- 林檎もとろけるチョコレィト・マジック!-
〜二月十日 おとこのこ〜






―鋼の鯱陣営


 異変に、一番早く気付いたのは彼だった。
 そもそも繊細な感性をしているし、人の感情と云うものにはとても敏感な性質。
 だから、おかしいな?とは思っていた。けれど何かはさっぱり分からなかった。
 艦の雰囲気の異変と、ほのかに漂うあまいかほりの正体は。

「なあ、最近変じゃないか?」
 ある日フェイはそう切り出した。仲が良いのやら悪いのやら、よく分からない三人組でのんびりだべって居た時の事。ユグドラシル内のバルトの部屋で、だらだら中。
 でかいクッションを抱えて、その上にひょいと頭を乗せて。ぼんやりと問い掛けるフェイの声に、ソファの背凭れに力一杯体を預けていたバルトが、んあ?と頭だけ起こした。残り一人であるビリーは、銃の点検をしていたが、黒髪の友人の発言にその手を休める。
「具体的に、何が変なんだいフェイ?」
 唐突に放たれた言葉の中に、主語が見当たらない事をゆったりと指摘する。フェイはどちらかと云うと感性で話をする人なので、内容が抽象的になる事が多い。なのでこうして、誰か理性で話をする人――この場合はビリーだが――が筋道を明らかにするよう、促す事が必要となる。因みにバルトの場合は話を無駄にややこしくするだけなので発言が認められない。だからこうして機先を制し、ビリーが方向を定めたのだ。
「うーん…具体的に、って云われると困るけど……」
 胸に巣食うこの違和感。それをどうやって表現したものかと、フェイは考え込む。頭に手を当て、何とか思いに一番近い言葉を捜そうと苦心する。さも困った顔で額に皺を寄せるのだが、そんな表情が何故か似合ってしまう。苦労性だからねフェイ…、と内心申し訳なくも思いながら何だかおかしく感じてしまうビリーが苦笑を浮かべていると、漸く相手は言葉を捕まえたらしかった。

「艦の雰囲気が、何処と無くそわそわしている。よそよそしいって云うか……」
「そうかー?別にいつもと変わんねえだろ」
 真っ直ぐに遠い彼方一点を見つめながら語るフェイの横で、まだだらだらしているバルトがごろごろしつつ返す。彼の転がるソファには、絶対お菓子のくずがぼろぼろ零れて居る筈だ。確実に後でシグルドに叱られるだろうに。

「君ならきっと、クルー全員が別人に入れ替わっても気付かないだろうな」
「んだとコラァ!?ここは俺のフネ、俺の家みたいなもんだぞ!!」
「だってそうだろう。途中で乗艦したフェイが異変に気付いているのに、君、さっぱりじゃないか」
「んなもん気付くフェイがおかしい!と云うかフェイの気のせいだ、うん」
 またも炸裂犬猿な。物の見事な水と油。その身に宿す彩りも完全に異にした二人。いつもの見慣れた口喧嘩が、いつものように他愛無い事から勃発する。最早風物詩にすらなりつつあるユグドラの日常風景の一つ。これも二人なりのコミュニケーションなのかもしれないが…いつも巻き込まれて仲裁に回らなくてはならないフェイの苦労は並大抵では無い。
 勢い良くソファから身を起こし、冷静な相手に食って掛かるバルト。しかしそれを闘牛士の見事なマント捌きでかわすように、ビリーは鮮やか且つ軽やかに流してしまう。そこそこ一方的な遣り取りに見えるが、こうして相手を挑発する辺り、結局ビリーだって子供っぽいのだ。それが分かり難いだけで、根底はバルトと似た者同士。本人に言ったら相当嫌がりそうだが。勿論、二人共。
 しかしそんな騒いでいる友人達の様子を気にするで無く、夢想にでも耽っているのか、フェイは喧嘩を止めもしない。遠い眼差しで何処かを見つめるばかり。その視線の先にあるのは今か過去か未来なのか。恐らく彼自身よく解らないだろう。
 そして、ぽつりと。一言零す。

「香りも違うんだよな」

 ふいに放たれた、妙に具体的なものに、ぎゃあぎゃあ言い合っていた二人もぴたりと動きを止める。すると、まるで堰でも切ったようにして、急に議論が活発になった。
「そうそう、それ俺も思った!なーんか甘い匂いがしねえ?」
「僕も…気のせいかな、とも思ったんだけど。空気がそこはかとなく甘いよね」
「後、エリィ達の様子もおかしいんだ。この間タムズ行く時誘おうとしたら、居なくて」
「そういやマルーも居なかったな。ったく、せっかく声掛けてやろうとしたのに」
「マリアも居なかったよ。女の子達だけで出掛けたのかな」
「お菓子とか、そう云う系統の香りだと思うけど、何せ何となく香る程度だからなー…」
「台所忍び込めば分かるんだろうが、俺らつまみぐいしすぎて立ち入り禁止くらってるし」
「何かあるのかな?昨日、シグルド兄ちゃんとエリィさんが密談してるの見たよ」
「うーん…」

 そう云えばあんな事こんな事と、多分関係無い事も含め、会話は過熱する一方。大盛り上がり大会の様相を呈し始めた最中で、フェイはまた一人、天を仰ぐ。何かを思い出そうとするように、遠い何かを見つめようとするように。
「何が……あった?」







―天空の楽園陣営


 先程と同じように、こちらも男ども。まあ、さっきよりもややむさくるしかったり……。
 更に空気が重苦しい。確かに軍の基地内なのだから、のんきな雰囲気なわけは無いのだが。
 それらを差し引いても、呼吸が苦しいくらいに大気が澱んでいる。
 五人の軍人さん達。重苦しくてむさ苦しくて、そこそこ救い様のない場には沈黙が満ちている。

