■『穏やかな光の在処』/もしくはその巧妙なる謀にかかった彼女が得たものについて■


 原生生物、八十八匹。
 確認されたのは、合計でそれだけだった。
 小型十二匹、中型四十三匹、大型三十一匹、超大型二匹。うち敵性反応を「示さなかった」個体、わずかに八匹。

「掃討数は六十二匹……でよかったのかな?
 しかし毎度のことながら歓迎されてないね、僕たちは」

 イシャムは面白くもなさそうに、携帯端末の仮想パネルに数字を記入しながら呟いた。危険度Aクラスに分類される未調査エリアの探索作業ではあったが、幼く中性的なその顔にはそれほど疲労した様子も見られなかった。
 一方、アクアは荒い呼吸を繰り返していた。

「……私たちが、連中の……テリトリーに、入っている、以上はですね――」
「やむを得ない、とでも言うの? それにしたってこの敵性反応は異常だよ? 『アンブリエル』だけじゃなく、どこの船のラボでもそういう結論が出てるはずで……。
 まあ、今はそんなことどうでもいいかな。とりあえずみんな、ご苦労様」

 にこりと笑ったイシャムに「いえっ」と応じ、自分の声と酸欠にくらくらした。
 息を大きく吸う。
 何度かくりかえしてようやく、荒い呼吸は収まってくれた。戦闘領域からある程度離れた森の空気は、移民船の完全循環システムが造り出すそれよりも何故かはるかに心地よく、身体中に染み渡るようにアクアは感じる。
 度重なる戦闘で、だいぶ疲労がたまっているせいだろう。
 襲ってきた八十匹の原生生物を相手に、ほとんど立て続けに戦闘を行ったのだから無理もない。テクニックを使用する彼女の場合、「物理的に」精神が疲弊するということもある。
 アクアの傍らでは、フレナと双月も体を休めていた。
 光子大剣に身体をもたれてはいるが立ったままの双月と、俗に言う「女の子座り」でぺたんと地面に腰を下ろしているフレナ。
 なかなか微笑ましくはあるのだが。

「フレナ。もう戦闘はないとはいえ、もっとしゃきっと出来ないものか?」

 アクアはそんなことをつい言ってしまう。ほんのわずか羨ましそうな表情が見え隠れしていた。もっともそれに気付いたのはイシャムと双月のふたりだけだ。

「はう〜、刺のヒトも加わってくれればもっと早く終われましたよう……」
「お前はまたそういうことをっ。だいたい――」
「――僕もそうしたいのはやまやまだったんだけどね。君の情報処理能力よりどういうわけか僕が端末を操作する方が早かったから。
 失礼なことを聞くようだけど、君ってホントに準戦術型アンドロイドなの? いくら完全擬人化モデルのボディを使ってるからって、AIの演算性能まで人間と同じにすることないと思うなあ」
「あのイシャム師、いくら的を射た指摘であってもそれは言い過ぎでは」
「あうううう…………どーせ的を射てますよう…………」
「あ、う、すまんっ。いやそのそんなに落ち込む必要はきっとないぞっ。人間誰でも苦手なものは、いやマズイな、ああああっ悪かったっ。なっ、なっ?」

 地面に「の」の字を書きだしたフレナと、それを扱いかねておろおろしているアクアを見て、双月が苦笑しながらイシャムに視線を移した。
 「確かに言い過ぎだ」という表情。
 イシャムはくすくすと笑ったあと、すました顔で「知らないよ」と返す。
 実際今回の仕事においては、アクアの戦闘教官でもあるはずのこの少年は、ほとんど戦闘には参加していなかった。任務上原生生物の反応を調査するという名目がある以上、誰かが端末を操作して情報を集計しなければならない。それをイシャムがやっていたせいである。
 普通、こういった仕事は人間よりも並列演算能力に優れたAIたちが行うはずだ。
 今の時代、どんなタイプのAIであろうとも二千〜六千程度の並列演算は可能なはずで、この程度の情報集計なら片手間以下のレベルで可能である。人格マトリクスがいくらドジでおっとりしたものにブリーディング済みだと言っても腐っても準戦闘型、伊達ではない。
 はずなのだが。
 例外はどこにでもあるらしかった。
 やがて処理が終わったらしく、イシャムはぱたりと端末を閉じた。

