- 林檎もとろけるチョコレィト・マジック!-
〜二月九日 母たち〜






―鋼の鯱陣営


 急いで。急いで!
 何かに急き立てられるようにして、彼女は走る。
 余りに一生懸命、何かに向かって走っているものだから、道行くクルーが不思議そうに振り返る。
 けれど疾風めいて通り過ぎるエリィはその眼差しに気付かない。
 ただ、必死に。長い髪をなびかせて、鋼の鯱の体内を、駆け抜ける。

 幾つも扉を擦りぬけて、漸く開いたお目当ての部屋へ続く扉。開ける視界に飛び込んでくる光、沢山の酒瓶がシャンデリアに照らされてきらきらしている、ガンルーム。そこに居る人物の姿を確認して、エリィは思わず安堵の笑みを零した。
 この時間なら、あの人は休憩中。休憩するなら多分ここ。お酒には滅法弱いから、飲んでいるのはジュースだったりするけれど。それはともかくお探しの人物はそこに居た。
「シグルドさん!」
「やあ、エリィ」
 随分頬を上気させて近付いてくる少女に、褐色の肌の副艦長は穏やかに薄い笑みを向ける。珍しい取り合わせに、グラスを拭くメイソン卿の視線が一瞬そちらに向いたが、それはすぐ元に戻される。何も聞かないフリで、ひたすら黙々と曇りを拭き取っている。
 エリィの方でもちょっとメイソン卿の存在が気になったのか、ちらりとカウンターの向こう側を見やるが、見ない聞かないを決め込んでいる卿の様子に小さく感謝の会釈を送り、真っ直ぐシグルドを見上げる。スツールに腰掛けているとは云え、副艦長の顔は彼女よりずっと高い所にある。
 話を切り出すのには少々、度胸が要る。勇気もかなり要る。ちょっと後込みしてしまいそうだけれど、避けては通れない。だって、こうするしか手段が無いのだから!大丈夫、この人には話しても大丈夫、この人は知っているから、と何度も自分に言い聞かせて。

 遂にエリィは覚悟を決めて、ちょっと背伸びして、シグルドの耳に口を寄せた。相手の方も何だろう、と思ったのか、やや身を屈めて話に聞き入りやすい体勢を取る。
 暫しひそひそと囁く音のような声だけがガンルームに響く。だがそれさえも、すぐ隣にあるエンジンルームの静かな重低音に掻き消されて。ともあれ当の二人以外には、誰にも、何も聞こえなかった。
 ただ、ちらちらこっそり見ていたメイソン卿に分かったのは一つだけ。エリィが何やら話すにつれ、ゆっくりとシグルドの口元に優しい笑みが浮んでくる事だけだった。
 
 やや時が経って。不安定な爪先立ちをずっとしていたエリィが、漸く両足をぺたん、と床に戻した。本人もふう、と小さく息を零す。するとシグルドは、きぃっと椅子を動かして彼女に自分の正面を合わせ、すとんと降りた。
「了解したよ。その時になれば、私の部屋へ取りに来ると良い」
「すみません、でも、シグルドさん以外に思い当たらなくて……」
「ああ、解っている。確かに今頃あの国だと、『この時期』だからな」
「本当にごめんなさい、シグルドさんの、とっておきのものなのに」
「いや構わないよ。どうせ殆ど使わないものだしね」
 傍から聞いていると、全く概要の掴めない会話。文字通り本人達にしか解らない会話。別に暗号など込められていないのにも拘らず、この状態。まあエリィにすれば、それはとても望ましい事なのだが。ともあれ内輪の会話を打ち切って、それじゃあ!ともう一度礼を述べてから会釈をして去ってゆく。小さくなってゆくその背中を微笑ましげに見つめながら、シグルドは思い出したようにグラスを傾ける。中身は百パーセントのオレンジジュース。
 そして、ぽつりと自分だけに聞こえるように呟く。

「……見返りのものがかなり嬉しいからな」







―天空の楽園陣営


 雑務。事後処理。書類整理。
 やりたい事があるのに、こんな時に限って煩雑な仕事の多い事ったら。
 幾ら才色兼備で有能で才媛で通している彼女だって、たまにはイライラしたりもする。
 どれだけ永い刻を識っていても、日々の仕事が無くなるわけでは無い。
 だからちょっといつもより、その妖艶な笑みが薄らいでいる。

