第5話 「冷たい風」
「!」
漣が身構える。
私の前に出て私を庇うように。
漣は体術を得意にしている。
私は体術は苦手。
二人で「施設」でチームを組む時はかならず漣が前衛、私は後方支援。
そういうフォーメーション。
だからいつも危険を感じると自然とそういう形になる。
でも、今回は――――――――――――――――
「玲奈、下がって」
動けない。
その人の目がそれを許さなかった。
どうして・・・・・どうしてだろう。
そんな目――――――――――――――――
そんな目をどうすれば、どんな生き方をすれば出来るようになるんだろう。
何かを失ってしまったかのような目。
悲しい瞳。
冷たい風を思わせる目だった。
「・・・・・何の用や、おっさん」
声のトーンを落として漣が言う。
脅しのつもりなんだとわかる。
よく見ると腰も落としていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
対してあの人は何も言わない。
無言、というよりも漣を完全に無視していた。
それがはっきりとわかる。
だって・・・・・
あの人の視線は完全に私に固定されていたから。
「おっさん、うちの言ったこと聞いとんのか?」
きっと・・・・聞こえていない。
あの人の頭の中にはわたししかない。
そんな目をしている。
「ちょっと!あんた!」
焦れた漣が肩を掴んだ。
だけど変わらない、ずっとわたしを見つめている。
「玲奈、逃げ!」
漣が叫ぶ。
でも、わたしは動けない。
ううん。違う。
動いちゃいけない、そう思った。
この人は何か言いたいことがあるみたい。
それをきちんと聞かないといけない、そう風は言っている。
だから
「漣、わたし大丈夫だから手を離して上げて」
そう言った。
「れ、玲奈?」
戸惑う漣にもう一度。
「大丈夫。だから・・・・ね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・変なことしたら本気で殺すで」
物騒な脅しをかけたけど、それでも漣は肩から手を離してくれた。
「な・・・何かわたしに御用・・・・ですか?」
恐る恐るだけど・・・そうやって尋ねてみる
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
複雑な表情。
何か言いたそうだけど、どう切り出せばいいのかわからない、そんな顔している。
実際にはちょっとだけだと思われる、だけどすごく長く感じる沈黙を破ってその人は言った。
「俺の顔に覚えはないか?」
と。
「・・・・・いいえ・・・・」
ない。
全然。
公園で見かけた時以外は、ない。
「・・・・よく・・・見てくれ」
目が真剣。
ううん・・・真剣というより・・・・必死。
必死な表情に思えた。
でも、わたしはその期待に応えてあげられない。
「・・・・ごめんなさい・・・思い出せないです」
会った記憶はないはず。
だってわたしたちはこの世界では・・・・このパイオニア2では特別な存在だから。
会っているはずはない。断言できる。
「・・・・・・・・頼む。もう一度だけ・・・・これでも・・・思い出せないか?」
「・・・・・あ」
「!」
わたしの両肩をがしっと掴まれる。
「よく・・・・見てくれ・・・・もう一度・・・・頼む」
思わず目をそらす。
「見てくれ!」
「やめやおっさん!」
漣が叫ぶ。
「・・・・・・・・・・みおぼえは・・・・ないです・・・・本当に・・・・・」
振り絞るように声を出す。
しっかりと目を見て。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう・・・・か」
がっくりと、肩を落とす。
「すまなかった・・・・」
命を失ってしまったような・・・・・生気の抜けた声。
背を向けて、ゆっくりと歩き出す。
「・・・・・・・・・あの・・・・・」
声をかけずにいられなかった。
それほどまでに・・・・小さく見えたから。
わたしよりもずっと大きい身体をしているのに、今見える背中はわたしよりもはるかに小さく見えた。
「・・・・すまなかった」
さっきと同じ言葉。
「忘れてくれ・・・・・・」
もう、声はかけられなかった。
小さくなっていく背中。
何も言えず黙って見送るしかなかった。
頬を撫でた風は、とても冷たく、とても哀しかった・・・・・・・