「戻ろうか、双月さん? 次のゲートまですぐだから、ここで疑似ゲートを出す必要もないでしょう?」
「そうだな……」

 ぽん、とフレナの頭に手を置いて――てきめんにフレナが立ち直ったのがわかった――双月は巨大な光子剣を肩にかつぎ直す。ベクトル変換と質量に特化されて安定結晶化されている『ソード』タイプの光子剣は刃の部分だけで五百キロを軽く超すが、双月は多少重そうに眉を寄せただけだった。
 こっちだね、と先に進むイシャムの後を追おうとして、

「ほら、フレナ。行こう」
「あう、もうちょっと休みましょう〜」
「駄目だっ。ほら立って……」

 そんなやりとりをしているふたりに目を向けた。
 フレナはぐったりとしたまま、疲れを隠そうともしない。
 一方のアクアは、今やそんな素振りは微塵も見えない。フレナの両脇に手を回して、ぐんにゃりとしたフレナを引きずっていこうとしていた。

「…………」

 双月は今度は、やおら空を見上げた。
 森の木陰から降り注ぐ日差しはほどほどに暖かく、のんびりとした雰囲気すら感じられる。
 視線を下へ。
 踏みしめた大地一面に、下生えが緑の絨毯を作っていた。

「…………」

 視線を戻した。
 イシャムと目が合う。

「…………?」

 目ざとく疑問の表情を浮かべたイシャムに、双月は珍しくも自分からにんまりと笑いかけた。
 そのまま光子剣を下ろし、地面に突き立てる。

 それから、不意に寝転がった。

「……え?」
「あう?」

 頓狂な声を上げたアクアとフレナに、ぐる、と首だけ廻し、

「少し疲れた。……俺は寝ていく」

 そんなことを言い出す。
 すでに首を戻して目をつぶり、寝る意欲満々というところだった。

「――そ、そ、そんなっ、危険ですよっ! まだどこかに原生生物がっ」
「……ついさっき、俺たちが掃討した。二、三時間ならどうってことはない」
「し、しかしっ。……あ、そ、そうです! 早く帰ってギルドに報告を!」
「急ぎの仕事じゃなかったはずだ。それにギルドカウンターなら二十四時間開いている。
 それともアクア、急ぎの用事でもあるのか」
「い、いえ…………………ない、ですけど」
「そうか」

 双月は腕を頭の後ろで組み、呼吸を整えはじめた。それ以後何も話さない。
 困ったアクアはイシャムの方を見る。
 見てから、さらに困った表情になった。

「まあそういうことなら、僕もすこし休ませてもらうよ。最近ちょっと寝不足だったし」

 アクアを挟んで反対側の木立によりかかり、足を投げ出している。
 妙に面白そうに笑っているところに、訳も分からず不安を感じた。

「いっ、イシャム師までそんなっ……」
「いや……君も休んだら? フレナもそうするみたいだし」
「――何ですとっ!?」

 勢いよく目を転じ――た先に、もうフレナはいなかった。
 双月の隣で横になり、両拳を口元に当てて背を丸めていた。

「うにゅ……ご主人様……すぴー」

 完睡中。

「アンドロイドが寝るなああああああっ!?」
「いや完全擬人化モデルは睡眠――安定状態による全器官の休息が必要だよ。
 まあ三日に数時間、くらいで事足りるらしいけど。知らなかったの?」
「えっ? えっ? そうなのですかっ!?」
「あと静かに。ふたりとももう寝ちゃったからね」
「はうっ! あ、はいっ……承知しました……」

 語尾をもぐもぐと口の中だけで話して、アクアは所在なげにあたりを見渡してみる。
 はっきり言えば、所在「なげ」ではなく本当に所在がなかった。
 主も親友も、どっちも寝ている。

「ほら。君も休んだらどうなの?」

 戦闘教官の追い打ち。

 一瞬だけくらっ、ときた。
 次の瞬間、アクアはそれを思い切り恥じた。

 ――何たる失態っ!? 『ムジナ』たる私が主の休息時に眠るなど――

「……言語道断、って顔だねそれは」

 顔にまで出ていたらしい。
 承知しましたっ、と自分に言い聞かせるように繰り返す。顔が赤いのはともかく。

「ならば私は『ムジナ』としてっ、皆様の休息の時間を守るために見張りを!」
「……それはいいけど、だったら気合いの入りまくってるいつもの声はあげちゃ駄目だからね」
「――しまったっ!? この私ともあろうものがっ」
「いや、だからそれを」


