デジ絵本12 +夕闇の魔法

夕暮れの街
 夕空の色、赤い色。 

 仄かに色を変える夕暮れの道を、少女は家路を急いでいた。
名前は「ユーリ」。 
母は幼い頃に亡くなり、父と祖母との3人で暮らしている。
父は忙しい人だが優しく、祖母は物知りで手先が器用で、
母親と変わらず家の中のことを切り盛りしてくれていた。
だからユーリはさほど淋しいと思ったことはなかった。

 少し早足で石畳の道を進む。
お日様の残した、色とりどりに広げた薄い紗のような光の裾が、
蒼褪めた夜の中に溶け込んでしまう前に、
暖かい家の戸口に辿り着きたかったから。

 西空にひとつ、ゆっくりと生まれた宵の明星はまだ明るい空に灯るシグナル。
神話では人を見守り、いまだ落ち続ける天使だという。

 いつも通いなれた道も、少し遅くなってしまったためか、
たそがれ時のこの一時には、薄い目隠しごしに見るように姿を変えている。
街灯はすでに夜なのか、それともまだ昼の続きなのか、
決めかねているようにぼんやりと立ち尽くしているばかり。

 なぜか今日は心乱れて、長く伸びた自分の影法師の後ろに、
もうひとつ影があるような気がする。
自分自身の鼓動が響いて、重い足音が追いかけてくるような気がして、
何度か夕闇の空っぽの道を振り返ってしまう。

 落ち着こうとして、フト頭の中に浮かんだ言葉を口に出して呟いてみる。
小さい頃、祖母から聞いた、おとぎばなしの呪文。

「影は光に
 終わりは始まりに
 誰も私を見つけられない…」

 ちょうど暗い横道を横切ろうとしたとき、
飛び出してきた少年とぶつかりそうになった。
あまりにも驚いて少女は口を押さえて立ち尽くした。
何度も謝りながらユーリの落とした鞄やこぼれた小物を拾う少年に、
やっとのことで気を取り直して、気にしないようにと笑った。
我ながら驚き過ぎだと、内心呆れてしまう。

不思議な少年

 鞄をユーリに手渡しながら、
少年はもう一度頭を下げる。
「お詫びにこれをさしあげます」
そう言って何かを少女に差し出した。
 
 反射的に受け取ってしまってから
慌てて振り返ると、少年はもう走り出していた。
たちまち夕闇に紛れて消えてしまう。

 「お守りです。」
そう、声だけが返ってくる。






困って手のひらを開くと、小さく光る装身具だった。
小さく輪を描く金のつる草の中心に、ひときわ明るい石の花。
その緑色の光に一瞬辺りが映えわたると、少女は一人広い草原に立っていた。
草色の魔法
揺らめき萌える草色の炎。
草の先をかすめて走る風の音が、
低い口笛のよう。
宝石の花は緑色に光って、
木々の木漏れ日とも、
深い沼のゆらめきとも見える。
それはまるで魔法のように煌いて
少女の心に刻まれた。


「持ってお行き、アテルナの娘。」
遠い声が囁く。
 −突然の光にはっとすると、頭上にくっきりと街頭がついただけの事。
手にしている物は細工は細かいが鎖が切れた、
少しくすんだペンダントトップの様、
石も小さな緑色の輝石か硝子にすぎない。
 
 気がつけばあたりはすっかり夜の青い闇。
空はもう明るい色を忘れ、西空に一筋の名残があるばかり。
星も幾つも姿を現している。

 ユーリはひとつ身震いをすると、無意識に手の中のものを
鞄のポケットにすべり落とすと、ゆっくりと歩き出した。
さっきまで怯えていた影も足音も、すっかり消えていた。

祖母とユーリ
 家に戻ると暖かい灯が灯っていた。
出迎えた祖母の顔を見て何か言いかけたが、
言葉にならないまま
「ただいま」とだけ。

 「少し顔色が悪くないかい?」
ユーリの後髪についていた草の葉を取りながら、
祖母が心配そうに覗きこむが、
「いいえ、何ともないわ、
アテルナおばあさん。」
と笑って答える。



 それきりこの夕暮れの不思議な気持ちも、
少年のことも、もらったお守りの事も話さずに終わった。
お守りは机の引出しの奥にしまい込まれたまま。
その後、夕闇の時ひっそり呪文を呟いてみた事もあるが、
特に不思議は起こらなかった。

 それでも祖母や近しい人たちはごくまれに、
褐色のはずの少女の瞳に、きらりと緑色の光が
横切るのを見たような気がする事があった。


                   お し ま い

2003-05-21

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