一の姫は慈愛の姫。
二の姫は快活の姫。
三の姫は幽玄の姫。
四の姫は知識の姫。
五の姫は陽光の姫。
六の姫は博愛の姫。
七の姫は春風の姫。
八の姫は運河の姫。
九の姫は初夏の姫。
それでは、十の姫は?
人々は言いました。亡者の姫、と。
女剣士は言います。賢き王者でありましょう、と。

―金色のストリスク―
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「聞いたかい聞いたかい!? 何だろうね、あのいかにも思惑があってしかたがないですよ、と言わんばかりの発言は! まったくサリアディートにもいい人材がいる」
やはりと言うか、アルヴィスは水を得た魚状態と化していた。この場合の『いい人材』とはアルヴィス=セルトベルク=フォン=エスティカリアを楽しませることのできる人材――ミュヒレイザ=アイリラ=ド=リーガルトを指す。
剣術大会が正式にお開きになるや否や些細事を放棄し、問答無用で闘士控室へと向かう道中。花の顔と表現するにふさわしい笑顔を見せ「いかがでしたか?」と問うたエスティアナ皇女の表情が、呆気に染まっていくさまが忘れられないイェインである。
◇ ◇ ◇
「我が国の剣術大会はいかがでしたか? アルヴィス皇太子殿下」
主はエスティアナの微笑みに微笑みを返し、
「素晴らしいですね、私の国にもあれほどの剣士は中々おりませんよ。聞けばルヴァーン・アイディス剣術大会に騎士は参加できないとのこと。一般の剣士でこれほどの者を集めることができるならば、さぞ強固な軍備をお持ちなのでしょうね。潤沢な貴国が羨ましい限りです」
「ありがとうございます。わたくしは軍の良し悪しについて明るくありませんが、一つ言えることがあります。わたくし、生まれてから一度として危険な目にあったことがありませんわ。殿下のお言葉をお借りするならば、強固な軍備のおかげと申し上げることができるのかしら」
にっこりと微笑む彼女に不自然ではない『間』を持ってして、彼は彼女の次の一言を押さえ込むべく発言をする。
「エスティアナ皇女、一つお聞きしてもよろしいですか」
「あら、何かしら。わたくしに答えられることならばなんでも」
巻き毛を揺らし、首を傾げる彼女にアルヴィスは笑みを重ねた。
「今までに、この大会から騎士へとなった剣士はいましたか? 優勝の褒美ではなく、王の目や騎士団の方の目に止まって登用されたことは? もちろん貴女がご存知の限りでいい」
「さぁ、どうでしょう……存じ上げません。しかし殿下、今回に限ってはそのようなことがあるはずがございませんわ。あの方は女性ですから。どこのリーガルトか存じませんけど女性が剣を振り回すなんて、わたくし正直言って驚いていますの」
なるほど。と主が頷いて見せる。イェインも心中で。
随分と、話に聞く以上にサリアディートは男性上位のお国柄のようである。記憶に刻んでおく。
「そうですか、それは大変有益な情報ですよ。しかし一大事だな。姫、御前にあって失礼。――イェイン」
……とうとう呼ばれたよ……、と彼はうんざりした心中をおくびにも出さす膝を着く。
「は」
「私は先ほどの優勝者と話がしたい。しかしながら彼女が騎士に登用されることはない様子。このまま見失ってしまえば、探し出すのも困難となるだろう。お前は選手控えを知っているか?」
瞳には有無を言わせぬ力が宿っている。
――話をあわせろ。
「はい、闘技場内の施設は一通り把握しています。お行きなられるならば、わたくしが御案内することも可能です」
「わかった。――姫、申し訳ない。急用ができてしまいました。この場を無粋に終らせることを許していただけますか?」
「え」という表情が透けて出てしまうあたり、皇女は非常に素直と言えた。すでに人の去り始めた皇族席。彼女の背後に控える従者は一様に屈強で帯剣した男ばかりが四人。イェインの察するところでは恐らく大会の終了後、アルヴィスと共にお忍びで皇都散策でもしたい腹積もりでもあったに違いない。なにせ彼女は主の妃第一候補である。
