デジ絵本3 +水の空
――どうやら、僕は死んだらしい――。 目を覚ますと、そこは青い水に囲まれた不思議な場所だった。 たしか、車にひかれかけた子犬をとっさに助けようとして…、 僕のほうが車にぶつかったらしい。 その後の記憶が無い。 かすかに覚えているのは、友人達の遠い叫び声。 それにしても、ここはなんて静かで気持ちの良いところだろう。 青い透き通った水と、小さな島がポツリポツリとあるだけの。 空を見上げると、晴れ渡って明るいのに太陽の姿が見つけられない。 薄い雲しかないのに、曇天のように空一面が一様に明るい。 僕は、気がついた時から座っていた、島の1つにゴロンと仰向いて、 澄んだ水色の空をただ眺めていた。 死んでしまったかも、と言う事に対して不思議となんの感情もわいてこない。 あまりにも、身近な人を突然失ってから、 かすかに自分がそれを、少なからず望んでいたのかも、という思いが泡のように浮かんだ。 なにも聞こえない。 …静かだ。 「ここが、天国ってところなんだろうか。」 思った途端、軽い衝撃を受けて、僕はその島から転げ落ちた。 「な、なんだー?」 慌てて振り向いた先には、僕と変わらない背丈の、 長い黒髪の少女がこちらを睨んでいた。 「おい、そこのおまえ! なにをボーっとしているんだ。早く戻らないと本当に死んでしまうぞ!」 どうやら、少女に蹴飛ばされたらしい。 おおよそ、似合わない言葉使い。 一応警告してくれているらしい事はわかったが、僕の思考は止まっていた。 少女は綺麗に整った眉を吊り上げ、見下ろしている。 「えーっと。」 僕と来たら、未だになにも分からず、少女を見つめて水の中に突っ立っていた。 呆れたためか、少女はそれ以上なにも言わずに、僕を引っ張りあげてくれた。 島にいつのまにか白い小さな舟が着けられていた。 少女に促されるまま乗り込んだ舟は、思ったより乗り心地が良くて、 文字通りすべるように進んで、波音ひとつ立てない。 近づくまでまったく気がつかなかったはずだ。 少しの間舟を進めながら、 少女はここが 「水府 スイフ 」と呼ばれるところであり、 水の眷属のすむ世界であること。 僕等のすむ世界とも所々つながってて、 たまにこうして人が流れてくる事があること。 そして、ここには生身の体は入って来れないらしい などと、教えてくれた。 「という事は、僕は身体が無いってこと?」 僕は自分の身体を見下ろしながら言った。 「そう。ここに来ているのは、おまえの意識だけ。」 長くとどまると、身体に戻れなくなるそうだ。 「…別にかまわないけれど。ここはきれいだし。」 言った途端、今度はげんこつが飛んできて、僕の頭をしたたかに打った。 「バカな事を言うんじゃない。 ここは、人の言う天国とかじゃないんだよ!」 また、怒らせてしまったようだ。 身体が無いのに痛みを感じるなんで、理不尽だよな。 と、口に出さずに思う。 少女は前を見ながらきっぱりと言った。 「ここでは、とうに死んだ人にも、今生きている人にも会えない、 中途半端なままでしかない。 どうしても死に急ぎたければ、戻ってから好きにしたらいい。」 僕は、なにも言えずに、少女の横顔を見ていた。 舟が進むままに、いくつもの奇妙な形の岩や島影を通り過ぎていく。 淡い色の花ばかりの小さな島。 大きな森のようなものが見える島。 高く高くそびえるものや、建物の廃墟らしき影のある島。 1度だけ、人影らしきものを見たような気がした。 が、それと分かる前に見えなくなってしまった。 なんて綺麗で寂しいところだろう。 水に手を浸してみて、ふと気がついたが、さっき水に落ちたときも 今も濡れた感触が無い。 水は確かにひんやりと冷たく感じるのに、触れている実感もあまりないのだ。 するりと、魚のようなものが舟に座った2人の間をすり抜けて行った。 僕はよほど間抜けな顔をしていたようだ。 少女ははじめて小さく笑った。 長い髪をゆっくり風に拭かせている彼女は、なんだか淋しそうに見える。 でも、おおよそ彼女には、その顔はそぐわないような、違和感のあるような気がした。 「君はここに住んでいるの?」 思ったとおり、少女は首を振る。 「じゃあ、君も…」 「ここは私の世界ではない。 でも、ここにいるのは、自分の意思だよ。」 少女は先を指さした 「ほら、あの門をくぐると、もとの世界に戻れるよ。」 突然告げられて見ると、水の上に白い風化したような門があった。 ただし、僕の目線のずっと上の方だったが…。 「言っただろう? ここは、水世界。 おまえの知っている世界とは、違うんだ。 それでも、意識せずになんとか自分の知ってる常識に、辻褄を合わせようとするらしいね。」 すっと立ち上がると、ちょうど水に浮かぶように上へと、昇っていく。 手を差し伸べられて、僕も不恰好ながら浮かび上がった。 ![]() 門にたどり着いて上を見ると、やはり先ほどと同じ空のようだし、 門は相変わらず水の上に浮いているように見えた。 下を見ても、舟は見えず水面が揺れているだけだった。 白い波がたち、ゆっくりと水が流れている。 見上げる空にも、水が流れているのだろうか。 「ほら、おまえの世界に、みんなの所に早く戻るんだ。」 言われて、僕は慌てて少女に名前を尋ねたが、答えは返ってこなかった。 そのかわりに、 「今はいない人のことを思うのは、別に悪い事でもなんでもないけど、 そのせいで先に進めなくなるのは、おまえにも、周りにいてくれる人にもつらいだけだよ。」 そう言って、少女は僕の背中を押した。 「さようなら。」 振り返ると少女は白い門の外で風のように笑った。 髪が一瞬激しくゆれる。 途端に何が違和感のもとかわかったような気がした。 この世界にそぐわない強い意思を持つ瞳。 もう1度別れをつげて、姿が消えるまで手を振リ続けた。 そうして、僕は心配性で泣き虫で、僕を残して行ってしまった人への思い出に、 一時の別れを告げ、騒がしくて温かい友人達の待つ世界へと、帰る事ができたのだった。 ―おしまい― |