Old Memory
錆びた身体(body)と、古びた記憶(memory)。
新しいネジの軋みとともに、「わたし」は「わたし」を知覚する。
「『ネジ』か!『ネジ』だとよ、今時!百年どころの騒ぎじゃない
な!”出航”前の機体じゃないか?」
人間の男が波長差の大きい声で、叫んでいる。
わたしがはじめて意識を得たのはその薄暗い作業場だったが、それ
はそこがわたしの見る初めての景色という意味ではない。
わたしがわたしを知る前に得たデータは、わたしのメモリーに残さ
れている。
3人の人間たちの情報。わたしに命令をあたえるべきパーソナル。
男と、女と、小さい女。
彼らは自分たちの集まりを”わたしたち家族”(my family)と呼ん
でいた。
だが、そこにいる人間は、わたしの記憶にないパーソナルだ。
「なんだ、目が覚めたのか。目が覚めたのなら、とっとと出て行け。
もう一人でなんだって出来るだろう。わしがそうしてやったんだ」
怒鳴っていた、老いた人間の男は、わたしに気づいたのかわたし
に向かってそう言った。
記憶。感情の介在しない冷たい記憶。
わたしの樹脂製の無骨な手の中で、安心した顔で眠る、生まれたばか
りの小さな人間。
その手を閉じるだけで、容易く潰れてしまうだろうに、なぜこの人間
は安心して眠っているのか。今のわたしがそう考える。
一般家庭向汎用アンドロイド――個体番号(serial No.):情報欠損
(data lost)、商品名称:情報欠損(data lost)。
わたしはわたしを得る代わりに、わたしの情報を失っている。
ただ、一般家庭向汎用アンドロイド――そのわたしのraison d'etreのみ
が、かろうじて残った記憶。
「個体情報だと?ああ、AIとのインターフェイスが面倒だったんでな!
削らせてもらったよ!まったく、古い機械ってのはなんでも焼き付けだ。
邪魔なんだよ、今のチップにゃ!」
「――」
「なぜお前さんを直したか、だと?お前さんが、まだ動けたからさ!決
まってるだろうが、そんなもん!さあ、邪魔なんだよ、さっさと出て行
け。今のヤツらみたいにノミ(nano-machine)飼ってる身体じゃねえだ
ろうが、古臭い分頑丈だ。何だってやって生きていけるさ」
それきり、人間は喋らない。
わたしは、言われたとおりにすることにした。出口と思われる場所に振
り返り、歩き出す。
「ああ!待て!待て!」
背中にかかる、男の声。
「二つだけやろう。それだけだ。あとは知らん。まずはこれだ」
手渡されたものは、一丁の短銃。
「お前みたいなポンコツにやれる仕事は、身体を張ることぐらいだ。撃ち
方くらいは知ってるだろう。お前さんが何百年前の機械だろうが、使い方
はそのころの銃と違いやしない」
わたしはそれを受け取って、男の顔を見る。
「あとひとつは、そうだ、名前だ。お前の名前のメモリーは、わしが削り
取っちまったからな。お前さんは、”Subnock”とでも名乗っとけ。ずうっ
と昔の、悪魔の名前だ。不恰好なお前さんにゃ、ぴったりだろうが」
見慣れない街に出て、見慣れない人間(personal)たちを見る。
わたしの知らない情報群のなかで、わたしはわたしのやるべきことを考え
る。
記憶に残る、わたしの意味を検索する。
<< 00000000[欠損]、……この娘を守ってね―― >>
見つけた(Hit)。
わたしが記憶する、わたしの仕事(work)の最優先事項。
ああ、そうだ。あの子を探さないと。
錆びた身体と、古びた記憶。
あの子の命を握っていた手に、硬い銃把を持ち替えて。
どこかで泣いているかもしれない、あの子を早く探さないと。