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ティーブレイク

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仕事の波に呑まれて
予想されていたことだが、大小の仕事が一度に来た。
どれも少しずつずれ込み、私の所で束になった。
来週はインタビューを2つこなし、原稿をトントン入れる。
同時に3種類の締め切りを抱え、11日まで奮闘することに。
次の波のことなど考えず、とにかく走ろう!
ところで、来週は家にほとんどいないことが、今頃わかる。
ノートPCもって走れっていうことかな。
2004/9/30 (Thu)

再開発の波間で
丸ノ内にoazo(オアゾ)がオープンして10日あまり。
「大手町」から「日本橋」へ向かい、地上でoazoを見上げた。
ビル内に入ると、どこもかしこも丸善。
3階でボールペン「クランダッシュ」のインクを買い替える。
エスカレーターで下ると、人々の流れは丸ビルへと向かう。
私は日本橋「coredo(コレド)」へ。
東京の再開発は激しい。コレドを訪れるのは初めて。
永代通りにある高層ビルの景観はすばらしかったが、
今後どんな時に利用したいか、ちょっと考える。
一昨日は新橋で打ち合わせだった。その後、汐留まで足を延ばした。
電通や日本テレビなどが移転して以来、汐留は別天地となっている。
そこに脈打つ何かがある。都市開発は、こうでなくちゃ。
2004/9/26 (Sun)

秋は仕事のプロデュース
秋分の日にして、やっと秋の気配。
さて、バリバリ仕事をこなしていかなくちゃ。秋だもの!
細部のスケジュール調整をしたら作業に入ろう。
月末にイラストレーターとパワーポイントを使ったweb原稿を作る。
単発の仕事として入ってきたので、池袋であれこれ準備。
2004/9/23 (Thu)

執筆について、3人からの質問にお答えします
現在、一番力を入れて執筆しているのは経済誌『エルネオス』。
http://www.elneos.co.jp/
創刊10周年記念特別号が11月1日に発行されるので、
華やかな誌面に、私もイタリアから彩を添えます。
この月刊誌は『選択』と同じスタイル。
編集長は、元『SPA』の編集者。
広告が充実しているのは、以前『選択』で広告営業を
担当していた人たちがスタッフにいるから。
作家の六角弘氏(元週刊文春記者)が、同誌を私に
「海外レポートを扱える日本で数少ない雑誌」として紹介してくださった。
私の著書『トヨタ「イタリアの奇跡」』が本になったのは、
同誌にイタリアからレポートしていたのがきっかけでした。
ただいま別の新しい連載企画を準備中。
このほか準備が進んでいる連載は、博報堂経由の企画。
教育新聞に、7回の連載を一気に書くことになりそうです。
具体的な紙面構成などは、現在詰めている段階。
分野は芸術と教育。インタビューに向けスタンバイしています。
さらにもう一つ。日本経済新聞からサッカー企画がきています。
大好きなサッカーについて書けるとあって、この企画はとても楽しみ。
大きな広告が入った段階で、イタリアのサッカー・セリエAについて書きます。
これらの仕事の波に乗り、あるいは合間を縫って、このところ外出ばかり。
書くのは、ほとんど午前中です。以上、質問へのお答えです。
2004/9/20 (Mon)

快調に出稿
夢中で書いた後は、爽快!
締め切りに追いたてられるのも、喜びなのだ。
出稿後の気持ちよさがたまらない。
このまま突っ走っていたい、と思うから不思議だ。
気がつけば、仕事が3つ折り重なっている。
来週は週明けの月、火で人に会って、
新企画の原稿も書き上げなければならないはず。
企画を持ち込んだ博報堂の人にも会う。
ということは、週末に準備を整えておかねば。
2004/9/18 (Sat)

しばし原稿書き
9/13(月)
頭の中は原稿のことだけ。ひたすら書く。
こういうときに限って大切な打ち合わせが入る。
午後は御徒町へ。3者で構想と具体案を練る。

9/12(日)
SAGASUで古いパーツを探す。
東京にいない人のために、発送してあげねば。

9/11(土)
セリエA開幕! メンバーがからりと変わっている。
中田のチームメイトは誰なのだろう。
彼はミッコリやルガーノにラストパスを出すことになるのか。

9/10(金)
近所にお寿司屋さん、出店。
ネタがよろしい。早速Tさんとチェックに行ったのは昨日。
今日の夕方になって、我が家の炊飯器が故障した。
念願のIH式を買うチャンス。通勤ラッシュ時に新宿から持ち帰る。
2004/9/13 (Mon)

日本列島のルーツをたどる『ネイティブ・タイム』
9/9(木)
『ネイティブ・タイム』(北山耕平著)を読み始めた。
本の厚さ5cm、925ページにも及ぶ超大作。
編集者の北山氏が10年がかりで調べた「日本列島のルーツ」を知りたいのだ。
この本で自分の中の何かが変わる。そんな予感にゾクゾク!

