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月も沈み、冬の暗い真夜中のこと。 誰かの泣く声が聞こえて、 2階の子供部屋で一人の子供が目を覚ましました。 隣の寝台ではぐっすりねむる兄の寝息がしています。 窓をあけてみましたが、 入ってくるのは冷たい夜気だけでした。 あくる夜更け、また声がしました。 兄は目覚める様子がありません。 しばらく耳をすませていましたが、 弟はそっと部屋を出ると、下へ降りていきました。 声は家の外、裏手の方から聞こえています。 寒さに身震いしながらドアを出て、 声のするほうに近づいていくと、 子供部屋の下あたりに小さな青い子供がいました。 大きな眼を濡らし、静かに泣きながら、 家の影に沈むようにぼんやり立っています。 |
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「どうしたの?」 「うちがなくなったの…。」 「迷子?」 「ここにうちがあったの、 でも遊びに行ってる間になくなったの。」 家族は建ったばかりの新しい家に、 ひと月前に引っ越して来たのです。 この子供の知らないうちに、 古い家が取り壊されたのかと思いましたが、 ここは荒れた雑木林だったと聞いたように思います。 今夜は世界が凍ったかのようで、 空は真っ黒で氷の粒のように星ばかりが光っています。 弟はぎゅっと両腕に手を回して、 子供部屋の暖かさを思いました。 「今夜はもう中で休んだらどうかな。 朝になれば、何かわかるかもしれないし。」 青い子供は大きな眼で、じいっと弟を見つめました。 弟は寒さのせいか、少し震えていました。 「…道がないからここには入れない。」 「…。」 「道をあけてくれる?」 |
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その時、2階の子供部屋の窓が開きました。 「ミズキ?」 眠ったらめったに起きないはずの兄でした。 「そこで何をしてるんだ?」 弟が説明しようとして横を見ると、 青い子供はもうどこにもいませんでした。 部屋に戻った弟は暖かさと安堵にほうっと息を吐きました。 兄は怒っているようでしたが、 ミルクを温めて、毛布をかけてくれました。 弟は兄に一生懸命見た事聞いた事を伝えました。 道をあけるってどういうことか、 あの子供のためにどうしたら良いのか、 わからなかったからです。 「僕には何も見えなかったし、聞こえなかった。 もう関わっちゃダメだ。」 兄はそう言うばかりです。 今はもう、人とそうでないもの達との道は、 遠く離れて久しくありました。 しんと静かな夜には、もう訪れてくるものもありません。 |
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翌日も寒くて暗い夜でした。 がんばっていましたが、兄は結局眠ってしまいました。 声は聞こえなかったけれど、弟は下へ降りていきました。 青い子供は悲しそうにそっと影に佇んでいました。 「他に行くところはないの?」 「みんなは、ずっとむこうの方に行ったの。」 「君は…行けないの?」 「遠くてどうしても夜のうちに着けないの。」 弟と青い子供は壁に背を向け、少し離れて並んでいます。 青い夜に星明りで、道が白くのびていました。 「…ボクなんとか行ってみる。」 弟の困ったような顔を見て、 青い子供はポツリと言いました。 弟は歩き出した小さな背中を、声もなく見送っていました。 「待って!ちょっとだけ待って。」 弟は後姿に呼びかけると、 足音にもかまわず大急ぎで部屋に戻りました。 寝台の下から宝物の入った箱を持出します。 「どれでも君の好きな物をあげるよ。」 息をきらして、箱の中身を芝生にひっくり返しました。 青い子供は困ったように、 弟とおもちゃをかわるがわる見ていましたが、 そっと木製のおもちゃをひとつ指さしました。 それは家を建てる前、大工さんにもらった木の鳥でした。 |
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「この木、知ってる。」 子供は両手で大事そうに鳥を抱えると、顔を上げました。 「…ありがとう。」 はにかんだような笑顔を向けられ、 弟はうつむいてしまいました。 木でできた鳥のおもちゃに、ふうっと息を吹きかけると、 青い子供はクルリと小鳥に姿を変えました。 弟の上を一度回ると、真っ暗な空に飛び立ちます。 その姿はすぐに滲んで見えなくなりました。 いつのまにか降りて来ていた兄が、 そっと弟の頭に手を置いて、 青い小鳥の消えた空を見上げました。 今はただ、 あの青い子供のように泣いている弟のかわりに…。 おしまい |
2006-01-20