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  へ至る道

 

                    

 

 私達はあまりに多くのことによって、エネルギ−を費やされ、お互いをひきさかれている。だからますます音楽の力を信じ、音楽を聞くことで心を癒したり何かの源を得たり、一種の仲間意識や共通の経験をあたえられたり、暗い毎日に光を与えられたり、何か祝い事を確認したりするのだろう。我々が毎日お互いをいろいろな意味で相入れないと思ってしまうことに出会っても、声、メロディ−やグル−ブ、歌詞のなかの言葉を聞けば多くの人が同時に感動することが可能なのだから。そして自分にとってかなりの位置を占める曲やアルバムに対して特別な意味をあたえる。それが個人レベルの場合で行われることもあれば、ある集団での時もある。そういった曲やアルバムは人生のサウンドトラックになるのだ。

 

 ブル−ナイルのリリ−スした2枚のアルバム A Walk Across The Rooftops(1984),Hats(1989)はファンにとってはちょうどそのような位置をしめている。アルバムを聞くと浮かんでくるイメ−ジや感情は重なり合って複雑ではあるが、バンドのもつ意図やその演奏は完全にシンプルなものだ。ファッションになることからうまく逃れ感覚だけを信じて。3枚目のニュ−アルバムをわくわくしながら聞こうとするファンは、恐れを抱いて立ち止まる。一体、マジックは壊されないままでいるだろうか?

 ワ−ナ−での最初のアルバム(通算では3枚目)のPeace At Lastは誰も期待出来なかったほどの出来栄えだ。さらに、このアルバムは聞き手を話さない力があるので、いままでブル−ナイルに気つかなかったリスナ−をかなり増やせるだろう。ポップでかつ、アイロニ−を散りばめた装いのアルバムには、10曲がはいっている。それぞれの曲は人生において重要なものについて歌われ、誠実で、心が広く開かれ、感情がストレ−トに表されている。バンドの要のポ−ル・ブキャナンに人生で重要なものはと尋ねると「家族、友達、若さ、希望、セックスもある程度は、宗教の少し、それと好きな音楽だよ、そういったものはいつも自分と一緒にあるものだ。子供の時から死ぬときなでずっとね。」

 

 レコ−ディングはダブリン、パリ、L.A.で行われた。作、プロデュ−スはすべて、ブル−ナイル自身によるものとなっている。前2作と同じスピリットをもつも、今回はより直接的でかつシンプルになった。「余分な所をさらに削って、コアな部分をみえやすくしたかったんだ。」とブキャナンはいう。「ダイレクトにしたかったんだ。そうすれば、リスナ−は自分の経験とすぐ結付けられるからね。だから、すこしだけリラックスして音楽が呼吸できるようにしたんだ。だから抽象的だったり変に威厳があるようなレコ−ドにしないようにしんちょうになったよ。例えば、全体を通して同じポンコツの古いアコ−ティックギタ−をつかっている。それは単にその音が理由なんだけど。それから中古屋で買った、とっても古いオルガンもね。ピアノはずっと昔にだれかの家で聞いたのを思い出すような音にするようにしたんだ。今の時代はどういうわけか磨かれていて完全であることに関心が向いてしまう。それを買えることがぼくたちには重要だったんだ。素直なかたちで音楽を追求して、決してショ−アップしようとはしなかった。だから決してケバケバしたものにはなってないよ。ホイットマンが言うように『多すぎもせず、少なすぎもせず』ってやつだよ。詩の面では特にもう完全っていっていいほどダイレクトにするようにこころがけたよ。リスナ−に詩の意味を推測させる余地を少なくした。自分達が生きていることをどう感じているが正直に話そうとした。それに自分達が皆一人の人間として存在しているのだと気付かせるような素材に限定してテ−マを選択したんだ。そういったテ−マだとお互いがコミュニケ−トしやすくなるんだ。もし運がよく、僕たちの試みが成功したらたぶんこのアルバムの曲をラジオで聞く人がいて、そのリスナ−にその人自身の人生について何か訴えることができるかもしれない。」

 80年代の初期にスコットランドのグラスゴ−で地元出身の3人によって結成されたブル−ナイル。メンバ−はポ−ル・ブキャナン(ボ−カル、作詞・作曲、ギタ−)、ロバ−ト・ベル(ベ−ス)、ポ−ル・ジョゼフ・ム−ア(キ−ボ−ド)だ。非常に評価の高かったファ−スト・アルバム A Walk Across The Rooftops で彼らは身の回りのことを描く詩人として現れた。毎日の生活の中で突然はっと気づき、その生活に形や気品を与えられる、そんな瞬間をかれらの詩は捕らえている。私達のすべての希望、恐れ、そして夢がそこには要約されている。ブル−ナイルについての評判は確実に口コミで広がり、セカンド・アルバム Huts が5年後に出た時には、ここ10年で最も期待をこめて待たれたアルバムの1枚となっていた。 

 同じように批評家受けもよかったので、90年にはブル−ナイルは自分たちにとって初めての30日間にわたるツア−で、イギリス、アイルランド、そしてアメリカを回った。ブキャナン、ベル、ム−アの3人は興奮しきった観客の前で演奏し、その中には音楽界の有名人もいた。

 

 ベルは言う、「アメリカで受け入れられたって経験は、自分たちにとって精神的にすごくよかったと思う。肩をたたかれるような感覚がはっきりわかったよ。いままで一度も自分達がやってきたことが十分に価値のあることだと胸をはって言い切れるきもちにはなっったことがないからね。」それから、ブキャナンも「多分、いつかはラス・ヴェガスでの僕達のあの夜はよくなかったかい?といえるのだろうね。今のところは、僕達はただやっていることに集中して、サボテンから湧いてきた水のようにでてきた、よい物をすべて採りいれていくだけだよ。そのよい物が自分達がさらに進むための栄養分になるんだ。おかしくきこえるかもしれないけどね。でも、なにをやりとげても、相変らずポケット・ナイフと壊れたギタ−がそばにあるだけだよ。とにかくいいフィ−リングが曲に出ていれば、感情は最初始まった部屋においたままで、今成し遂げたこともできるんだよ。」

 

 Peace At Lastを聞けばすぐに、熱心なファンなら彼のいいたいことがちゃんとわかるだろう。繰り返しになってしまうが、このアルバムでポ−ル・ブキャナンは今、最も影響力があり、多彩な表現力をもつシンガ−の一人であることがはっきりした。音楽的にも詩的にも、抑制をきかせ、わたしたちの誰もがもっている経験について、語らずして語るという形で表現している。人生の光を探すも、つまずいてしまうといった経験を。永年一緒にやってきた、エンジニアのカラム・マルコムとドラムのナイジェル・ト−マスの協力を得て、ブル−ナイルは今までの最高傑作を完成させた。昔からのファンならそのアルバムのよさをりかいするだろう。そして、このアルバムがもつ、潜在的に多くの新しい聞き手もその良さを見付けだすという期待ができそうだ。

 

The Blue Nile Biography より 訳 アルファベット・ストリ−ト