アルヴィスは壊れ物のようにエスティアナの手を取る。
「私は気になるもの、欲しいものを是が非でも射止めたいと思う性分でして。――そしてそうするためには逃してはならぬ瞬間と言うものがあると思うのです」
白い甲に口付ける。
「申し訳ありません。貴女の元から去ることを、私の寂しさに免じて許して下さい。今夜は夜会があると聞きました。その席でまたお会いしましょう、エスティアナ様」
「……はい!」
皇女の称号が消え、敬称――『様』へ。
真っ赤になった彼女を、イェインは非常に気の毒に思う。引きとめようとする他国の姫君をいかに失礼なく黙らせるか。その答えをアルヴィスは『急用という名の慌しさ』でまず場の空気を乱し『歯が浮くような言葉で女心に漬け込む』ことで収束とした。平素緩みっぱなしの顔を整えさえすれば元はいいのである。無駄に。
「わたくし、夜会を楽しみにしています! それではごきげんようアルヴィス様」
「私もですよ。では、失礼します」
従者は静かに会釈し、身を翻す主の後を追った。
闘士控室は闘技場東に位置する。石に囲まれた通路を急ぎ足で進みながらイェインは肩をすくめた。
「しっかしどういう意味なんですかね。死者を甦らせたいって、ゾンビでもあるまいし」
『わたくしの願いは、死者を甦らせることにございます』
剣士の表情からは気狂いの様子は見受けられなかった。なによりあの正確な剣さばきは狂人には扱えまい。
「さてね。よそ者の我々には分からずとも、ジェルリド王には何か思い当たる節があるような感じだけど……。興味深い。黒魔術信仰でも行なわれているのかな、この国は」
「馬鹿言わないで下さいよ。大体なんですか、王が知っていそうだってのは。いつもの勘ですか?」
「もちろん勘だよ」
営業専用の引き締まった表情と白を基調とした正装を崩し始めるアルヴィスは、まず脱ぎ捨てた長衣を従者に押し付ける。イェインはずしりと重いそれを抱えながら、開放感を味わうように首をコキコキ鳴らす主に憮然と顔をしかめた。
「重いんですが」
「ああ重いね同感だ。大会中それを着ていた私の身になれたかい。どうだ、かわいそうだろう。まったく健気だね。剣術大会にめかしこんで一体どんな意味があるんだか。――さて、急ぐか」
それが貴方の仕事ですよ、と言いたくなったイェインであったが言葉を飲み込む。
「はいそうですね。おれがこの長衣を道端で捨てたくなる前に、リーガルトさんに会いましょう」
「剣呑な部下だね。城下で拾った時はもっと可愛げがあったのに」
「……古い話を持ち出さないで下さい。おれの人生最大の汚点なんですから」
◇ ◇ ◇
ラティアリーズ=シルドは憤慨していた。
勝者の間――祝いの花と果実に囲まれたその部屋で女剣士を目にした途端、突っかかっていくほどには憤慨していた。
「ミュヒ、あれはなんですか。あなたは自分の人生を不意にするつもりですか。せっかくの、折角の最良の機会であったのに……っ、もうないかもしれない」
「――エミラティア様」
「私の名前はラティアリーズです。ラティアリーズ=シルド」
ぴしゃりと言い放つ。
「あなたは剣士でしょう。いえ、騎士でしょう。一介のお針子風情に『様』付けで呼ぶなどおかしいのですよ。それを、たかが女という理由で、こんな場所で腐っていていいのですか」
ミュヒレイザは表情を緩める。
「エミラティア様、貴女がご心配になる必要はございません。何度でも申し上げますがわたくしは貴女の傍仕えの仕事を気に入っております。しかもわたくしは剣士でありこそすれ、すでに騎士ではない」
「頑固なミュヒ。適材適所という言葉を知っていますか? 私には、あなたは勿体ないのですよ。私はひとりで生きていけます。傍仕えなどいらないのです。そこに、あなたを巻き込みたくない」
ひたと見合わせる。いつも通りの平行線の会話。
「大会に出ると聞いて、とても嬉しかった。ようやく自分のいるべき場所に戻ってくれる気になったのだと思いました。――どうしてですか? 私はあなたに何もしてあげられない。正当に扱えないのです」
