デジ絵本18 +白い少年
今年は寒い寒いと言っていたけれども、この場所に比べたら街はすっと暖かだった。
田舎のおじいちゃんのうちに着いて、まずびっくりしたのは一面の雪。
僕が3歳の時を最後に来ていないから、辺りは普段どんな景色なのか想像も出来ない。
いつもなら雪が降ると大喜びだけど、これではうれしいを通り越してどうしたらいいのか。
誰か友達が一緒ならともかく、子供はあいにく一人きりだった。
僕は雪の白さになかば目を眩ませながら、家族からぽつんと一人離れて立っていた。
おじいちゃん家の中は思ったより暖かくて、木の手触りは冷たいというより気持ちがいい。
『カテイノジジョウ』というもので、突然越して来た割には好きになれそうだった。
でも大人達がやたらと気を使っているのが感じられて、空気が重い気がする。
夕食のとき、おじいちゃん達にいろいろ話しかけられたのに、適当な返事だけで済ますと、
まだ全然荷物も揃っていない自分の部屋へ、早々に戻ってしまった。
『これからだってここできっと上手くやれるさ、でも今日はもうクタクタなんだ。』
僕は自分にそういい訳して眠ろうと努力する。
案の定、眠りは遠巻きにしているだけで、なかなか近づいてきてくれない。
こんな時は眠る事をホウキスルといいんだ。
『こんなに雪だらけじゃ、明日は雪だるまを100個でもいくらでも作れるなぁ。』
そんなバカな事を考えてみる。 外は静かでなんの物音も聞こえない。
一人ぼっちのネズミになったみたいな気がする。
やっとウトウトしてきた時、窓の外から何か聞こえたような気がした。
布団の中で耳をすますとやっぱり微かに聞こえる。
『口笛?』
時計は1時。
街中なら気がつくこともない小さい音だけど、
この静かさではハッと引き寄せられそうな音だ。
ベッドに起きあがって待っていると、また確かに口笛が聞こえてきた。
僕は慌ててコートと帽子を取ると、そっと部屋を抜け出した。
冷え切った屋外は雪に覆われて、沈んだ青色と銀色に彩られている。
自分の足音も雪に吸い込まれてしまうようだ。
急いで裏へまわって、音を頼りにクリスマスツリーのようになった木々の間を進むと、
やがて人影が林の奥に浮かんで見えた。
白い人影が、一人こちらに背を向けて立っていた。
口笛は彼が吹いているようだ。
白いコートに白い帽子、ポケットに両手を突っ込んで少年が空を見上げている。
しんしんと凍える中ピクリとも動かない、雪像か氷細工のように人間離れした後姿に、
僕は声を掛ける事も出来ない。冗談でなく空気が凍りついたような気がした。
黙って震えたままどうしようかと悩んでいると、少年が突然振りかえった。
「雪は嫌いかい?」
雪だるまが動いたぐらいびっくりして、思わず尻餅をついた僕を涼しい顔で笑っている。
「大丈夫? 雪に慣れていないんだろう? 気をつけて。」
そう言うと、彼は青い手袋を脱いで右手を差し出した。
ビクビクしながら手を握ると、案外暖かくてホッとする。
背格好は僕とあまり変わらない、1つ2つぐらい年上だろうか。
でも妙に大人びた口調と、瞳をしている。
「あの、君…ここで何をしているの?」人間ですか、と聞くわけにもいかずそう尋ねた。
「雪が空に帰る手伝いをしているんだよ。雪は夜に空にのぼって星になるんだ。」
「……。」
からかわれていると分かったけど、しゃくなので顔には出さずに続ける。
「でも、何もしていなかったじゃないか。口笛を吹いていただけだろう?」
「星はそれぞれに音楽を持っているんだよ。
星と雪は似ているから、だから雪も音楽が好きなんだ。」
なんでもないように少年はスラスラと答える。
すっかりバカバカしくなって、僕が黙っていると、
「ほら見てごらん、雪は星によく似ているだろう。」そういって今度は左手を差し出した。
青い手袋の人差し指の上に雪の結晶がのっている。
全然崩れていない、真新しい六角形の雪の結晶だ。
つられて僕が見入ると急に突風が吹きつけてきて、思わずぎゅっと目をつぶった。
『君、本当はこんなところへ来たくなかったんだろう?』
突然聞こえた声にドキッとした。
『なんで急に、こんなところに引越ししなくちゃならないんだと思っているんだろう?