           ☆            ☆


 惑星ラグオルの地表環境は、地球と大差ない。
 極点からの位置と大陸の大きさなどから判断してのものだろうが、『パイオニア1』の入植地付近はとくに気候も温暖で、住みやすい環境と言えるだろう。気温は常時二十度から二十八度ほどで夜間でも劇的な変化はなく、湿度もそこそこはあるが不快に感じるほどではない。日照は標準時間で正午ほど、一番強い時間帯だが森の木陰がそれを緩和してくれる。
 くわえて地球本星よりも自転軸の傾斜が少ないため、この環境が惑星周期で丸一年、ほとんど変わることなく続くのである。
 常春、という表現がよく似合う。
 おだやかな風が、そよそよと木立を縫って吹いてくる。空気は澄んで気持ちいい。
 つまり、昼寝にちょうどいい。

 逆に言えば――眠気を誘う。

 ――くっ……どうしたことだっ。も、もう疲れは抜けたはずなのにっ……。

 アクアは双月の傍らで片膝をつき、周囲の気配に気を配りながら佇んでいる。
 三人はとっくに全員が眠り込んでしまい、穏やかな静けさだけが森を包んでいた。遠く何処かで野鳥の鳴き声が聞こえてきたが、警戒どころかのんびり感がいや増しただけだった。
 頭にじわじわと侵略してくる睡魔と必死に戦いながら、もう一時間近く。

 ――「まだ」一時間ではないかっ! 連続戦闘訓練の辛さに比べればどれほどのものがあると――。

 『ムジナ衆』として修行していた頃、よくアクアは連続戦闘訓練をやらされた。
 昼夜を問わず、照明を落とされた暗闇で延々と同胞同士の遭遇戦をさせられるのである。中には戦闘教官たちも混じっている上にほぼ実戦同様の武装で行われるため、手を抜けば負傷程度では済まない非人道的な訓練だった。
 アクアはその訓練において、七十五時間という驚異的な時間を耐え抜いた。教官たちまでへばった最後の七十六時間目に、同じく最後まで残ったテララと一騎打ちになり敗れたのだ。
 しかしそれは自分と同等かそれ以上の使い手ばかりがひしめく暗闇、という環境がもたらす、恐ろしいほどに張りつめられた緊張状態の中での話であった。
 どんな精鋭の戦闘集団であっても、「小春日和の中で居眠りしないための訓練」など行うはずがない。しかも自分より数段上の使い手までがのんびり脱力して寝こけているような環境で、である。
 戦闘状態を維持するための精神制御も、まったく役に立たなかった。
 訓練時に想定され設定される精神の制御トリガーが起動しないためだった。
 当たり前だ。
 つまるところアクアが自分自身に施している叱咤激励は、見当違いもいいところだった。

 ――あの頃の訓練を思い出せ私っ! この程度で――。

 くらっ。

 睡魔を認識した瞬間、危ないところで意識が飛びかけた。
 必死で持ち直す。

「ええいっこの程度でっ! 絶対に眠ったりはしないぞっ! 私と『ムジナ』の名誉と命にかけて――」
「ん……ううん……」
「――ってあうあうあう……ま、またやってしまった……」

 顔をしかめてころん、と寝返りを打ったフレナにあわてて、アクアはしおしおと小さくなった。
 声を上げ続けていれば、いくらか眠気は緩和される。体を動かし続けることも同様に効果があるだろう。
 しかしそのふたつは、イシャムの「声と気配で起こされるのは真っ平だよ」というもっともな理由から強く禁止されていた。

「す、すまんフレナ……ほ、ほらねむれー、いいこだなー」

 聞き取れないほど小声で呟き、不器用に頭を撫でてやる。
 フレナの顔がふにゃ、と崩れて、またすやすやと深い眠りに落ちていくのがわかった。とりあえずほっとして、ほっとしたせいで五分も経たないうちに再び睡魔がやってくる。

 ――耐えなければ……堪えなければ……ここが正念場だ……。

 ポジティブな励ましも、勢いがなくなってきたせいで空しい。

 ――まだいける……頑張れ私……そういえば「頑張れ」って第三公用語で頑なに張るって意味? ……ううっ張りたいのですが張った先から緩んでいきます……。

 思考も脱線気味。ついでに自覚のないままメタファーによる言い訳まで始まっている。
 いい加減、進退窮まっていると言ってよかった。

 ――くう……いかん、今までで最大の睡魔がっ……。

 意訳すると、我慢が限界。
 こうなったら舌でもかみ切って、と物騒なことをアクアが決心しかけた、その時。

 どさっ。

 物音に、一瞬アクアの意識が向いた。
 もっとも視線は向ける必要もなかった。アクアの目の前で起きた出来事だったからだ。
 双月が頭の後ろで組んでいた手を、両側に投げ出した音だった。
 無意識にやったのだろう、双月は起きた様子もない。

