- 林檎もとろけるチョコレィト・マジック!-
〜二月十一日 母たち〜






―鋼の鯱陣営


 かちゃかちゃ。がたがた。ごしゃごしゃ。こつこつ。
 色んな和音を奏でながら、彼女はせわしなく動き回る。
 銀色の場所。おばちゃん達の聖域。そしていやしんぼ立ち入り禁止区域。
 壁には『整理整頓』、『働かざる者食うべからず』、との張り紙が威容をもって鎮座している。

「ええと…湯せんで溶かすでしょ、それからバットに乗せて冷やして、形を作って。ああ生地の方も早く用意しておかないと!?ちょっとバニラエッセンスは何処ー!?」
 お菓子作り。素敵な響き。いぃやNein。おされな雰囲気とは裏腹に、それは慣れないものにとって、ただの戦場を意味する。主婦に必要なのが体力だと云われるように、料理において求められるのはやっぱり体力。腕力も握力もなんもかんも総動員して、やっと料理は作れるのだから。技術云々、それ以前。
 エリィだって、ユグドラに乗艦してからは、結構お料理してきたつもりである。何せよく食べる集団なのだから、調理する側の人手はとんでもなく足りていない。だからよく厨房のお手伝いをしていたし、筋が良いと褒められた事は多々。
 そもそもソラリスの実家では、時々手作り料理など作っていた。地上人であった乳母が、天空の国では珍しい手料理派だったのだ。何もかもが機械化されていた国にとってそれは殆ど見られない光景で、それゆえに幼い彼女は、魔法のように料理を作り出す乳母の手を尊敬を持って見つめていた。それは成長しても変わらず、簡単なお菓子作りなどをこっそり教えて貰って居た。原材料自体が手に入りにくいので、実に不定期なお料理教室ではあったけれど。基本的なノウハウは心得ている。だから、運良く材料が手に入ると、特務部隊の面々に振舞ったりもした。評判は上々だった。
 彼女は思った。今回もどうにかなるだろうと。
 が。

「あ、卵室温に戻すの忘れちゃってた!」
「嘘でしょ!?ハンドミキサー壊れてるなんて!!」
「オーブンの余熱…してなかった……」
「マシュマロの数が減ってる!?こんな時に限ってつまみ食いなんてしたの誰ー!?」

 ばたばたどたどた。どげどげばこばこ。
 その軽い肢体の何処からこんな賑やかしい足音をがなり立てる事が出来るのか。大変不思議である。白いエプロンはためかせて、同じく純白の三角巾で髪をまとめて。あちこちに粉やらチョコやらを付着させて慌てている様子は、どう見ても問答無用に悪戦苦闘中。
 彼女は思い出していた、ソラリスで作っていたお菓子の、どれもこれもが殆ど完成したような形であって、後は焼くだけのような代物であった事を。ただ彼女はそれを少しアレンジして、貴重な生の果物などを入れていたに過ぎなかった。ソラリスでも『あの日』には、極少数ながら手作り派が居た。既製品が山程売り出されているにも拘らず、自分で作るんだ!と言い張る人達が。そんな人達向けに販売されていた手作りキットだって、ただ溶かして型に流し込んで固めるだけ、と云ったものだったと……。今更気付いても遅いが。
 ユグドラの厨房はもう慣れたもの。けれどお菓子作りに利用するのはこれが初めて。普段使わないような調味料や道具の場所が、ちんぷんかんぷん。しかも今回、そこに立っているのは一人…じゃない、二人だけ。洗い物も片付けも調理も全部二人ぼっちでしなくてはならない。全ての工程を頭に叩き込んで、要領良く場をきり回していかなければ。けれどもう何か頭の中ぐるんぐるんである。
 しかしここで思わぬ伏兵。

「バニラエッセンスなら右上の棚にあった」
「卵はバターと一緒にエリィ出してた」
「ハンドミキサーあたしやる」
「マシュマロ、さっき一つだけ、ってエリィが食べた」

 ほんのり目が回りかけのエリィを、さりげなくエメラダがフォローする。最初はどうなる事かと思われたこの二人のタッグだが、案外上手くいっている感じだ。そもそも腕は悪くないけれどやや慌て気味のエリィと、料理なんて初めてだけれど冷静な判断力を持ったエメラダ。お互いに欠けているものを見事に補完し合っている。急拵えの共同戦線だが、かなり上手く機能しているのはやはり、二人の愛する誰かさんへのおもいゆえか。
 エメラダはいつもと同じ無表情で、片手をハンドミキサーに変えてボゥルの中身をごいんごいんゆわしている。けれどちょん、と頭に乗っかったピンクの三角巾がやけに可愛い。それとお揃いのエプロンもフリルがついていてやたら可愛い。

