がやりますわ」

 そういうと、テレサは椅子についているアズラエルを強引に自分の後ろに追いやる。

「あいった〜。何を……って、姉さん!?」

 頭を振りながら眼鏡を直して見ると、アズラエルの視界に両手に炎の揺らめきとダイヤモンドダストをまとわりつかせているテレサが飛び込む。

「『右に炎を、左に氷を』……行きなさいっ!」

 右手から放たれたラフォイエが強化ガラスを赤熱化し、次にぶつけられたギバータによって瞬時に凍結する。
 刹那、どこからともなく取り出したマシンガンを1制射すると、あっけないほど簡単にガラスは砕け散った。

「グランツで中和します。闇が切れたら、撃ちなさい」

 振り返ることなく、テレサは窓を踏み越え、広がっていく闇へと向かっていった。



「その後、テレサ姉さんは臨界すれすれの『闇の』フォトンを制御すべく、等価の純粋フォトンを作り出し、闇を払いました」
「……あぁ、あの人は闇への干渉のために光子制御の応用も研究していたっけ」
「はい。ですが、三重光子複合結界『トリグランツ』はフォース一人で制御できるものではありません。その代償は……」
「オーバーアクセラレーションによる脳挫傷。記憶情報の移植に伴う身体能力の欠落、だね」
「……はい」

 アズラエルの目の前には、彼女と同じニューマンの少年が立っている。
 対照的な白一色のフレームが自然光に映える。

「イシャムさん」
「何?」
「なぜ、今更そんな話を?」

 イシャム、と呼ばれた少年は、そのとき初めて相好をほんの少しだけ崩して、アズラエルに笑って見せた。

「さぁ、なんでかな。『黒』の動きが知りたかったというのもあるけど」

 イシャムの言葉が終わらぬうちに、アズラエルは大きく1歩飛びずさり右手をかざした。
 その指先に紫電を絡めるよりも先に、イシャムは右腕を伸ばして人差し指を伸ばした。

「止めておいたほうがいいね。多分、僕のほうが君よりも先にテクニックを発動させられる。結果がどうなるかは言わずもがなだよね?」

 悔しそうにアズラエルが歯噛みする。
 視線をそらすのを見て取り、イシャムも手を下ろした。

「安心して。今のところはこちらから『黒』に干渉するつもりはないよ」

 言外に、動きがあったときには覚悟しろ、というニュアンスをにおわせながら、それでもイシャムは微笑を崩さない。

「ま、世界の理はかくも深く険しいものだっていうことさ」
「……いってることがよくわかりませんけど」
「僕もよくわかってない」

 アズラエルが半眼になって冷たくイシャムを見据える。
 意味不明な言葉で煙に巻こうなんて無駄。
 そういう意志丸出しの視線を受けて、イシャムの微笑が苦笑に変わった。

「早く、昔の力を取り戻して欲しいってことだよ。多分、そのほうがお互いのためになる」
「あなたの、ためにですか?」
「そう。お互いのために、だよ」

 それだけ言うと、それじゃ、とイシャムは立ち去った。

「……七本槍のイシャム……きっと、一番最後に姉さんの敵に回る人……」

 未だその高みにはたどり着けない自分を、歯がゆく思うアズラエルだった。





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