+デジ絵本 別冊2

□夢の夢 (ジーナ・ジーマの場合)


 ある山間の町に一人の少女がいました。
この夏で14歳になる、この少女の名は『ジーナ・ジーマ』。
優しくて、さばさばした明るい少女ですが、彼女を知る人はこう言います。
『あの子はしっかりしたいい子だよう、でもちょっと変わっているね。』と…。
本人は気にしていないようですが、それでも少しは耳に入ってくるようです。
『そんなに変わっているかしら?』時々自問してみます。
でも薄く浮いたそばかすの事と同じで、やっぱりすぐに忘れてしまいます。
彼女はまとまった時間ができると、少し先の洞窟に通っていました。
街中の人が知っていることですが、彼女はその洞窟の壁に壁画を描いているのでした。

 洞窟は夏の間も外の暑さがウソのように、ひんやりして静かです。
広くて日が差す入り口から1歩足を踏み入れると、すぐに光は届かなくなります。
ランプを灯すといつものクセで、
指先で壁に触れるようにしながら、描きかけの壁画のところへまっすぐ向います。
彼女は実際、目をつぶっても洞窟を抜ける事が出来ました。
小さい頃から何度も歩き回って、この洞窟のことは知り尽くしていました。

 今描いている絵の近く、壁のくぼみに隠すように小さい鍋やコンロなど置いています。
坂道の途中に湧水もありますし、
洞窟の所々に外に通じる空気穴があるので、ちょっとした火を起こす事が出来ます。
そうしようと思えば彼女は1日中でもそこで過ごす事ができました。


 ある昼過ぎのこと、今日も彼女は洞窟に向かいます。
「ジーナや、気を付けて行くんだよ、暗くなるまでには帰っておいで。」
そう声をかけられながら、いつもの坂をゆっくり登っていきました。
「ジーナー!」誰かが坂を上ってきます。
小柄なその少年は、3歳下のジーナの従弟のユサンです。
一気に坂を駆け上って息を切らしています。
「ジーナ、僕もついて行ってもイイ? 邪魔しないからさ。」
たまにはこうして、誰かが絵を見に来ることもありました。
でも大抵すぐに飽きて帰ってしまいます。
ユサンだけは飽きることなく何度もこうしてついてきました。
ジーナの荷物を取り上げると、ユサンは先に立って歩き出します。

 ついた場所は開けた広場のようになっています。
ユサンは時々ジーナに話しかけたり、石を拾ってレンズで調べたり、
コンロで火をおこしてお湯を沸かしたり楽しそうです。
ジーナはいつも自然に周囲に溶け込める彼に、心から感心する事があります。
何をしても、どこにいても、うるさく思われるという事がないのです。
『一種の才能なんだろうな、ユサンらしい。』と思うのでした。

 ランプの灯りとコンロの燃える火に照らされながら、壁の絵に色を置いて行きます。
そんな時たまに、ジーナは不思議な感覚にとらわれます。
まったく空は見えないのに、今鳥が上を通って行ったとか、
夕焼けが今日は薔薇色だとか、
夕立が降ってきたなど外の事が手に取るように分かるような気がするのでした。
もちろん見えないので、本当のところどうなのかは分からないままでした。
でも帰りに道が濡れていたりしても、不思議に思うことはありませんでいた。

 お湯が沸いたので一息入れる事にしました。
ユサンはジーナの入れたコーヒーを、いつでも一口だけ飲んでみます。
この世の終わりのような顔をするユサンをみて、
苦くて飲めないなら止めておけば良いのにと微笑うと、
「もしかして今日は美味しいと思うかもしれない。」と嘯くのでした。
ユサンにはいつもの甘いお茶を入れてあげます。
ジーナはコーヒーの香りが大好きでした。
本当は彼女にもまだ少し苦いのですが、
コーヒーの香りを嗅ぐと、ゆったりした懐かしいような気持ちになります。
こんな風に洞窟で過ごす時間そのものが、彼女には大切なものなのでした。
 
洞窟

 ユサンが片付けを引きうけてくれるので、ジーナは絵の続きに取りかかりました。
滑らかな壁に寄りかかるようにして細かい文様をなぞります。
こうして絵を描く事の他に彼女には夢がありました。
それは外の世界を旅する事です。
   
