『黒の輝き』
「……結構ですわ、それではいつものように治外法権の適用を……」
そこまでいって、女は嫣然と微笑んだ。
「あら、そんなことを気にしなくても、それどころではありませんわね。あの希望の大地は」
可視光のみを取り込む偏光ガラスに覆われたその部屋の主は、苦虫を噛み潰した、という形容詞がこの上もなく似合う、そんな男だった。
服装からして、この船『パイオニア2』の官僚、それも高級職であることは容易に想像がつく。
そのような男を目の前にして、黒のロングドレスに身を包んだ女は緊張するわけでもなく、薄く笑みを浮かべながら話を聞いていた。
曰く、惑星ラグオルに起こった異変の調査。
数々のハンターたちに依頼をしているが、芳しき状況ではないらしい。
「私たちを信用すること。そして、私たちを信用しすぎないこと」
いつの間にか羽目殺しの窓から眼下に広がる蒼い星、惑星ラグオルを見下ろしながら女がつぶやく。
「それが私たち、『黒』を使うための不文律ですわ」
『黒』という集団がある。
その時代、その場所ごとに存在するとも言われる謎の結社。
異能故に迫害を受けた者たちが、闇に潜むために作られたとも、為政者達の影で盾にも矛にもなるとも言われる。
だが、彼らの本当の目的が、他ならぬ『闇』にあることはあまり知られていない。
可住惑星への移民船団であるパイオニア2の、とあるロビーラウンジにて。
「さて、一人で降りてもよいのですが……」
銀糸を織り込んだ黒のドレスに身を包む女が、周りを見回す。
一攫千金を目指すもの、己の力を試すもの。
すべての欲望が、フォトンの光に包み隠されているこの光景。
知らず、女は笑みを浮かべていた。
闇に親しむには、まず己の闇を自覚せよ。
それができずにいる人々の、なんと愚かしくも愛しきことか……!
フォトンの光によって、また闇も強く『輝く』ことに気づいているものが何人いるのだろうか。
取りとめもない思考に埋没しようとした女の視界に、男女1組のグループが割り込んできた。
漆黒のボディアーマーの男と、赤を基調としたアーマーの少女。
それだけならどこにでもいるようなハンターだといえる。
だが、男が伏せていた顔を上げたとき、その瞳に走った苛烈なまでの光に女は心を奪われた。
「……うふふ、いいわね。あの瞳……」
ドレスの裾をさばきながら、女が悠然と近づいてゆく。
すると、先に気づいた少女がごく自然な動きで男の前に立った。
「はじめまして、戦士殿。これからラグオルに向かわれますの?」
男が首肯するのと同時に、少女は警戒心もあらわに女と対峙する。
「失礼ですが、あなたは?」
「あらあら。申し遅れましたわね。私はテレサ・ノワール。テレサとお呼びください」
ノワール、と名乗ったとき、少女の瞳が一瞬驚きに見開かれた。
「……まさか、イシャム師がおっしゃっていた、『黒』……?」
少女のつぶやきをしっかりと聞いていた女……テレサは薄く笑みを浮かべて少女を見下ろした。
「イシャム坊やを知っているの、あなた?」
テレサのこのセリフに、少女はいよいよ驚きが隠せなくなった。
「い、イシャム師を坊や呼ばわり……何と命知らずな……」
「気にすることはありませんわ。後で坊やに聞いてみればわかりますから」
驚く少女を尻目に、テレサはしばしこれから起こることへの期待からくる笑みを隠すことなく浮かべ続けていた。
これが、漆黒の剣士と紅蓮の忍、そして黒の魔女の邂逅である。
その後、このパーティがどのような冒険を繰り広げるのかは、また別の機会に。