Versus.
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■前半戦■ 双月は、ゆっくりと息を吐いた。 ただ一度の呼吸で完全に気息を整え、肩にかついでいた光子剣を構える。左手を柄にそえて中段から、床すれすれに切っ先を落としてぴたりと固定する。 圧倒的な重量をほぼ右手のみで保持し、なおかつ全身の力みを抜く。 脱力するのではない。必要な部分以外のすべての筋肉を自由な状態にするということだ。緊張させつつ遊びを作る。引き締めすぎても緩めすぎてもいけない――相手のあらゆる動きに対応できるように。 そこまでの動作を意識さえすることなく行って、それから双月は言った。 「いつでもいいぞ」 数メートルしか離れていないので、ことさら声を張り上げなくとも聞こえるはずだ。そんなぼんやりとした思考が後からついてきた。 双月よりはるかに小柄なイシャムは「ん」と頷く。こちらは片手に武器を――鎌状の光子兵器だ――持ったまま、構えらしい構えもしていない。 「――じゃあいくね」 口元だけで小さくイシャムが笑った。食事をしに行こうとでも誘われた時のような気負いもない声。視線を泳がせてこちらを見据えるでもなく、下を向いていた鎌の刃をくるりと返して地面と並行に、 一挙動だった。 身をわずかに屈めて踏み込むと同時、片手だけで振られた大鎌の刃がとてつもないスピードで吹っ飛んできた。 こちらの構えの逆手。すくい上げるような角度で頸を狙ってくる。その速さに戦慄する暇さえない。 ぎりぎりで沈めた頭の上を、何十本かの髪の毛を刈り飛ばしつつ刃が通り過ぎて行く。コンマ一秒でも遅れていたら頭蓋を斜めに断たれていただろう。 双月も身を沈めて踏み込む。間合いを無理矢理詰めようとした。 ぞくん、と鳥肌が立った。――右後方の死角から何か来る! 意識する前に身体が動く。 薙ぎ払う動きに入りかけていた大剣を無理矢理引き起こす。抱え上げた剣の峰に身体を割り込ませる。 後半身をすっぽりと包むようにかかげた刀身に、ものすごい衝撃が来た。 打ち上げ気味に放たれた大鎌の刃が、空中で直角に機動を変えて降り落ちてきたのだ。赤い残光。光子操作で運動エネルギーと質量を野放図に水増しされた刃の一撃が、瞬間双月を押し潰そうとのしかかる。 膝が崩れかける前に、双月は咆哮した。たわめていたすべての筋肉を爆発させた。 背にかつぐ形になっていた大剣を、全身を使って跳ね上げる。のしかかってきた刃をはじき飛ばし、真っ向上段からの唐竹割り。 イシャムが後方に跳びすさった。青い光が彗星の尾のように流れて消える。かわしようのないタイミングで頭を砕くはずだった大剣の一撃がかわされる。 ――自分自身の運動ベクトルまで操作するのか! 刹那の時間で歯噛みする。 不完全な姿勢で鎌を振りまわした結果狂いに狂ったはずの重心ごと、踏み込んだ際の運動エネルギーをすべて後方への押力に転換したのだ。戦闘アンドロイドでも不可能な機動だった。 フォースの戦闘挙動において、「構え」や「型」など存在しない。それどころか体勢も直前の動作も関係ない。 武器を振るった時に生まれる反作用すら光子操作で自在に操れる彼らの一撃は、どれほど不完全な体勢から放ったものであっても渾身のそれとなる。まして質量とエネルギーの増減までも可能なレベルとなると、本人の筋力の有る無しすらも無関係になる。 ――後手に回ったら負ける! 大剣を腰だめに構え突進した。着地の瞬間を狙っての平突き。 着地する寸前のイシャムには逃げ場はない。 迫る大剣の切っ先に、イシャムは横殴りに鎌を払う。ゆるいカーブを描いた鎌の刃が、絡みつくように大剣のそれに衝突した。 直後、ひどく奇怪な現象が生じた。 双月の大剣はびくとも揺るがなかった――動いたのはイシャム自身だった! ふたつの武器が衝突した際にかかった反作用をことごとく自分自身に廻したイシャムの身体が、刃の衝突点を中心として左側へ弧を描き逸れていく。突きがかわされる。 視界の隅で、ふわりと降り立ったイシャムが鎌を構え直すのが映った。 「王手――」 ぽそりとイシャムが呟くのが聞こえる。 左手からの胴払い。突進が止まらない。無理矢理に制動をかけて身体をひねる。 ――間に合え! 崩れた体勢から大剣を打ち上げた。 ふたつの光子刃が、ぎぃん! と音を立てて噛み合った。負荷に耐えきれない光子刃がスペクトル分解し、光の破片をまき散らした。 拮抗は一瞬だった。両者の武器がはじけ飛ぶ。赤い光。はじけ飛んだイシャムの刃がフィルムの逆廻しのように戻ってくる。 全身の筋肉と体重を使って大剣を操り、それを打ち落とす。刃が返ってまた襲ってくる。 ブーメランのような七発の斬撃を、双月はことごとくしのぎきった。 