デジ絵本17 +光の窓
   光の窓1







    「祝福を」
    「祝福を」






明るい鳩羽色の冬空に人々の声が、教会の鐘が、聖なる歌が流れています。
まもなく訪れる年の瀬を前に、街では聖なる祈りがありとあらゆる場所で交わされます。
どんな小さな子供も、老人も、日頃不信心で通った人も、
暗い憎しみを抱えた人すらも、今夜は誰もが心に何かしらの祈りを浮かべています。

高くて古い塔の影に空を見上げて座っているのは小さな”隠れたる者”イヴィル。
小人や妖精や、小鬼だとか言われる彼は、たまにイタズラや、
覚めた後にあぁ夢で良かった、と思えるような悪夢を運んだりするものです。
今日は空を自由に飛ぶ事さえ、いつもと違って容易くありません。
1つの方向に向けられた人々のエネルギーが、空気をも重くしているようです。
普段なら何にも囚われることもなく、少々増えすぎた人々のことも不可思議な隣人として
少しばかり距離を置いて関わっていけるのに。
新年前のこの時期だけは、街に、人というものに圧倒されてしまいます。
その彼は諦めて聖夜が終わるまで物陰を動かず、ゆっくり待つつもりでいました。

『年が明けたら、またすっかり元通りになるさ。
みんないつものように無関心になって、そうすればまた自由に空を飛べるし、
イタズラしたり、田舎町に住む友達の所まででも遊びに行けるさ。』
翼を休める鳩達に囲まれて、だんだん暮れていく周りの景色を眺めていました。
家々には多かれ少なかれ煌びやかなイルミネーションやリースや、
また慎ましいケーキのキャンドルなどが光り輝いています。
陽気な声さえもかすかに光を放つことに気が付いている人がいるのでしょうか。

その視線をぼんやりと暗い影がかすめました。
古い3階建ての家の東の1番上。
そこの窓だけが目に見える光も目に見えない光も灯っていなかったのです。
蒼い影がただ蝋燭の焔の代わりに揺らめいていました。
あれは病魔の蒼い影です。

小鬼は立ち上がると影に引かれるように、
ゆっくりとその部屋に向かって降りていきました。
高く浮きあがるのはつらいですが、降りるのはそう苦でもありません。
小さい窓辺に立ち覗きこむと、
小さな暗い部屋のベッドの上に男の子が眠っています。
影がその部屋を薄く覆っているのでした。
眉をしかめて逡巡したあと、思いきって汚れた窓をほとほとと叩きました。
起きていたらしい男の子は首を回してこちらを見ています。

「だぁれ?誰かいるの?」
怯えたような掠れた小さい声が問いてきました。
「やあ、ミオ。」
小鬼は窓から呼びかけました。
「どうして僕の名前を知っているの? 会った事ある?」
ミオと呼ばれた子は起き上がって、外に目を凝らします。
「僕達”隠れたる者”はいい子供の名前ならみんな知っているよ」
少年は、うつむいてぎゅっと毛布を握り締めます。

「入ってもいいかい? 」
少年が微かに頷くのをみて、暗い部屋に足を踏み入れました。
その姿をみた少年はおどろきました。
自分より小さいその姿には薄い羽根がありました。
「天使様?天使さまなの?僕を連れに来てくれたの?」
「とんでもない。そんな怖い事を言わないで、僕は小さい小鬼だよ。」
「この部屋だけ暗いから、気になって見に来たんだよ。」
ベッドのそばの小さい椅子に腰掛けて、2人は話をしました。

  聖夜なのに一人なの?
  お父さんは仕事なんだ、お母さんはいない。
  どうしてそんなに悲しそうなの?
  僕は病気で、お父さんに心配ばかりかけている。
  いい子供なんかじゃないんだよ。

小鬼は暗い部屋を見渡しました。
傍らの食事は手をつけられず冷えたまま、窓もくすんでいるし、
部屋を飾るものは何ひとつとしてありませんでした。 
不思議な哀しみが小鬼を襲います。
「ちょっと待っていて、僕が良いものを持ってきてあげるよ。」
思い立って小鬼はその部屋を後にしました。
ミオは寂しそうに、でも何も言わずに見送りました。
何もかもを諦めていたからです。
飛び立つと、街の上は熱気に覆われたようで上手く飛ぶことができません。
それでも何とかして、大きな公園までたどり着きました。
まだ緑の濃い公園はそれでも空気がひんやりして、動きまわる事が出来ました。
あちらこちらと探してまわります。
欲張りなリスが埋めた木の実や、緑深い針葉樹の枝など抱えて街に戻ります。
人通りの多い街の広場では、きらきら輝くツリーからそっとリボンをひとつもらいました。
その事が小鬼の力をうんと奪いました。

力を振り絞ってミオの待つ窓へと戻りました。
まず蝋燭をあるだけ灯して窓辺に並べます。
生き生きとした緑の枝をリボンで飾っただけで、部屋はぱっと明るくなりました。
これは森の力です。小鬼を少し勇気付けました。
スープを温めて、胡桃を割って、パンを添えるともう立派な晩餐です。
ミオはすっかり興奮して小鬼のする事をずっと目で追っていました。
自分から窓辺にひとつ蝋燭を置いたくらいです。

     光の窓2


やり終えたときには部屋は他の家々と同じく、
目に見える光も目に見えない光も溢れていました。
部屋を凍らせていた蒼い影は、心なしか薄らいでいるような気がしました。
「さぁ、お食べミオ。元気をつけなくちゃ。」
少年は自分の笑顔が窓ガラスに光っているのを気付いていたでしょうか。
小鬼も自分がすっかり光に中にいるのに気がつかないほど、
楽しい気持ちになっていました。
少年も嬉しそうに笑い声をあげて小鬼の話を聞いていました。

夜はすっかり更けて、明日はいよいよクリスマスです。
ベッドに横になる前にミオは言いました。
「ねぇ、僕が眠るまでここにいて、お願いだよ。」そっと手を延ばします。
小鬼は少し考えました。
『ネズミになって一緒に眠れば暖かいかな?ネズミやリスじゃ潰れちゃうかな、
大きな動物にはもう変われそうにないや…。』
小鬼はすっと灰色の鳩に変わると、ミオと並びました。

『あれ、僕もう元に戻る力が残ってないかも、
やっぱりいい夢を創るのは無理だったかな。
4、5年鳩でいるのもいいかな、鴉たちをあんまりからかわなけりゃ良かったなぁ。
仕返しされないように気をつけなくちゃ。
でも今度はいい夢を創ったな。 今までの悪夢よりずっとすごいや。』
小鬼はそんな風に考えながら、すーっと白い眠りに引き込まれて行きました。


 * * * * *

翌日少年の父親がその部屋の窓を開けると、
なぜか小さい灰色の鳩が飛び出して行きました。
窓辺にはひとつ蝋燭の溶けた跡が残っていましたが、父親は気がつきませんでした。
ベッドの傍らに腰掛けると、俯いてそっと静かな祈りをささげました。
雪が振りはじめた空に鳩が飛び去ったその窓は、
その時かすかな光に包まれました。


    光の窓4


                                         お し ま い

2003-12-21 

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