9/8(水)
普段の生活に戻ると「整理好き」が顔をのぞかせる。
イタリアや他の国で書きまくった日記を読み返し、
情報整理をしようと思ったのだけど。読むだけで1日費やした。
お節介なイタリア人が次々に現れ、ハプニングの続出。
日記は本当に面白いよ。結末がわかっているだけに、余裕で笑えてしまう。

9/7(火)
渋谷に行って、髪のスタイリッシュカットを試みる。
「カットだけで美しくなれる」というキャッチフレーズに心躍って。
その後、カメラマンのR君と食事しながら情報交換。
「台風でミドリガメが溝に流された」
「それは大変!」
「たった今、警察が保護してくれたって。連れに行ってくるぞ」
今時カメ救出に必死になるR君。日本は、なんて平和なのだろう。
2004/9/9 (Thu)

北海道の海の幸
9/6(月)
函館からウニ、ホタテ貝、ボタンエビが届く。
今朝獲れたばかりの海の幸が、日通航空で運ばれてきた。
海鮮丼にして頂く。
美味、新鮮、甘い、コリコリした歯ごたえ。
早朝の海に出て、漁をしてくれた漁師さんがいるんだな。
ありがたい。何だかとっても元気になれた。
日本人であること、日本にいることを感謝した夜だった。

9/5(日)
気がつけば、1日に2〜3冊の本を読んでいる。
これが日本での娯楽です。
エッセイや「小さな町小さな旅」シリーズも眺めているから、
5冊くらいになるかな。
こんな贅沢、日本でしか味わえない。

9/4(土)
本屋に出かけて1冊買う。
図書館で予約していた本を2冊受け取る。
BOOK OFFで1冊買う。
週末は読書三昧。
2004/9/7 (Tue)

出稿前に模様替え
9/3(金)
まっしぐらに目的に向かう方法って、ないものか。
「書かなきゃ」と思う反面、片付けばかりしている。
こういう時って、部屋がきれいになるんだよね。
研ぎ澄まされてくるから、片付け精神みたいなものが。
肝を据えて書き始めると、結構楽しいじゃないか。

9/2(木)
何か新しいことを始める時は、模様替えでしょう。
なぜこんなに模様替えが好きなのか、考えながら体を動かす。
それにしてもローマのアパートが懐かしい。
ヒルトンホテル仕様にして使っていた。
窓側にデスク、壁側に応接セットとテレビ、部屋の隅にベッドとクローゼット。
あれって、荷物が少なかったから実現できたのかな。

9/1(水)
「一冊の手帳で夢は必ずかなう」という本が気になってジュンク堂へ。
買うかどうか吟味が必要な場合は、この書店へ行く。
記入例を満載してあれば買ったのに。
私も手帳派。確かに一冊の手帳は人生を変える。
究極の手帳をのぞいてみたかった。
2004/9/3 (Fri)

8月を締めくくる大型台風
8/31(火)
海水温の上昇で大型化した台風に、月の引力の影響を受けた大潮が重なった。
人間にできるのは、避難することだけ。
今夜、東京で無風の空を見上げると、満月だった。
列島を縦断した台風は、8月という月を一掃するような自然現象に思えた。

8/30(月)
マラソンと閉会式が終わり、ついに祭典の幕が閉じた。
最終日は特別感慨深いものがあった。
マラソンのゴールとなったパナシナイコス・スタジアムを思い出した。
5年前、スタジアムの大理石の座席にすわったり、トラックを走ってみたり。
古代ギリシャが足元からよみがえるようだった。

8/29(日)
バレーボールの決勝を観戦。
人は自分が深く関わったことのあるスポーツを通して、
より深くオリンピックに入り込むらしい。
中学時代にバレーボールで日々流した汗は、ムダではなかったのだ。
2004/8/31 (Tue)

オリンピックTV観戦の1週間
8/28(土)
日頃、縁のない競技もメダリストたちの活躍で興味をもてるようになった。
ハンマー投げ、水泳自由形800m、アーチェリー。
スポーツも極めれば美しい。