「お心遣いありがとうございます。しかしこれだけは。――わたくしが宮城に戻る時はあなたが宮城にお戻りになる時です。そのためならばどんな尽力もいたしましょう。私はあなたに着いて行く。よろしいですか、貴女こそこのような場所にいるべきではないのですよ」
「私は、お針子です……」
頭を振るとわた飴のような毛質のそれがふわふわと頬をくすぐった。ミュヒレイザはふと視線を戸口へと向ける。優秀な剣士の常で彼女もまた、気配に敏く、音に敏い。
「――『ラティ』、誰か――恐らく複数名でやってまいります。どうしますか」
ラティはアイスグレイの双眸を細めた。
それは、二人の空気が入れ替わった合図。
◇ ◇ ◇
「話し声が止みました。どうやら既に面会者が来ていたようですね」
「いつも思うんだけど、お前の耳はどうなっているんだ。よく聞き取れるな」
「有から無への転換は案外分かりやすいもんですよ。剣士のたしなみです。――先払いをしますか?」
先払いとは貴人の行く手の人間を退かせておくことを言う。
いや、とアルヴィスは和やかに訂正した。
「正々堂々正面から乗り込もうじゃないか。別に王族が来たぞと脅したいわけでも、悪いことをしに来たわけでもないのだからね」
「そうですか。では行きますよ」
と、イェインが戸を鳴らそうとした折であった。室内から『面会者』の声が響く。どうやら妙齢の女性のようである。
思わず木目を凝視した。
「もう相変わらず凄いですねミュヒは! 私も鼻が高いですよ」
笑みまじりの弾んだ声で室内の女性は語る。
「今夜はシレンさんがお祝いしてくれるそうです。楽しみですね。あなたの好きなラスクも大量に用意してくれているはず。きっとおいしいですよ」
扉を打つ手を持て余し、続けるか否か振り返った先にひどく楽しげな顔をした主がいた。
「何ですかその顔は」
「何って何がだい? まあいいじゃないか、楽しそうに笑っているだろう、私は。ああ、続けてくれていいよ」
「では」
三回、木製の扉が音をたてる。
「はい」
返答は一際落ち着いた声の持ち主で――先ほど耳にした女剣士のもので間違いなかった。
「失礼します、リーガルトさん。おれはイェイン=ターナスといいます。少々お話をしたいのですが、お時間いただけるでしょうか?」
「どうぞ」
簡潔な返答の後、開いた扉の先には二人の女性がいた。一人は今しがた大会で優勝した剣士――ミュヒレイザ=アイリラ=ド=リーガルト。そしてもう一人、非常に不思議なことにごく普通の平民の娘がそこにいた。
『ド』とは貴族の称号である。その彼女と平民、どういう繋がりがあるのだろうかとイェインは首をひねる。とりあえず自分と主のことは棚の上に置いておくことにする。
「初めまして、私はアルヴィスという名のしがない貴族です。貴女の剣技にいたく感動しまして、ぜひともお話してみたいと思ったのですよ」
ここでとび色の彼女に視線を向けた。
「お客様をお迎えの中失礼をいたしました。よろしければ御紹介いただけますか? 女剣士」
「申し訳ないアルヴィス殿。彼女は私的な友人ですがなかなか内気な娘でして、先ほどから畏まってしまっていけない。――さ、今のうちに家へ」
「は、はい!」
くせ毛の娘は顔を伏せて出て行こうとする。城で身につけた『女性は大切に』の精神をいかんなく発揮し、通路に出たイェインは扉を開けたまま保った。
「ありがとうございます。――ミュヒ、お邪魔しました。では今夜」
頷き返し見送ったミュヒレイザは彼らに向き直り、改めて堂にいった仕草で迎え入れる。
「失礼を、皇太子殿下。わたくしの名はミュヒレイザ=アイリラ=ド=リーガルトと申します。他国のお方が何用でございましょう」
「おや、バレていたか。肩書きは気にしないでもらいたい。君はそういうものを気にしない性質だろう?」
「……左様でございます」
「では、問題ない。――単刀直入に言おう。私の国で働かないかな?」
少しも単刀直入ではないじゃないかとイェインは呆れた。激しく変化球である。断られることを前提とした、揺さぶりであることが目に見えていた。