「…………」

 アクアは覚醒しかけた意識もそのままに、じっとその腕を見つめていた。

「…………………」

 微動だにせず、じっと。


           ☆           ☆


 イシャムはまどろみから目覚め、木の幹に預けていた頭をゆっくりと起こした。
 やや傾いた陽光を見上げて、それから緩慢にあたりを見渡す。焦点が定まりきっていない少年の瞳はひどく幼く、頼りなげだったが、やがてすぐに歳不相応な理性の色を帯びていき――。

「……よう」

 そんな声がかけられたときには、もう少年の表情は落ち着いた、いつものものへと戻っていた。
 イシャムは囁くような小声で、声をかけてきた双月に笑ってみせる。もっとも地面に大の字になったままの彼には、こちらの表情は見えなかったのだろうが。
 気配か、呼吸音を聞き取ったか。それともたった今起きて、イシャムも起きているに違いないと思ったのか。
 後者かもしれない、と何となく思った。
 何故かいつもより、この寡黙な男のことが判る気がする。

 ――何と言っても、無言の共謀者だしね。

「……気持ち、よさそうだね……」
「少し重いがな」
「貴方のことじゃないよ。――その子たちのことだよ」
「……そうだな」

 イシャムからは、双月たちの様子がよく見える。寝ころんだままの双月がわずかに首を動かし、左右を見渡したのもちゃんとわかった。
 防護服に包まれたたくましい胸に顔をすり寄せ、子猫のように丸まって眠っているフレナと。
 寝ているうちに投げ出してしまった右腕を枕に、それでも精一杯――主従のけじめなのだろうか――体を離して眠っているアクア。
 ある意味対照的なそのふたりの寝顔と。
 ゆるむように微笑みを浮かべた、双月の顔も。

「まあ。こうなるのはわかってたけどね」
「……ああ」
「アクアは普段から張りつめすぎだしね。たまにはね」
「……ああ」
「でも起きたらまた、いつものアクアに……いつもの貴方達に戻っちゃうのかな」
「……ああ」
「まあ。たまにはいいでしょ?」
「……ああ」
「貴方だって、まんざらでもない……とか思ってない?」

 「ああ」、とまた繰り返した後で、双月は思い出したかのように付け加えた。

「ああ。思っている。……悪くない」

 普段からは想像もつかないような、間延びした口調だった。
 木漏れ日と風と、ふたつの寝顔。
 ただそれだけのものが、この男にそんな声を出させるのがイシャムには奇妙におかしく――同時にとても納得できた。
 そろって眠る三人の姿は、恋人にも兄妹にも見えない。
 対衝撃素材の防護服に、光子フレーム。横には大地に突き立った、大きく重い光子兵器。
 常人を寄せ付けぬ、凶暴な生物たちがひしめく森。似合わないことおびたたしい。

 それでも。

「……ごしゅじんさまぁ……ふにゃ……」
「……そうげつ、さま……」

 それでも三人は、幸福そうだった。
 寝言と無邪気な寝顔と、それを見つめる瞳。
 ただ一瞬の、命を預け合う戦いの幕間、ほんの少しの時間ではあっても、三人はそれを共有していて。
 そんな関係を、この三人は手に入れたのだと解った。

「それだけでも、……貴方たちは」

 出会った、価値があるよ。

 そう告げようとしてようやく、イシャムは双月が再び目を閉じていることに気付く。
 そんな事実にすこし笑ってから、イシャムも瞼を閉じ、うとうととまどろむ。
 おそらく、アクアが起こしてくれるだろう。
 今度真っ先に目を覚ますのは、たぶん彼女だ。
 次にフレナを起こすだろう。ひょっとしたらその声で自分も双月も目が覚めてしまうかもしれないが、きっとふたりとも寝たふりを決め込むに違いない。
 そうして。ふたりは双月を優しく揺すって。
 その時には自分も目を開けよう。イシャムはそう決めた。

 その光景は、きっと幸せそうで。
 見たくない、わけがない。


 了



<<BACK