8/27(金)
TV観戦していると、書くことが少々苦痛になる。
それでも何とか仕上げる。

8/26(木)
編集長の一人が静養中。仕事のやり過ぎには注意しましょう!
「早く復帰されますように」と、新宿から見舞いの品を贈る。
ちょっと試食し過ぎたかな。蕨餅、水羊羹、ゼリー。

8/25(水)
訳す箇所が出てきて、文法書とニラメッコ。
条件法の多用にむせる。
イタリア語は微妙な表現をほとんど条件法にするんだなあ。

8/24(火)
サッカー準決勝「アルゼンチンvsイタリア」。
期待以上にいい試合だった。
若いアルゼンチンの選手たちが、欧州ビッグチームで活躍する日は近し。

8/23(月)
ホームページに「イタリア通信」を追加。
丸一日費やしてアップしたはいいが、思い描いていたのと表示が違う。
珍しく凝って作ったのに。慣れないことやるんじゃなかった。
2004/8/28 (Sat)

「華氏911」と「蝉しぐれ」
8/22(日)
『蝉しぐれ』読了。
藤沢周平の長編時代小説を読み耽っていた。
情景描写に引き込まれ、速いテンポの事件を追った。
登場人物の心理描写は時を止め、多くのことを共感させてくれた。
18年前に山形新聞で連載された小説だったのか。

8/21(土)
映画「華氏911」だけは、どうしても見たい!
上映は3日間だけ。ユナイテッド・シネマとしまえんへ直行した。
やはり、そうだったか。このドキュメンタリーは、見ておくべきです!
2004/8/23 (Mon)

時差ボケを直した愚
8/20(金)
やっぱり国際試合は、現地時間のライブで見るべきだ。
オリンピックが始まった頃に、すっかり時差ボケが解消した。
それでも深夜まで起きて見ていればよかった。気づくのが遅かった。
試合結果がわかった後、録画を見ている。愚かだったな。

8/19(木)
ファックス・マシン購入のため、新宿へ。
高性能多機能の新機種が、2万円前後で手に入る。
価格破壊は、ここまで進んでいたのか!

8/18(水)
サッカー日本代表VSアルゼンチン代表の試合をTV観戦。
アルゼンチンは、ひいきのナショナルチームだけに、
静岡まで足を運びたかったな。
馴染みの顔は、ゲームキャプテンのサムエル。
ASローマで、間近に見る彼のプレーは素晴らしかった。今回だってもちろん。
そのサムエルが、レアル・マドリードへ移籍する。残念!
2004/8/20 (Fri)

国際試合で現れる完成度
8/17(火)
国際舞台で力を出し切らずに終わるのは、なぜだろう?
サッカーEURO2004のことを私なりに整理しながら考える。
チェコ監督のブリュックナーは、試合ごとのフォーメーションを変えた。
それぞれを国際親善マッチで試し、本番に生かして勝ち抜いた。
大きな流れの中でオプションが自由に使えるまで鍛錬する。
その完成度が、勝敗の分かれ目となるのだ。

8/16(月)
私が応援していたチームが、ことごとく敗れた。
高校野球&アテネ・オリンピック。1日で4連敗だ。
これからどうやって生きていこうか。

8/15(日)
真面目な質問が届いたので、真面目に答えよう。
「今までの経験を本にまとめるには?」
「メモや日記が残してあれば大丈夫。
 “書く”という行為が、生活の中に定着していれば」
あともう一つ。できれば、厳しい締め切りに追われる身となること。
ついでにもう一つ。それらを楽しむこと。

8/14(土)
都心にまた一つ、憩える遊び場を見つけた。
イタリアからほぼ同時に帰国したヤスコ嬢と私。
昨夜は二人で、大江戸線を利用して東京探検に出かけた。
何て素敵な通りなのだろう! 日本って、涼しいね! 快適!
これは、私たち共通の感想だった。

8/13(金)
高校野球が始まっている。
昨夏ベスト8まで進んだ岩国高校は、わが母校。
太田尾主将の活躍が頼もしい。彼は昨年もレギュラーだった。
しかし、ナインのうち7人は新顔。
どうして、こんなに強いの?
甲子園で初戦敗退した我々世代は、後輩を心から尊敬している。

8/12(木)
どこにいても、日記サイトだけは更新している。
最近、とても便利なことに気づいた。
「今の私」と仕事仲間、友だち、読者が同調し始めたことである。

8/11(水)
一足先に遊んできたのだから、仕事せねば。
そう思って意地らしく仕事しているというのに、FAXが故障。
「どういう紙面だ? 見せてほしい」
ファミマに飛び込んで送信し、事なきを得る。
そうだ。日本にはコンビニがあった。
力強い味方が、そばにいるようなものだ。