剣士は泰然と動じず、むしろ形を崩す。
「お断りします。それが本題ですか? ならば御前を失礼します。これから私用がございますので」
動じないばかりかやれやれと立ち上がり退室しようと身を起こした彼女に、さすがのイェインも驚きを隠せない。王族相手に凄まじい豪胆さである。確かにアルヴィスはこれしきのことでどうにか思う人間ではないが。
返答も聞かず、すでに背を見せる彼女にアルヴィスは問う。
「さっきジュルリド国皇の御前で言った『死者を甦らせたい』とはどういう意味なんだい?」
「ですから――」
「君は忠誠を誓ったことに嘘がないと証明するためと言っていたけど、とても額面通りの意味だとは思えなくてね。剣士である君が死者を盲信しているとは思えない。このままじゃあ、今夜は眠れそうもないほど気になるんだよ」
女の背中はしばし何も語らなかったが、ややあってぽつりと答えた。
「あれは、嫌味です。国のためにその方は亡くなりました……亡くなるべきではない方でした。生きて、もっと生きるべきでした。そのように思っているのは私の一方的なもののようですが。――私は、この国が、嫌いです。確かに貴国ならば女の身でも活躍できるのでしょう。けれどもあの方が守りたいと仰った。ならば私はここに残ります」
一礼し、退出する。
見送りながらアルヴィスはそっと柄を握る。指令を出す。
『追え』
どちらを? など、訊ねるまでもない。持たされたままであった長衣を持ち主に投げ返して、彼は実行に移す。
お嬢さんの方に決まっている。優秀な剣士の尾行ほど骨折り損になるものはない。
『では今夜』
ならば娘を捕まえておけば必ず接点が生まれる。それは両者の行動を掌握するに等しい。
「私は着衣を整えてからすぐに行くよ。いやいや楽しくなってきたねー」
すでにイェインの姿はない。
◇ ◇ ◇
「そこなお嬢さん、菓子はどうだい。その甘さは口の中でほどけるほど柔らかく上等無比! 皇都にあって食べなきゃ損だよっ」
「この布の輝きの見事なこと。さあさお手を拝借! ご覧になって頂戴な!」
屋台を覗き、雑貨屋に顔を出す。闘技場を出たラティは街の活気を楽しんでいた。あらゆる場所から伸びる勧誘の手は賑々しさの象徴でもあり、各々の生気に溢れた国皇の膝元は逆説的に没個人を誘発する。一同を同じ色に染め上げられるということ。ラティにとって望むべくした環境である。
彼女を知る街の人々は『ラティアリーズ=シルド』を風変わりな没落貴族だと認識している。いつまで経っても抜けない丁寧な言葉使い、生活の端々に見られる洗練された身のこなし。
決して高飛車な態度であるわけでも、世間知らずなとんちんかんな言動をするわけではない。しかしどうあっても彼女は普通の街娘ではなかった。共に生活すればするほどにそれは顕著に表れる。
没落貴族の娘の身のやり場というと、お決まり所では大商人の家庭教師などが上げられるものだが、そこは風変わりな娘のことお針子という凡百な仕事を好んだのだろう、と。
そのように理解され三年前の春、何も持たなかった彼女は受け入れられたのだ。パン屋の女将シレン=カーディスによって。その伝手で紹介された仕立屋に。
ラティは装身具の出店に目を止めた。銀の台座に青い硝子のブローチがとても美しいと思った。
「このブローチ、素敵ですね」
「そうでしょう? 気泡が少ないことで有名なユネイ産の硝子よ。1ルードでどうかしら」
――……高い。とても手が出せない。さらに市場価格にしても少々高い気がする。
サリアディートの通貨は、10リドで1クルド。10クルドで1テーベ。10テーベで1ルードの価値となる。ちなみに1ルードはラティの半月分の食費に値した。
「6テーベなら買ったのですが」
「ユネイ産の硝子が6テーベ? ないわよそれは。そうねえ、6テーベの予算ならこれはどう? これだってユネイ産の硝子だけど、6テーベでいいわ」
緑の硝子が美しい指輪である。