七発目を強引に柄の部分で叩き落とし、長大な剣そのもので床に抑え込む。とてつもない速さで動いていたふたりの動きがぴたりと停止した。 数十センチの距離を置いて睨み合う。思い出したかのように汗が噴き出した。 「……さすが、かな。今の連撃を防ぎきれるのは、≪七本槍≫でもひとりしかいないのに」 そう呟いたイシャムも肩で息をしている。短時間でおそろしく精密な光子操作を連続したせいだ。 「済まんが、……面子ってもんがある」 逆に言えば、肩で息をする「程度の」疲労しかしていないということでもある――その事実にぞっとしながら応じた。 返事をかえすと同時に抑え込んでいた刃を横に払い、後ろに跳躍。再び距離を取って対峙する。 「――ダブルセイバーを使えばいいのに?」 「使うさ。危なくなったら」 「余裕だね」といたずらっぽく笑うイシャムに心中で返す。――半分意地みたいなもんだ。 大剣を目線と水平に構えた。ようやくそこで、自分も笑っているのに気付いた。 |
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■後半戦■ (――まるで次元が違うわね) そう思いながらシ・オンはモニター越しの二人の闘いに魅入っていた。意識を奪われて呼吸を忘れていたかのように、大きく息を吐く。首筋の汗をそっ、と拭う。 その指先に端子が触れ、シ・オンは再びモニターの二人に視線を向ける。シ・オンの脳へ憩み無く訓練室の二人の情報が流し込まれていく。部屋の八方に配置された高速カメラ、熱源探知(サーモグラフィ)、光子感知(フォトンスキャナ)etcetc……ソレらが逐一報告していく情報を片付けていく、と――、 「……どちらが勝つと思う?」 モニタールームの入り口から笑みを含んだような声。 その声に振り向かずに――処理に集中して振り向く暇すら無いのだが――シ・オンは少し顔を顰めて、 「ノックぐらいしなさいよ。……それと人の後ろに立って覗き見、て云うのはあんましいい趣味とは言えないわね」 「あら、ごめんなさい」 そう言いながら、シ・オンの横に赤毛の美女が立つ。 キャラダイン・フラッシュハイダー。よく知った顔だ。 「……で、どんな状況なの?」 「開始から五分経過。二人の身体的・精神的な欠損は無し。そんなトコ」 素っ気ない返答。そう、としか応えようが無いのだが。 「……つくづく、≪七本槍≫の戦闘力には感心するわ」 率直な感想を口にする。軍にいた時から『侯爵領』の≪七本槍≫についてはそれなりに知っていた筈であった。尾鰭の付いた噂を含め。 某作戦で≪七本槍≫一人に2個小隊が全滅させられた。反旗を翻そうとした『侯爵領』不穏分子がその翌朝には全員――人数にして八〇人が消息不明となった。総督府ラボですら為し得てない『反光粒子』の精製・操作に成功した。ラグオル地表のモンスター達は『侯爵領』の実験で生まれたモノだ――まあ、最後の噂については無視するとして、他の噂については『事実』ではないか、と錯覚してしまう。 その錯覚を――、 「……本当にそう、思う?」 キャラダインの声が打ち消し、モニターの向こうの光景へ引き戻した。 踏み込む。 数分――本当の処は数秒程度だったかもしれない――の小休止を経て、動いたのは双月の方であった。 最上段からの唐竹割り。 ソレをイシャムは難なく躱わし――、 (――ッッ) 自らの大鎌の柄を床に突き立て、跳躍。 帽子の尖端の飾りが、刈り取られる。躱わした刃が有り得ない方向から襲ってきた。――つまり真上から! ・・・・・・ 上段からの唐竹割りの刃でそのまま双月の躰ごと縦回転をしたのだ。 イシャムの躰が剣風でバランスが崩れた。しかし、次の瞬間には光子操作の『構成』を編み上げ、操り、双月の左横に着地する。先刻と同じように。 「――シッ!!」 短い呼気に合わせて、双月の剣閃が縦から横へ直角を描く。薙ぎ払いの一閃。 (――予測通りッ) 鎌の刃を斜めに立てて、双月の大剣を捌く――と、同時に光子操作で、運動ベクトルを調整。双月の刃に乗ったまま背後に回る。 そのまま大鎌を振り上げ、 目前に双月の大剣の切っ先が出現した。 イシャムに背を向けたまま――脇の下からの抜き放ちの逆手突き!! 全身が総毛立つ感情を無理矢理捻じ伏せて、刹那の判断でイシャムは編み上げ途中の『構成』を『放り投げ』た。 精密に編み上げられた光子の『構成』はその緻密さ故に反作用を引き起こして――単純な衝撃波となって二人を打ち据えた。 「――ぐッッ」 「――っぅ」 軽く呻いて、二人が再び立ち上がり対峙する。 この攻防――僅か五秒程度の出来事。 ふっ、と二人の間の殺気が緩んで、イシャムが訓練室の白い天井を見上げる。 