8/10(火)
横浜マリノス・レッジーナの試合をビデオで見る。
“荒れた試合”という新聞報道が気になって。
それほどでもなかった。良かった。
選手同士の激しい応酬は、イタリアではよく見るシーン。
ただ、言い方、表現の仕方がキツイ。
イタリア民族の特徴みたいなもの。大目に見てあげましょうよ。

8/9(月)
珍しく一日中メールのやりとりをする。
質問事項の確認だ。
メールを飛ばす距離が長ければ長いほど、とっても得した気分。
日本は今が一番手薄な仕事環境のはず。
それでも、メールだけでスムーズに進む。
やっぱり天国だ。

8/8(日)
さすが本国に戻っただけのことはありました。
仕事が、目の前で大きく展開していく。
連携プレーが良く、早い。
どれも日本でなければ味わえないものばかり。

8/7(土)
サッカー日本代表、アジア大会優勝!
ビッグな大会の決勝は、力を発揮しないまま終わることがある。
ユーロ大会のポルトガル代表のように。
チームは実践の中でこそ強くなり、チーム力をアップするのだ。

8/6(金)
日本では連日のごとく、欧州サッカー・クラブチームと
Jリーグ・チームの試合をやっている。
バルセロナの選手の補強ぶりには驚いた。
デコ、ジュリー、ラーションまで加入している。
ユーロ2004とチャンピオンズ・リーグで大活躍した選手たちだ。
新生バルセロナは、面白くなりそう。

8/5(木)
編集打ち合わせ。久々に企画書作成にとりかかる。
でも、編集長と顔を合わせたら、しゃべりまくってしまった。
私の支離滅裂な話を高度に分析し、シリーズ構成にした編集長は偉い!

8/4(水)
海の向こうは“深い”。
今回も3ヵ国で、色々な体験をした。
「話すor書く」「仕事用orサッカー仲間用」?
頭の中で沸々としている。
もう少し冷めるまで待とう!

8/3(火)
写真の整理を進める。
「海外編・写真集」にアップする。
友達への報告をかねて。

8/2(月)
帰国いたしました。
東京も涼しいではありませんか。台風一過の影響だって?
何はともあれ、写真の整理を始めました。
ポルトガルで開催された「EURO2004」(6/12〜7/4)から
アップして行きます。
フランスのコート・ダジュール、イタリアン・リビエラもお楽しみに!
当ページ右上の「戻る」ボタンで「ホーム」に戻り、
「ティーブレイク海外編・写真集」でご覧ください。
2004/8/17 (Tue)

from Milano 2
7/30(金)
これから、マルペンサ空港へ。
その前に、ミラノ中央駅のそばにあるネットカフェに立ち寄る。
それから、拙著のイタリア語訳を進めてくださっているMさんと打ち合わせ。
その後、空港行バスの中で、私の本の読者の方と、話すことになっている。

7/29(木)
夏のミラノが38度だったのは、6年前。
今回は、初秋のように爽やか。
ドゥオモのそばのレコード屋さんで、
「I POOH」のCDを3枚買う。
朝から晩まで、ミラノならではのショッピングを楽しむ。

7/28(水)
朝、ミラノへ移動。
涼しい! 27度だ。
駅近くのホテルにチェックインして、ヤスコ嬢に電話。
通訳として活躍華々しい彼女は、超多忙。
6月に東京で会うはずだったが、
見事に空の上で、私たちはすれ違ってしまった。
今回は彼女のスケジュールにあわせ、
ミラノ市内から郊外へと移動しながら話した。
2004/7/30 (Fri)

from Milano
7/27(火)
ジェノバに移動してきた。
11時前の到着で、ホテルは選びたい放題。
プリンチペ駅近くのデラックスなホテルにチェックイン。
ツインの半額料金にしてくれるなんて、
何とありがたいことか。
昨夜は、本当にうるさかった。
通りに面した部屋だったので、窓を開けていた。
みんなのしゃべり声で、テレビの音さえかき消された。
声のボリュームは、フランス人の3倍だ。

7/26(月)
フランスからイタリアへ。
携帯電話のリチャージをする。
便利なようで、割高のボーダフォン。
外国では受信時にも、ローミングチャージを取られた。
一つの経済圏になったのは、表向きだけか。
イタリアの西リビエラを眺めながら、
お気に入りの「アラッシオ」に到着。
ヨシコさんをこの駅で見送る。
ホテルの窓から、子どもたちの群れに圧倒される。
賑やか過ぎる。これがイタリアだ。

