
弥生〜飛鳥〜奈良
卑弥呼(175?-248?)古代日本・邪馬台国の女王。
聖徳太子(574-622)古代日本の政治家。十七条憲法の制定等、日本の国家の基礎を整備した。
小野妹子(生没年不祥)飛鳥時代の官人。607年、聖徳太子の命でわが国最初の遣隋使になり、隋皇帝に国書を差し出した。
中大兄皇子(626-671)蘇我氏を討ち、大化の改新の諸政策を断行。都を近江に移して、第三八代天皇に即位(天智天皇)。
中臣鎌足(614-669)藤原氏の祖。645年、大化の改新を断行。蘇我氏を滅ぼし、律令制度の基礎を築いた。
行基(668-749)奈良時代の僧。民間仏教の指導者。大僧正に任じられ、行基菩薩と称された。
鑑真(688-763)唐の僧。日本律宗の開祖。苦難の末、754年来朝。東大寺戒壇院を建立、さらに唐招提寺を創建した。
聖武天皇(701-756)第四五代の天皇。光明皇后と共に仏教を信仰。国分寺、東大寺などを建て、天平文化を繁栄させた。
藤原道長(966-1028)平安中期の公卿。摂生・太政大臣。娘5人を入内させ三代の天皇の外戚となり、政権を独占した。
清少納言(966?-1025?)平安中期の女流作家、歌人。本名不祥。著書「枕草子」、家集「清少納言集」。
紫式部(生没不明)平安中期の女流文学者。藤原為時の娘。著書「源氏物語」「紫式部日記」、家集「紫式部集」。
平清盛(1118-1181)平安時代末期にライバルの源氏を倒し、平氏一門の全盛時代を築く。港町・神戸の礎を築いた。
藤原秀衡(1122-1187)平泉を拠点にした、奥州藤原氏の三代目。秀衡の時代に藤原氏の栄華は頂点を極めた。
後白河法皇(1127-1192)第七十七代の天皇。退位後34年間院政を敷いた。頼朝に「日本国第一の大天狗」と評された。
鎌倉〜室町
源頼朝(1147-1199)鎌倉幕府初代将軍。平氏滅亡後、約700年続く武家政治の礎を築いた。
北条政子(1157-1225)源頼朝の妻。頼朝の死後、幕府実権を掌握。北条氏の執権政治を確立。
武蔵坊弁慶(?-1189)義経の従者として知られる伝説の僧兵。五条大橋の勝者は弁慶だっという説もある。
源義経(1159-1189)源頼朝の弟。壇ノ浦で平氏を破るも、後に頼朝に追われて自害した。判官びいきは義経人気が由来。
北条時宗(1251-1284)鎌倉幕府第8代執権。2度に渡る蒙古襲来の危機から日本を守った。
後醍醐天皇(1288-1339)第96代天皇。足利尊氏等と共に鎌倉幕府を倒し、建武の新政を敷いた。
楠正成(1294-1336)戦国時代の端緒を築く。尊氏や新田義貞等と共に鎌倉幕府を倒すも、後に尊氏と戦い、戦死。
新田義貞(1301-1338)尊氏や楠木正成等と共に鎌倉幕府を倒すも、後に尊氏と戦い、戦死。
足利尊氏(1305-1358)室町幕府初代将軍。鎌倉幕府を倒し、京の都に幕府を開いた。
足利義満(1358-1408)室町幕府第3代将軍。南北朝を統一。幕府の全盛を築く。金閣を建立。
雪舟(1420-1506)室町時代の画僧。明に渡り水墨画を学び、帰国後、個性的な日本水墨画を完成。作品「天橋立図」。
足利義政(1436-1490)室町幕府第八代将軍。応仁の乱を引き起こした。銀閣を造り隠棲し、東山文化の最盛期をもたらした。
戦国〜安土・桃山
北条早雲(1432-1519)戦国初期の武将。関東・小田原北条氏の祖を築いた。
山本勘助(1493-1561)甲斐武田家家臣。参謀役。第四回川中島で「啄木鳥戦法」を献策した。
斎藤道三(1494-1556)油商人から身を興し、美濃国主となった英傑。信長の義父で後見人。「マムシ」と呼ばれた。
武田信虎(1494-1574)甲斐国を統一した猛将。後に息子の信玄と対立。駿河に追放された。
大原雪斎(1496-1555)今川家家臣。本職の僧侶の傍ら、軍師として今川義元を支えた。
毛利元就(1497-1571)安芸の国人衆だった毛利氏を中国地方の覇者へと導いた戦国の名将。
フランシスコ・ザビエル(1506-1552)スペインの宣教師。イエズス会創設者の一人。わが国への最初のキリスト教伝道師。
松永久秀(1510-1577)近畿の武将。主君の三好、筒井氏と畿内支配を競った下克上の群雄。
真田幸隆(1513-1574)甲斐武田家家臣。真田昌幸の父。六文銭で知られる信州真田氏の祖。
北条氏康(1515-1571)小田原北条氏3代目当主。小田原城を拠点に関東の覇権を確立した。
馬場信春(1515-1575)甲斐武田家家臣。知謀・戦略に優れ、信虎・信玄・勝頼に仕えた名将。
今川義元(1519-1560)駿河・遠江(とおとうみ)・三河を支配。京都へ進出の途中、桶狭間(おけはざま)で信長に急襲され敗死。
武田信玄(1521-1573)信濃一円を制し、上杉謙信と川中島で数度合戦。京都進出を企てて家康を破ったが、陣中で病死。
千利休(1522-1591)堺の人。侘茶(わびちゃ)の大成者で、千家の開祖。信長・秀吉に仕えたが、のち秀吉の命により自刃。
明智光秀(1528-1582)信長に仕え、近江(おうみ)坂本城主。本能寺の変で謀反を起こす。しかし山崎の合戦で秀吉に敗れる。
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明治・大正
秋山好古(1859-1930)陸軍大将。日本騎兵の基礎を築く。日露戦争でコサック騎兵と互角に渡り合う。晩年は中学校長。
正岡子規(1867-1902)俳人・歌人。俳句・短歌の革新に努めた。ノボール(野球)の雅号を使用。2002年野球殿堂入り。
秋山真之(1868-1918)海軍中将。好古の弟で、子規とは幼馴染。日露戦争では連合艦隊参謀として圧倒的勝利に導く。
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