「まったく……なんて動きをするのかなぁ」 イシャムが困ったように呟いた。右手を大鎌に添えたまま、左指でコリコリと頭を掻く。難しい幾何学問題を相手にしているように。 その表情を見て、双月は満足げな笑みを浮かべる。その笑みは、長い間仕込んでいた悪戯を成功させたような子供の無邪気なソレであった。 「……何なのよ。あの動き」 驚愕と云うより呆れた表情をしてシ・オンが呟く。 常軌を逸している――いや、そんな表現すら生温い。あんな動きをして双月本人の躰が無事で済む訳がない。かなりの負荷が掛かっているだろう。あらゆる剣術の型――軍隊式剣術から、西暦の時代にある古式剣術まで――その全てのデータと照らし合わせても無茶苦茶な闘い方と判断できる。効率的でも、効果的でも無い。 ただ――本能のままに剣を振るう。そんな動きだ。 先程の闘いのデータがトレースされ、モニターに表示される。 (たかが、訓練でここまで……やるの?) 八台の高速カメラが映した二人の姿は霞掛かったようにブレていた。八台のカメラが追い付けない予測外機動。他のセンサー――特に光子感知(フォトンスキャナ)はイシャムが『放り投げ』た『構成』の逆流暴発(バックファイア)で沈黙(ブラックアウト)していた。 ふと――、 「……イシャムは、負けるわね」 ボソリ、とキャラダインが呟く。 何の感慨も感じさせない抑揚の無い声。あるがままの事実を告げる言葉。 「根拠は……あるの?」 そう言いながらシ・オンは横目でキャラダインの顔を盗み見る。その相貌にはいつもの『あの』笑みが浮かんでいない。 「根拠――と、言うよりは元々この勝負。イシャムに勝ち目は無かっただけよ」 くすんだ赤毛を掻き上げて言葉を続ける。 「イシャムは確かに光子操作に関しては私達≪七本槍≫の中で最高の使い手よ。 でも、その光子操作も相手の動きが予測出来ればこそ、の技術よ。さっきの双月の動きを見たでしょ? 戦闘の常識すら通じないような機動。攻撃。何よりそれを相手に悟られない――無意識で動く、その戦術本能」 モニターの向こうの双月とイシャムが再び構えを取る。 二人はどちらとも無く、微笑む。 「ソレは私達≪七本槍≫の誰にも敵わない。 闘いに必要なモノはナインヘッドが持つ恐るべき攻撃力でもない」 「次の一撃で決めさせてもらう」 「……うん」 双月が腰を落とし、平突きの構え。 イシャムは眼を鎖ざし、大鎌を床に水平に持つ。 「私の持つ常人を越えた速度でもない」 シ・オンもキャラダインもモニターに目を離さない。離せない。 「ましてや、イシャムのような何時如何なる事態でも正確に緻密に光子を操れる冷静さでもない。 最後に勝つのは――、」 待つのは一瞬。初動は刹那。しかし意識は緩慢。 大剣の突き。光粒子が歪むほどの速度。/ イシャムは瞳を鎖ざしたまま。 切っ先がイシャムに迫る。/まだ、瞳は開かない。 あと、二〇センチ。/まだ、開かない。 一〇センチ。/まだ。 五センチ。/開く。同時に光子操作展開。大鎌が高速回転。 切っ先を引く。フェイント。/大鎌半回転。 連突き、初手。/大鎌の刃が弾く。 連突き、次手。/柄の底部で捌く。 連突き、三手。/大鎌の合間を抜けた。 しかし、大鎌に大剣を絡め取られた。/絡め取った。 大剣から手を離す。/大鎌を構える。 両手に意識を。/鎌を上段から。 ――来た!/振り下ろす!! キィンッ、と硬質な音が訓練場に響く。 イシャムと双月は動かない。互いに見つめ合ったまま。 双月の手は何も握られていない。額の辺りで交差された掌には淡い光粒子(フォトン)の光が宿っている。 イシャムの手は大鎌を振り下ろしていた。 その尖端は途中で喪失したまま。 双月の背後に光粒子の破片が舞い散る。くるくる、と数度弧を描いて大鎌の刃が真白な床に突き立った。 「……つくづく、僕の予想を裏切ってくれるね。アナタは」 仰向けに倒れた双月を見下ろしながらイシャムが微笑った。双月も笑みで返す。まだ、躰は動かせないぐらいに疲弊していた。 途中で折られた愛用の鎌を見つめる。 「まさか、光子操作して武器をへし折るなんて、ね」 「…………一か八かの賭け、だったがな」 双月の両手に灯った光粒子――相手の光粒子の弱体化――の輝きが消える。 その技はイシャムの操作に比べると、随分と拙いモノだ。だが、ソレは瞬時に編み上げられ、操作し、抑制し、捻じ伏せられて――大鎌に宿る光粒子を打ち消した。しかも双月は意識すらする事無く。 それは――、 「――最後に勝つのは、全ての理論、理性、理知すら凌駕する。生物としての『闘争本能』とでも、言うの?」 そんなシ・オンの問いにキャラダインは応えずに、モニタールームを後にした。その顔がどんな表情をしていたかシ・オンは確かめる暇すら無かった。 |