7/25(日)
コート・ダジュールの東端にあるMentonに移動。
フランス語読みすると「ムントン」。
この町は、期待以上に素晴らしかった!
何といっても、客層がいい。
海岸通りに平行した通りには、うっとりさせられた。
レストラン、カフェ、お菓子屋さん。
どれも洗練されていた。
海岸で、好きなだけ泳ぐ。

7/24(土)
ニース、最後の夜。
食欲がないので、中華レストランに入った。
いつも不思議に思うのだけど、
中華のメニューを見ただけで、
旺盛な食欲が出て来るのはどういうわけ?
2004/7/29 (Thu)

from Saint Tropez
7/23(金)
朝、サントロペへ船で向かう。
穏やかな海の上を2時間半。
グリーンの透明な海に入る。
ヨシコさんと3時間、泳ぐ。
いやあ、満足!
2004/7/24 (Sat)

from Nice 2
7/22(木)
仕事は、ここまで!
いよいよバカンスに入ります。
何回目かな、今夏のバカンスは。
フィレンツェのヨシコさんをニースで迎え、
泳ぐんだ!
そして、船で巡る。

7/21(水)
旅は終わりに近づくほどに、充実するもの。
ネットカフェも、ついに理想的なマシンを見つける。
日本語IMEまで入っている。
やっぱり経営者をよく見てから、店に入らないと。
国際都市ニースだから、探せばあるんだ。
荒削りの原稿にして、wordでWebにアップしよう。
今日の目標は、そこまで。

7/20(火)
駅から近いホテルに泊まっている。
便利なのはいいが、昨夜は安眠妨害された。
夜中の3時に、隣室で若いカップルが、もめ始めた。
部屋から締め出された男性が、ドアを叩いて叫ぶ。
「入れてくれ」
30分も続き、泊まり客たちが廊下に出てくる。
やっと部屋に入ったと思ったら、すごい口喧嘩。
最後には女性のほうが泣く。
「静かにして!」
隣室から注意しても、すぐに声は大きくなる。
そうだった。ホテルは隣室に要注意なんだ。
2004/7/22 (Thu)

from Nice
7/19(月)
ネットカフェで、Web上に写真を移す。
雑誌掲載用の大切な写真だけを選んで。
これで万が一盗難にあっても、写真は使える。
たったこれだけの作業に、1時間もかかった。
日本語の読めるCDを店で借りて、ダウンロード。
写真は1枚アップするのに、3分かかる。
通信速度が遅いと、こういうことになる。
日本もかつては、そうだった。
サイズの大きい写真が扱えるようになっただけでもいい。

7/18(日)
クネオから山越えして、フランス国境に入った。
海岸に出ないまま、ニースへ。
このルートは初めてだ。
小さな村が点在していた。
ニースで原稿を書く。
そして、日記をアップするため、ネットカフェにやってきたが、
ワードが開けない。

7/17(土)
トリノから列車で1時間半かけてクネオに移動。
昨夜は仕事の後、内田氏と会食。
相変わらずレベルの高い話だった。
これを望んで、トリノまで足を運んだのだ。
列車の中でメモを読み返しているうちに到着した。

7/16(金)
ついに、大物対談が実現!
カーデザイナーの内田盾男氏と
トリノでアニュエリ氏の次に大物の経済人
「アゴスティーノ・レバウデンゴ氏」との対談だ。
レバウデンゴ氏の大邸宅に行って、
両氏が日本やイタリアの経済のことを語り合った。
すごい、すごい!。
すべては内田氏のおかげだ。

7/15(木)
朝早くからトリノ在住の内田氏と電話で打ち合わせ。
大物イタリア人と内田氏との対談ということが決まる。
明日のために、これから下取材に出掛ける。
レバウデンゴ氏は4つの劇場を経営し、美術館をもっている。
せめてそれだけでも見学しておかなくちゃ。
内田氏のオフィスへのアクセスを調べる。
昨冬はタクシーを利用したが、
今回はバスを乗り継いで行くことにした。

7/14(水)
朝8時、フィレンツェ発。
午後1時、トリノ着。涼しい!
真夏のトリノは、爽やかだ。
ポー川の辺を散歩する。
この周辺と風格のある町並みが気に入っている。

7/13(火)
帰国用の航空券を買う。
9月FIXのエールフランスは使わないことにした。
7月中に取材できることが決まり、帰国を早める。
滞在費がかさみ過ぎると、バカンス気分は薄れる。
よ〜し、仕事をこなしたら帰ろう!