   生まれた場所から遠くへ離れずに、人生の旅を終える人が大半な時代です。
でも彼女はいつか大好きなこの町を離れるでしょう。
いろんな場所を見て、たくさんの人に出会って、そして誰かの力になりたい。
それから出来れば、遠い昔に誰かが描いた壁画も見てみたいと思っていました。
彼女は壁画なんて、この洞窟の物しか見た事がありません。
遥か昔から、人々はどんな思いで壁に向かったのでしょうか。
こんな風に夢や希望をを刻んでいったんでしょうか。
ジーナの親族にも何人か旅立って行った人がいました。
しかし誰も戻ってきませんでした。
でも彼女は旅を終えて、いつか必ず大好きなこの町に帰って来るつもりでした。

 『そんな事が本当に自分にできるかしら?』 ジーナはフウッと息を吐きました。
少し離れると全体の色合いを確かめます。
ジーナはこの絵にもなにか意味があるのだと思います。
そして一筆ごとに願います。

  赤は旅立つ人と、待つ人の情熱を、
  黄色は旅立つ事と、待ち続けるための勇気を、
  青はどんな危機も乗り越える冷静さを、
  緑は健やかさを、 黒は安らぎを、
  そして白はすべての人々の希望を…。
 
 壁を伝って、生命の色をした夕日が沈み行くのが分かりました。
もちろんジーナがそう感じただけです。
今日はこのへんで終わりにしましょう。
ずっと静かだったユサンは、壁にもたれて軽い寝息を立てていました。
彼に旅の話をしたら、きっとユサンは自分も行くと言い出す事でしょう。
それでこの夢の話は誰にもまだ内緒にしています。
ユサンはユサンでいずれ自分の夢を見つけることでしょう。

 いつか旅立つとしても、それはまだまだ先の事です。
しばらくゆっくりとこの壁画を塗っていくつもりでした。
この仕事は完成しなくてもいいとも思っています。
ひょっとしたら物好きな誰かが、この続きを塗ってくれるかも知れません。
それに、どうなれば完成なのかもさっぱりわかりませんでした。
この絵がなんになるのか、ただ彼女は彼女がやりたい事をやっているだけでした。

 道具を片付ける気配にユサンが目を覚ましました。
ジーナは特に考えずにランプを消し、ユサンはコンロの火を慌てて消しました。
真っ暗になった洞窟で、突然ユサンが壁画を指し声を上げました。
ジーナが振り返ると、壁画の部分が妖しく青く浮かび上がって見えます。
最初は壁につく光ゴケか、ランプの残像かと思いました。
でも壁の他の部分は真っ暗なままでした。
絵が出来あがったところだけが青白く光を放っていました。
それは暗闇に目が慣れるまでのほんの束の間の出来事でした。

 火種を使ってランプをつけると、もう何も不思議な事はありません。
ジーナ・もユサンもぼんやりと壁を見つめていました。
「ジーナ、今確かに光っていたよね。」
「綺麗だったね。」
そういうと、ジーナは手早く荷物をまとめて歩き出しました。
踊る影の中、まだ夢見心地のまま二人は並んで入り口へと向いました。

 洞窟を抜けるとまだ昼の熱気が少し残った空に、星が一つ二つ輝いていました。
残っているはずのないコーヒーの香りが、夜風に甘く香るような気がしました。
ジーナがバンダナを外すと、少しだけ秋の気配を含んだ風が三つ編みを揺らします。
そっと深呼吸すると、ユサンを見ました。
目が合うとユサンはうれしそうにニッと笑って荷物を取り上げ、急な坂道を駆け下ります。
「ジーナー、お腹空いたよ。早く早く!」

ジーナはその後姿を見守りながら、ゆっくりと家路を辿り始めました。

家路

                                     おしまい。
2004-08-27 

この作品の主人公ジーナ・ジーマは、
森ノ夜鷹』さまのHPである『えとらんぜ』さんの
ある企画に参加するにあたり生まれたキャラです。

夢の夢は企画とは独立したお話としてお届けしています。
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