「……皆さぼってるわけでは無いわよね」
 己の執務机に山と積まれた書類と云う名のデータの羅列を見やりながら、天井を仰ぐ。
 確かに時期が時期だし。彼女だって、その準備をしなくてはならない身。だから部下の一部が仕事をさぼって上司に押し付けて、自分だけいそいそと準備に勤しんでいるのでは、と。そんなくだらない事を考えてしまい、且つ思わず口に出してしまうくらい、ミァンはやや飽き飽きしていた。
 まあそもそもこれだけ忙しいのは、『事後処理』の中に彼女の上司である誰かさんの尻拭いがあったりする所為でもあるのだが。それを責めるわけにもいかないので、色々とひたすら内に溜め込んでいく。は、と久し振りに溜め息を零すと、再び映し出された書類内容に目を通そうとする。

 だが。

「艦の皆にはいつもの生チョコで良いわね…去年配ったら評判良かったもの。地上詰めの子達は上のものなら何でも喜ぶだろうから、ウィスキィボンボン辺りで。宮の高官達には……あれかしら、少し軽めに調合したドライブ入りの甘いの……ふふっ」
 集中力などすぐさま切れて、あっと云う間に『準備』を考え始めてしまった。何せ作業は別段取り立てて目新しい事など見つからない、単調な書類処理。まあ書類と云っても、全てがデータベース化されている天空の国において、書類とは全て記録保存用のディスクなどを指すのだが。その辺りは今はどうでも良い。問題なのは、彼女がすっかり『準備』に気を取られてしまって居る事。
 考えるだけで楽しいのだろう。ミァンの口元には、いつもと同じ凄艶な微笑が宿っている。しかし時々それが、本当に楽しそうに笑うのだった。心底楽しみにしているように、夢見ているように。―…まあでもやっぱり言葉の端っこを捉えてみれば、やっぱり彼女らしい、インディゴブルーの策謀とも云えるようなものが渦巻いているけれども。
「勿論、カールにもあげないとね。すねちゃうもの……それと」
 やはり一応特別扱いなのか、恋人の名を上げると、ふいに彼女は口ごもる。すぅっ…と目を細め、その瞳を氷の刃のようにする。温度も無い、熱も無い、感情も、無い。
 甘く甘く、誘うように。禁断の実へ惑わせるように、甘く優しく且つ酷薄な微笑を浮かべ。細くしなやかな指に、見えない蜂蜜を絡めるようにしながら、囁く。
 恋人達の日、誰も彼もが落ち着き無くて誰かの言葉を待っている甘い日。そんな素晴らしい日を作った誰かさんに向けて、『母』はやさしい腕で抱き締めてあげる。

「貴方にもね。カイン。」
 人類最初の罪を犯した者の名を呼ぶ。愛し子を撫でてやるように。
 人類の創生から全てを見てきた女は全てを識りながら囁く。
 砂糖の棘、お菓子の茨。ちぎれた羽からほとばしるのは甘い甘い?
「……貴方以外は別に麦チョコ一粒で構わないのよ。本当は」













その日の日記より:

毎日が冷や冷や、連日更新三日目です。
自分だけの、激しい自己満足だとは思いますが…これも試練だと思えば。


こんばんわ、最近自分の中にある傾向が見られるように思います、もえぎです。
それはずばり、『女の子ラヴ』(笑)
いや何かもう凄く女の子を書くのが楽しくってなりません。
そしてどんどん男性キャラの扱いが悪くなってゆきます。
少し前までは、『接触者対存在、どっちが好き?』と訊ねられたなら。
暫く悩んでから『―…接触者』と答えたと思います。
けれど今なら『対存在!!』と、挙手しながら嬉々として即答すると思います。
ここらへんもポプの影響が出ています……。
女の子可愛い。女の子大好き。女の子至上って云う。
いやあ、女の子は良いなあ(しみじみ)
書いてて華やかですし、表現技法もいっぱい使えます。
色使いとか表情とか感情の機微、指先の仕草一つにしてもそう。
何故だかよく分からないのですが、やっぱり女の子が楽しいです













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