7/12(月)
フィレンツェには東欧からの観光客が目立つ。
町を一回りするごとに、100人くらいの日本人を見かける。
物価は3年前の2倍くらいに跳ね上がっている。
日本の旅行会社は、決して儲かっていないはずだけど。

7/11(日)
ひたすら話す。堰を切ったように。
日本語で話せるって、こんなに解放感を味わえるんだ。
フィレンツェで4年目を迎えたヨシコさんは、
旅に出ているか、日本から友だちが来ているか。
ほとんど、そのどちらか。
わざわざ話しに来た甲斐あり。
2004/7/20 (Tue)

from Firenze
7/10(土)
フィレンツェへ移動。
長旅だった。
ジェノバとピサで乗り換え。
朝9時半に出て、夕方5時に到着。
ヨシコさんの出迎えを受ける。
手作りの日本食を食べさせてもらう。
何と、1カ月ぶりの日本食だった。

7/9(金)
サンレモの町を歩いて一回り。
この町で12日間の滞在は、私にしてはちょっと長すぎた。

7/8(木)
珍しく朝から雨。通りが人であふれる。
映画「トロイ」を鑑賞。
イタリアで見ると、作り物のような気がしない。
地中海は、まったく同じ色。
そうか、海洋民族はあのように攻め、守ったのか。
昨夜は「ザ・デイ・アフター・トゥモロー」の映画を見た。
4ユーロという入場料がありがたい。
館内で、イタリア人はしゃべり過ぎ。

7/7(水)
ここでは毎日いろいろな催しがある。
花火は1日おきに、5回続く。
町の中心コロンボ広場でコンサートがあったり、
鼓笛隊が夜の町を練り歩いたり、
国営テレビRAIは野外特設ステージを設営中。
コンサートのリハーサルなんかもしている。
夜には観光客も住人たちも、港のそばのバールに集まる。
バール、レストラン、ピッツェリアがずらりと並んでいる。
そこを歩くと知っている人に声かけられる。
宿やお店で出会った人たちに。
というわけで、1日に3回くらい、一緒にコーヒーを飲む。
サンレモでは、旅感覚が抜けてしまった。
2004/7/13 (Tue)

from Sanremo 3
7/6(火)
サンレモで地中海を眺めながら書いている。
ザウルスでメールの送受信だけしている。
やっと、携帯のチップをイタリア・ボーダフォンに変え、
ローマのアクセスポイントを使い、
100円くらいで通信できるようになった。
それまで、スペインの国際電話経由だったので、
1回250円くらい。HPにアップすると、
1000円以上かかった。大変だった。
ネットカフェでは、USBが使えず。
色々苦労してます。
ユーロ2004の試合が終わり、さあ仕事だ。
霞を食って生きていくわけにはいかないから。
メールは仕事優先。
安宿探しがうまく行かず、苦戦。

7/5(月)
ユーロ大会が終わって、放心状態。
ここのところ日記をHPにアップしていなかった。
音信不通だと、あちこちからメールが入る。
今朝、ホテルを移った。高すぎる、私には。
早く仕事をやりたいのに、常に宿探しがついて回る。
何とか早く逃げ出さなければ、破産する。
ここの2ツ星ホテルは、常連の熟年夫婦が多い。
今までの1ツ星は、若い人やわけのわからない人がいたのに。

7/4(日)
朝から海で泳ぐ。
そして、ぐったり。
夜は、ポルトガル・ギリシャの決勝戦。
ポルトガルのゴールが見たかった。
守られて、ついに終わってしまった。

7/3(土)
サンレモのポルタ・ヴェッキアで花火大会。
「ベリッシモ!」
花火が打ち上がると、イタリア人は口々にこう叫ぶ。

7/2(金)
仕事の打ち合わせメールを書く。
ユーロの試合は、2日後に決勝戦だ。
どんなに楽しくても、終わりがある。
仕事にかからねば。
2004/7/7 (Wed)

from Sanremo 2
7/1(木)
サルデーニャ島の気温が34度まで上がっている。
しかし、サンレモの最高気温は29度。
ここは一年中穏やかに過ごせるリビエラだ。
午前中は浜辺で過ごす。
一枚岩の上で寝っ転がっていた。
波の音を聞きながら。
夕方になって、たまらず泳いだ。
夜は、チェコ・ギリシヤ戦をTV観戦。
0−1でチェコが負けてしまった。
アヴェイロで彼らの試合を見て以来、応援していた。
あの素晴らしい選手たちが散った。