「わあ、綺麗ですねえ。6テーベか、そうだな。どうしようかな。困ったな。――これ、私が使うのではなくてお祝いなんです。だから……」
唸る。
「あらそうなの。何のお祝いなの?」
ラティはふと満面に笑む。
「聞いて下さいますか? ルヴァーン・アイディス剣術大会で、知り合いが優勝したんですよ!」
「まあ。いやだ、それ本当? すごいじゃないの。なるほどねえ、それでお祝いか」
「はい。ミュヒなら必ず優勝すると思って、今までコツコツと溜めてきたんですよ。――こんなことを言ってるとシレンさんやリザさんに怒られるんですが、私は生憎薄給で」
くすくすと女主人が笑みを漏らす。
「6テーベはあるけど1ルードは持ってないのね。けどもう少しいいものが欲しい?」
「……はい」
仕方ないわね、と女が足元の布袋から取り出したのは青い硝子の耳飾りであった。小粒ながら純度が高い。深い、吸い込まれそうな色を放つ青。
「これ、75クルドで売ってあげるわ。特別よ。あなたみたいな人を、得する性格をした人って言うんでしょうね」
商人である女の言葉を鵜呑みにしたわけではないが、値段は安くもなく高くもない妥当なものがつけられていると思った。ゆえに頷く。
「それ、いただきます」
かくして商談成立である。
「さて、と」
立ち上がってラティは周囲を見渡す。買出し中に消えれば白であったのだが。
「どうやって対処しましょうか、困りましたね……」
背後にずっと人影がいる。いつからだろう。着かず離れずの距離を保ったまま、ずっと。尾行である。
「私はお針子で、こういうのは専門外ですし。……勿論のことお金も、持っていませんし」
ブツブツ呟きながら彼女は歩き始める。「ただのお針子に気配を読むという芸当ができるはずがないですよ」と注釈を入れる者は、非常に残念なことにその場にはいないのであった。
◇ ◇ ◇
装身具屋で何やら購入した娘が再び動き出した。横目で観察しつつ、果実を頬張るイェインに緊張の言葉は無縁であった。よもや気づかれているとは夢にも思わず、芯を投げ捨て後を追おうと歩みを進めたところで背後から声がかかる。
「どうだい?」
「あくびが出るほど簡単な仕事です。今のところ」
そうかと頷く主は簡素な装いに身を包んでいた。皇太子の正装に比べれば雲泥の差と言えようが、せいぜいどこか貴族のぼんぼんがお忍びで城下に来ているとしか思えない出で立ちではある。間違っても平民の装いではない。それでいいのだが。
麻の衣装など、決定的にアルヴィスには似合わないのだ。逆に浮いてしまって返って目立つ結果となる。ゆえにこれが適度。街並みに溶け込む。
「どうします。偶然でも装って声をかけてみますか?」
「いいね、それ。殺し文句は『金を出せ』で決まりだな。さあ行っておいでイェイン」
「いいですね、声を出すな、後ろを向くな、動くな、金を出せ。って……本気ですか?」
「良い乗りツッコミだ。惚れ惚れするよ」
ちょいちょいと手招きし、詳細を告げる。不審気に眉根を寄せていた従者は、最後には不審そのものの顔で主を見やる。
「さあ、行った行った。いざとなったら私が助けてやるから」
「……本当に頼みますよ」
『可能な限り大通り近くで脅すがいいよ。私の考えが確かならば、それで全部はっきりするはずだ』
背後二時の方向に巡回兵が三名。十一時の方向に同じく五名。
各地から種々様々な人間が集まる大会の時期、さらに他国の王族が訪問しているということで皇都内の警備は非常に厳しい。
そのような場所で強盗事件を引き起こせばどうなるか、想像に難くないだろう。
イェインは細心の注意を払いながら手の平に納まるほどの小刀を取り出す。何気ない動作で人ごみに乗りながらとび色の娘の背後を捕らえ、肩を捕らえた。視界の端に黒い影を落とす路地を写しながら。
「一つ、声を出すな。二つ、抵抗するな。おとなしくしていれば殺さない。――来い」
眼下の双肩がか細く震えている。
――なにやってるんだおれは。
仕事である。
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