両親やおじいさん達にも、腹を立てている、違う?』
『逃げ出したいと思っているんだろう?僕には分かるよ。』
風の中、少年の声が響く。
「違う!」と叫んで僕は目をあけた。
「それは違うよ、ちょっと拗ねてただけなんだよ。ここのことは好きになれると思う。」
誰も悪くないのはわかっているんだ。
突然、学校の友達と離れることになったり、
また新しく友達ができるのかとか、そんな事がちょっと怖かっただけなんだ。
僕にだって、しょうがない事っては分かっている、でもどうしたらいいのかも分からないんだ。
僕は顔を上げると少年の姿を探したが、そこには誰もいなかった。
それどころか、さっきまでいた場所とは全然ようすが違っていた。
あたりは眩しいくらいに明るくて、真っ白い洞窟みたいで、ずっと氷の柱が並んでいる。
白い柱に沿って階段になっていて、その先はカーブで見通しがきかない。
後ろを見ても下へと階段が続いているばかりだ。
どちらに行けばいいのか悩んでいると、またあの口笛が聞こえた。
上に向かう階段の方からだ。
柱に触れると痛いほどに冷たいので、
掴まるのは諦めて滑らないように気を付けながら、出来るだけ急いで上って行く。
何度目かの角を曲がって上へ上へ行くと、段々口笛が近づいてきた。
「気を付けて!」
ぱっと視界が開けた時、突然手が差し出されて思わず態勢を崩して滑りそうになる。
いきおいで帽子が落ちたが、あの少年が支えてくれたのでやっと踏みこたえた。
階段はふっつりと切れて道がなくなっていた。 頂上に出たらしい。
その先はガケになっていて、もう少しで落ちるところだった。
「ここで終わりだよ、見てごらん。」
少年に言われて見ると、凍った広い丘の上に二人で立っていた。
下にはさっきの白い柱が樹のように続いていたが、突然プツリと闇に飲み込まれている。
白い氷と黒い空間のギザギザの境界線がはっきりと別れていた。
やがて目が慣れてくると、何もないと思っていた暗闇に小さい光が見えてきた。
それに気付くと黒い空間は全部星空だった。
ぐるっと頭を巡らすと本当に正真正銘の冬の夜空だ。
四方に枝を広げたような氷の丘は、まるで星空にぽつんと浮かんでいるようだった。
少年がそっと口笛を吹くと、丘全体の白い光が瞬いている。
口笛に合わせて光っているのだ。
足元を見ると、透明な氷を透かして中心でなにかが輝きを放っている。
「…星だ。」僕にはそう思えた。
「そう、この雪の結晶が解けて、あれが空に上って星になるんだよ。」
「小さい、小さい星だけどね。」
少年はこちらを向いて、嬉しそうに笑った。
ずっと下のほうからも別の小さい光が、クルクル螺旋をかいて空に上って行った。
『明日、みんなに謝ろう』なんでかその時そう思った。
「風邪をひくから、もう今夜はお帰り。」
少年は帽子を拾って僕に被せてくれた。 僕の手を引っ張って歩き出す。
「でも、どうやって?」
ここからどうやって帰ればいいんだ?と周りを見渡すと、そこはもとの林の中だった。
「さぁ、この足跡を辿れば道は分かるだろう?家はすぐそこだよ」
背を向けて歩き去ろうとした少年に、僕は慌てて声をかけた。
「ねぇ、明日の夜ここに来たら、また会える?」
少年は振り向くと一瞬不思議そうな顔をしたが、口元に手を当ててきっぱり言った。
「ダメ。」
「なんで?もう会えないの?」 やっぱりと思いつつ聞いてみる。
なぜか少年は嬉しそうにこっそり微笑んでいた。
「夜は危ないからダメ。 明日でもいつでも昼間なら歓迎するよ。」
「ハクトって言えば君のおじいさんが家を知ってるし、だいたい学校が始まれば毎日会えるさ。」
「知ってる?ここの学校は各学級とも1クラスしかないんだよ。
僕のカンだと、たぶん僕らは同級生だね。」
じゃ、と1度だけ手を振って、今度こそどんどん歩いていく。
「????」
僕は何がなんだかわからなくて、呆然と立っていた。
『ハクト?』
『学校?』
『同級生?』
そっちの方がさっきの体験より、ずっと胡散臭い呪文のようだった。
僕は頭が混乱して、今夜2度目、脱力して雪の上に座り込んでしまった。
目の前を掠める白いものに気付いて空を見上げると、雪がゆっくりと舞っている。
雪が降ってきたと思ったら、風で雪が地面から吹き上げられたらしい。
遠くにまた口笛が聞こえたような気がして、僕も短く吹いてみる。
そっと降りてきた雪を捕まえようと手を開くと、
握っていた手の中に解けた雪のしずくが残っていた。
広げた指の間から小さい星が、瞬きながら光って空に上るのが見えた気がした。
翌日、僕は風邪をひいて寝こんでしまった。
おかげで昨日の不機嫌も、あっさり風邪の所為と片付けられたらしい。
あの少年の事を確認するのが1日延びて、ホッとしたような残念なような複雑な気分だ。
『あれが熱の見せたマボロシだったなんて、絶対に信じないぞ!
明日こそ絶対にあいつの正体を確かめてやる!』
『風邪なんかひいてる場合じゃない。今日中に絶対治してやる!!』
ベッドでうなされながらも、僕は自分に妙な気合を入れていた。
お し ま い
2004-02-27