6/30(水)
ポルトガル・オランダ戦は、2−1。
得点するチームのほうが、魅力がある。
当たり前のことだけど。
どの国の代表チームにも、たいていセリエAの選手がいる。
イタリアのテレビは、彼らにインタビューする。

6/29(火)
中世の町があった所を歩く。
山の斜面にある。まるで迷路のように、
登り切った通りが行き止まりになる。
こんな所にも人々は住んでいる。
ここを抜け、やっと展望台にたどり着く。
5年前も同じ風景を眺めた。
ところが、違う風景に見える。
海面が朝日を照り返し、白く見えた。
急ぎ足の旅は、風景が印象的な絵のように記憶に残る。
時間帯が違うだけで、町は別の顔を見せる。
2004/7/3 (Sat)

from Sanremo
6/28(月)
サンレモへ移動してきた。
とても好きな町なので、7月17日までここで過ごす。
かつては、旅人としてやってきて2泊しかできなかった。
今回は、4日前にきて、予約を入れておいた。
同じホテルでは無理なので、2軒目も予約してある。
これで、しばらくは安心!

6/27(日)
今週末からイタリアではバカンスが本格的に始まった。
ヴェンティミリアには国内外の旅行客がゾロゾロ。
その中に混じって宿を探し、食べ、旅している。
結構競争は激しいな。
イタリア語が日々磨かれる。
出てこなかった単語も、どんどん出てくるようになった。
前日はフランス語で電話していた。
安い所は、どこも英語が通じないのでした。
こうやって、自らを鍛えて行くのですね。

6/26(土)
ニースまで往復した。海岸線は絶景だ。澄んだグリーンの海。
フランスに入り、またイタリアに戻る。
実はアパートを探しに行った。
今週末からイタリアは本格的なバカンスに入った。
ホテルが最も高いシーズンだ。
あまりの高さに、バカンスハウスを借りたほうが安上がりかも。
そう思って、2カ月借りられる所を探して歩いた。
直接訪ねたり、電話をしたり。
「9月にならないと、空かないよ」
しかも、安い部屋から塞がっていた。
考えることは、みんな同じだ。
2004/6/28 (Mon)

from Ventimiglia 2
6/25(金)
すっかりバカンスモード。
今朝はオランダ人夫婦と話す。
お互いに、ここでは外国人。旅情報の交換。
というより一方的に教えてもらう。
どうやらオランダには安宿情報が豊富らしい。
私にもガイドブックをアムステルダムから送ってくれるという。
わざわざ東京に。
小さな町のネットカフェでは日本語が読めない。
黒人が経営するカフェで、こっそりソフトをダウンロードした。
今日こそはうまくアップできるかな。

6/24(木)
ちょっと遠出。
列車に乗って海岸線を眺めに行こうとした。
しかし、列車は1時間遅れるという。
こちらにいると、無理なく1時間が待てるから不思議だ。
海岸で海を眺めながらクルド人と話す。
「トルコ、イランなど、その周辺の国にクルド人は住んでいる。
 もう戦争だけは、まっぴら。
 イタリアで仕事して、平和に過ごせるだけで幸せだ」
私の意識の中にない国、民族。
日本で経済的繁栄と平和を享受してきたことを感じる。
2004/6/26 (Sat)

from Ventimiglia in Italy
6/23(水)
ユーロ2004の試合で、昨夜イタリアが敗退した。
イタリア国民とともに、私もショック!
今朝のバールは、その話でもちきりだ。
諦めきれないよね、勝ったのに得失点差で決まるなんて。

6/22(火)
この時期のホテル探しは、どこも大変。
「町でボーイフレンドを見つけて泊めてもらうんだね。
 シングルルームなんて、ほとんどないんだから。
 それに、夏は4〜5倍も高いよ」
それほどシングルルームを見つけるのは大変だった。
サッカーに熱い国に入り、応援しなくちゃ。

6/21(月)
カンヌからモンテカルロへ。
これまで何度も通過したモンテカルロに、今日こそ立ち寄る。
これがサーキットに使われるコースだったのか!
知らないままに、トヨタ「イタリアの奇跡」の本を書いた。
エンジン音がどこからともなく響く。
ドライバーにはたまらないコースのはずだ。
通りには街路樹がなく、壁がある。激突に備えてだと思う。
ここを先に見ていれば、もっと書きたいことがあった。
町を一回りして、国境の町「ヴェンティミィア」へ。
ここはもう、私にとって第2の本国!
憩える。とりあえず一時休養。
ポルトガルで携帯電話が壊れてしまった。
この町のボーダフォン・センターで修理に出した。
ここのところ全くの音信不通になっていた。

