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1. 京都議定書 03.01 環境保護派や世論の顔色を伺う政治家は、温暖化を「地球に破滅をもたらす元凶」のように扱いながら、根本的な解決策は何一つ打ち出そうとしない。効果的な対策はエネルギー料金の高騰を招くため、猛反発を食らうに決まっているからだ。そんな中、米国のブッシュ大統領は、38ヶ国に温暖化ガス削減を義務づけた京都議定書からの離脱を表明することで、そうした偽善を放棄した。京都議定書は「恣意的で科学的根拠がない」とブッシュは言う。これは正しい指摘だ。 2008〜2012年を期限とする温暖化削減目標は、1990年比で米国が7%、日本が6%、EUが8%だ。一方でロシアは90年と同じレベル、オーストラリアは8%増、中国やインドは規制対象外だ。目標値は、現実の外交を反映しているにすぎない。ブッシュが指摘するように、これだけの多くの国が対象外では、削減目標を達成しても効果はたかが知れている。 米エネルギー情報局によれば、温暖化ガスの代表格である二酸化炭素の全世界の排出量は、90年代で58億トン。このままでは2010年までに78億トンに達するが、議定書の削減目標はそれを73億トンに抑えるにすぎない。途上国の増加分が先進国の削減分を上回ってしまうからだ。 議定書によれば、各国は低コストで温暖化ガスを削減できる国から「排出権」を買える。この「排出権取引」をクリントンは強く支持していた。しかし、この計画はある種のペテンだ。ロシアやウクライナといった国々は必要以上の排出量を認められ、余分な排出権は米国に売却できる。結果的に、米国もロシアもウクライナも排出量を削減しなくてすむ。 また、途上国が経済成長によって貧困を減らすのは当然の権利だが、そうなればエネルギー消費量が増え、ガス排出量も増える。一方の先進国は、生活水準を下げてまで排出量を減らす気はない。これではらちが明かない。この問題は、「画期的な技術」でも見つからないかぎり、解決するのは難しいと思う。 わが国の政治家が真に温暖化を危惧するならば、議定書の受諾を米国に求めるよりも、この「画期的な技術」の開発に全力を尽くすべきではないか。 |
2. 京都議定書発効 05.03 地球温暖化を防止する京都議定書が05年2月16日に発効しました。日本の温室効果ガス排出量削減目標は1990年比で6%です。ところが、03年の排出量は削減どころか逆に8%も増えています。ということは、現在日本の実際の削減目標は1990年比で14%になります。政府は森林による二酸化炭素の吸収と化石燃料の消費を抑制することに加え、排出量取引を活用することで目標を達成させるようです。 地球を無限と錯覚した人類は、自然を破壊し資源を消費してきました。20世紀半ばまでは、それでも地球は持ちこたえました。しかし、今では都会を中心に、日常の生活排水ですら河川の汚染を引き起こしています。このように地球環境汚染が深刻になる前から、自然は水俣病や四日市喘息など、公害を通じて人類に警告を発していました。人類は、そうした警告を技術的減作で解決できると思い込んでいましたが、地球温暖化は人類に対する最終警告になるかもしれません。 公害と地球温暖化の決定的な違いは、公害が一定の地域に留まるのに対し、地球温暖化は地球レベルで起きることです。したがって、地球温暖化は地球で暮らす人間すべてが加害者であり被害者でもあるのです。 地球温暖化を防止する方法は三点あります。一つは、「人口増加による大量生産と大量消費」です。1830年に10億人を超えた人類の人口は、いまでは60億人を超え、さらに膨張しています。10億人に人類が達するのに数万年かかったのに、50億人から60億人になるには、わずか20年です。このままのペースでいくと間違いなく地球の資源は枯渇します。地球の資源を消費しない革新的な技術の発明か、人為的な人口増加抑制は喫緊の課題です。 次は、「人口の化学物質による環境汚染」です。19世紀にドイツの化学者ウェーラーが尿素を人工合成したときから、人類は化学物質の創造主になりました。20世紀に入ると有機化学は化学工業と結びつき急速に発展しました。その結果、現在までに一万種を越す、地球上に存在しなかった化学物質が合成されてきました。科学技術の進歩が、天然の化学物質と人口の化学物質の間に存在していた一種の防波堤を壊しはじめているのです。これは環境汚染対策の観点から法整備を急ぐ必要があります。 最期に、「科学技術の進歩によるスピードからうまれる大量消費と大量生産」です。近年、ある技術が開発され、その技術が普及するまでの時間が急速に短くなっています。携帯電話やカーナビがこれほど急速に普及するとは、一昔前なら誰も予想できなかったことでしょう。この変化のスピードが、人間社会に大きな変化をもたらし、これまで存在してきた社会の制度や仕組み、秩序などのバランスを崩しはじめています。これはリサイクルを徹底し、無駄な資源をできる限り使わないことをみんなで協力し合うしかありません。 かつて無限にみえた地球は明らかに有限の存在であり、このままでは人類だけでなく、地球上の多くの生命が生息できなくなります。人類にとっていま一番必要なことは、一人一人の人間が地球と人類の将来について、よく考えることです。そして、人類進歩のスピードを、地球の資源に合わせる必要があるのではないでしょうか。これを実現させるためには京都議定書では物足りません。日本が環境対策で世界のイニシアチブを取るためにも、僕はもっと踏み込んだ、現実的に効果のある環境対策を求めます。 |