「……もうすぐ『あの時期』だよね」
 そんなどうしようもない静寂を切り裂いたのは、フランツの一言だった。本人も何となく言うのが憚られると感じているのか、それとも言っているだけで自分も苦しいのか、さも重々しい口調だった。普段の様子からは考えられないくらい切実に切羽詰っていて、あんにゅいな感じ。机に両肘を付いて、片手で前髪を掻き揚げる。しかしそんな彼の言葉に答える者は一人たりとも居ない。だからフランツは、ややいらいらした様子で更に続ける。
「隊長が居たらさあ、絶対くれたよねぇ」

 言ってはならないその一言に、場に居る全員の肩が一瞬ぴくりと動いた。海千山千戦場を駆け抜けてきた猛者達が、それだけは言って欲しく無かったとばかりに。必死に考えないようにしていたと云うのに。けれどこれ以上無視するわけにもいかない、話題が出てしまったのだから、ほんの少しだけでも、この胸の内を零してしまえと吹っ切った。
「……くれただろうな」
「……確実に」
「……絶対」
「……おう」
 上から順に、ヘルムホルツ、ストラッキィ、ブロイアー、ランクの発言。色んな重い思いが込められすぎていて、皆異様に苦しげな声音。言葉の中に鉛でもつまっていそうな具合。
 誰もが思っていても、敢えて口には出さなかった。それが先程の悲しいくらいの沈黙の理由である。しかし破られてしまった以上、もう黙る必要は無いと判断。と云うかもう半分くらいヤケ。切ない。
「ねぇ!?どう考えてもくれたよねぇ!?だって既に二回、お菓子焼いて持ってきてくれたんだし!」
「三回だ。フランツ」
 勢いに乗って、椅子から腰を浮かして声を荒げるフランツに、ヘルムホルツの至極冷静なツッコミが見事に決まる。慣れたもんである。しかし、コーヒーなんぞすすりながらのその言葉に、相手は更に平静を失ったようだった。目にも明らかなくらい取り乱すと、動揺を隠そうともしない。それくらい衝撃だったらしい。
「さっ三回!?そんな、僕、二回しか食べた事ないよ隊長のお菓子!!」
「ブルーベリーが入ってたり、林檎を甘く煮たのが入ったりしていたクッキーを食べたぞ」
「お前は丁度居なかったからな。ま、その分俺達の取り分が増えてありがたかったが」
「美味かったな…あのクッキー…」
「いんや、俺はあの小豆入りのが絶品だった」
「何だよそれー!!残しておいてくれたって良いだろぉー!!」

 一人で猛抗議を始めるフランツ(当然の反応)を完全無視して、残る四人はあの美味しいクッキーをもう一度な感じで、味の感想を語り合う。新鮮なベリーのはじける触感だの、とろとろさっくりとろける林檎の蜜だの、じんわりしっとり小豆の確かな風味だのと妙に盛り上がる。これだけ鮮明に味を覚えているのだから、余程彼らにとって印象深く美味しかったのだろう。
 だが話が『チョコチップクッキー』に及んだ途端、またも場の空気が重苦しく澱んだ。し…ん…と、文字通り水を打ったように静まり返る。もし誰かが傍でこの光景を見ていたならば、気の毒になるくらいのしじまっぷり。やっぱり切ない。何せこころなし皆うつむいてしまって、背中に人魂しょっている。
 思い出してしまった。その一言で。
 『もうすぐあの時期なのだ』と。

「……やめるか、こんな会話」
「……相当不毛だしな」
「……所詮、夢か」
「……忘れろ、皆忘れろ……」

 四人まとめて盛大な溜め息一つ。その直後フランツによる何なら僕が、との提案があったりもしたが、これもまた四人まとめて綺麗に唱和して要らん、と光速で一蹴。当たり前。
 他にもエレメンツ辺りにたかっては?などと云う案も出たりしたが、悪あがきは止めようと皆で決めた。素直に受け止めよう、受け入れよう、現実を。
 ほんの少しでも夢を見られただけ、良かったとして。

 男どもの切なすぎる五つの眼差しの先には、今はもうここに居ない暁色の少女。













その日の日記より:

自己満足だらけの連続更新四日目!折り返しです。
さあ、明日はゼノのお誕生日。ケーキを焼いてお祝いしないと。

昨日の日記で『女の子書くのが楽しい』と言いました。
表現技法がたくさん使えるから、というのがその理由のひとつ。
―…自分の力の足りなさを男性キャラに押し付けてはいけませんね(笑)
いや、あれからよくよく考えてみて気付いたのです。遅いですが。
わたしは大人の男の人を書くのに、大変慣れていないのです。
線の細い人とか、中性的な容姿だとか、若い人とかならまだマシなのですが。
問答無用に男男したわっしょいわっしょいな方は、書き辛いです。
サーガで云うとジギー、ポプだと………………ブロンソン?(絶対違う)
どうしたら良いのでしょう。どうやって、書くべきか。
ふいに出来る皺や、さりげない髭とか?
後はもう筋肉くらいしか思い浮かばないのですが(笑)
咄嗟に久美先生の小説DQ5の、パパスを思い出しました。
おお確かに皺とか髭とか筋肉の描写があったと記憶しています。
それから、雰囲気。全体の醸し出す男ー、なアトモスフィア。渋さのような。
あ。これには煙草の匂いも混じっているかもしれません。
それにしても難しい……やはり全体の空気とかで表すしか。
もっともっと勉強しないと。精進精進。














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