6/20(日)
日曜のカンヌの賑わいは、海岸とレストランだけ。
1日中、海岸周辺で過ごす。
ポルトガル・スペイン戦は、レストランで観戦。
やっぱり開催国ポルトガルを応援する人が多い。
女性客はスペインの選手が好みのようだ。
2004/6/24 (Thu)

from Cannes in France
6/19(土)
カンヌに早朝着く。
さっそく地中海で泳ぐ。
午後5時前に、海岸にいた人がゾロゾロ帰り始めた。
そうか、ユーロの試合があるんだ。
私も浜からあわててホテルに戻る。
ドイツ・ラトビア戦だ。

6/18(金)
パリの町を歩く。
物価が高いことに驚く。
ポルトガルの1.5倍から2倍高い。
人間は冷めているのに。
円の価値が下がっていることを感じる。
財布の中身を直撃!
空港で1万円を両替すると、63ユーロ。
こんなことってある?
パリを早めに去ることにした。
何と言っても寒すぎる。
曇っていて、わびしい。
パリ・リヨン駅から夜行列車に乗る。

6/17(木)
リスボンからパリに飛ぶ。
あまりの暑さに、観光して歩くのも大変。
市電に乗って効率よく回っても、頭がガンガンする。
町の至る所でサポーターたちがうだっている。
デンマークのユニフォームを着た人たちが特に。
パリに到着すると、15度。
飛行機から降りただけで、寒さに身を縮めた。
夜到着したので、コートをきて歩いている人が賢く見える。
紳士らしく見えるのは、ポルトガルで
ユニフォーム姿の人しか見ていないから。
まだ夏がきていないのか。

6/16(水)
リスボンへ向かう。
ポルトガル人の家に招待された。
そして、歓待される。
日本からわざわざ試合を見に来た日本人ということで。
ホテルをキャンセルして、泊めてもらうことになった。

6/15(火)
試合当日。
すべてをこの日に合わせて調整してきた。
チェコ・ラトビア戦をアヴェイロで見る。
サポーターが少なかったが、チェコの攻めにしびれる。
これが戦術なのだ。
帰路、大変なことになった。
反対方向の列車に乗り、あわてて引き返したが、
今度はコインブラ行の列車が故障して出発できない。
待っている時に、日本人のサッカーファンたちと一緒になる。
みんな熱い!
それぞれ、一人で観戦にきたつわものたちだった。
2004/6/20 (Sun)

ポルトガルから
6/14(月)
コインブラ大学構内を散策。
ポルトガル最古の大学は高台にあった。
エレベーターで崖を這うようにして昇る。
もう真夏の太陽だ。顔と腕がヒリヒリする。
頭上には抜けるような青い空が広がっている。
昼は軽く32度を越える。
今夜はイタリア戦だ。

6/13(日)
美しいポルトにずっといたい。
そう思う間もなく、コインブラに移動。
都市周辺では、サッカーの試合はどこでも見られる環境だ。
昨夜はホテルのロビーに設置された大型スクリーンで。
今日は、モンデゴ川のサイドにある特設大型スクリーンで。
試合の途中で入ったレストランでもTV観戦。
ホテルに戻って、ロビーでも部屋でも。
ただ、時差が残っているため、
肝心な得点シーンにまどろんでしまいそう。

6/12(土)
エールフランスの夜行便は快適だった。
早朝4時にパリ。8時半にポルト到着。
ポルトガル・ギリシャの開幕戦に向け、
赤と緑のユニフォーム姿の地元サポーターと
青いユニフォーム姿のギリシャ・サポーターが、
町中にあふれている。
完全にお祭りモード。
ホスト国が負けるなんて、何とも残念!
2004/6/14 (Mon)

ようこそ、海外編へ!
ユーロ2004「ポルトガル大会」観戦のため
6月12日からポルトへ入ります。
チャンピオンズリーグ優勝チームを擁するポルト。
地元の熱さに触れてみたいと思います。
2004/6/10 (Thu)

ただいま準備中
ホテルの予約が大変!
これが一番の大仕事かも。
シェラトンホテル級の部屋は空いているんだけど。
1泊5、6万円は当たり前。
今朝ついに、コインブラの高くないホテルを予約。
ポルト1泊、コインブラ2泊、リスボン1泊を何とかおさえる。
しかし、試合当日のアヴェイロでは宿無し。
サッカー観戦は楽じゃない。
2004/6/7(Mon)