 いっぱい駆けずり回って、暫く経って。何とか作業が一段落した所で、エリィはふう、と額の汗を拭ってから微笑む掛ける。傍らで、同じように一息ついて、かなり背の高い椅子に座って足をぷらぷらさせている少女に向かって。
 エメラダの近くに椅子を寄せると、相手の顔を覗き込むようにして、微笑う。

「何とかなりそうね。ありがとう、エメラダ」
「……あたしはフェイのキムにあげたいだけだもん」
「ふふ、そうね。分かってるわ。さあ、後は明後日に仕上げるだけ!今のうちから準備しておかないと、厨房混んじゃうから」
「エリィ、チョコにブランデー垂らすの忘れてるよ」

 翠緑の少女にずばりと指摘され、エリィは再び忘れてた!と叫んで大急ぎで駆け回るはめになった。せっかく隠し味に、香り付けに、シグルドさんから借りたのにー!と、泣きそうな声で。
 そんな姿をエメラダは、何とも不思議な気持ちで見つめていた。

 最初はとんでもなく仲が悪くて、顔を合わせる度に、周囲の空気が凍り付いた。
 なのに今は変な感じ。一緒にエプロンつけて台所で大騒ぎ。
 それは全部大好きなフェイのキムの為なのだけれど、一緒に。やってる。
 さっき、真っ直ぐにお礼を言われて。微笑み掛けられて。
 その時胸に走った照れくさいような気持ちが何を意味しているのか少女には分からない。

 それが『うれしい』のだと。







―天空の楽園陣営

 たくさんのメールが届いている。その内容は領収書。
 以上ご注文を頂きました品の、お代は確かに―…と云う。
 そこに記された値段を見て溜め息ひとつ。
 別にお金に困っているわけでは無いのだが、毎年これの所為で冗談では無い出費なのだ。

「まあ…大した事は無いけれど、こうして数字で見ると凄いわね……」
 購入したもの。それは言わずもがなな、迫り来る日へ対応するべきブツなのだが。何しろその数が半端では無い。
 地上に駐留しているゲブラーや、駆る戦艦のクルー達。ソラリス上級階級のガゼル、宮に仕える高官から何から。彼女にほんの少しでも関わりのある全ての人へ贈るべく、ミァンは片っ端から買いまくっているのだ。自分の印象を良くし、円滑なコミュニケーションを図る為の潤滑剤とするべく。まあほかにも相手に取り入り易くし、飼い馴らし易いようの配慮だったりする辺り、やっぱりミァンである。しかも彼女は贈る相手の身分によって品物を変えたりしているので、決して安くは無いものも多々含まれている。そんなもんを普通の人とは桁が二つ程度違うくらい購入しているのだ。だからなんかもう大変。才媛を通すのも、有能を示すのも、お金も時間もやっぱり掛かる。能あるものは疲れます。
「輸送料に包装代、メッセージ付きのも幾つかあるのよね……全く手間が掛かるったら」

 は、と蠱惑色の溜め息を零すと、ふいにそのインディゴブルーの瞳を細めた。視界の端に、あるものの姿を捉えたからだ。
 残酷に優しい眼差しの先には、小さなちいさな、箱。子供の手の平にだって楽々納まってしまうような、本当にちいさな。鮮やかなリボンも掛けられていないし、綺麗な紙で抱かれても居ない。寒々しく裸で放り出されている、麻色の箱。しかしミァンはそれを、さも愛しくてならない、とばかりに見つめる。

「一番贈りたい貴方はこんなにも簡単なのに」













その日の日記より:

連日更新五日目よりも優先すべきはお祝い。
お誕生日おめでとうございます、ゼノギアス。

何度でもおめでとうを言いたい気分のもえぎです。
回数だけ多くて、一度一度のおもいが薄いと意味はありません。
ですから言う度言う度、胸の底からありったけのおもいを込めて。
お誕生日、おめでとうございます!

上手い具合に今日の更新は『母たち』の日でした。
別に意識したわけでは無かったのですが、丁度良かったですね。
上半身反り返るくらいの自信なんて全然ありません。
けれどこうして。ずっとずっとおもい続けた気持ちに嘘はありません。
い、いや確かに最近いっぱい浮気していますけれど(汗)
根底にあるものはやはりゼノなのです。
どんな二次創作を書いていても、今の文体の基礎を形作ったのはゼノです。
ですから、そこはかとなくゼノの香りがしてしまうんです(笑)

今日のエレハイムはさりげなく好きです。
わてわてしてる彼女は微妙に新鮮な気が。強気なのは多いですけれど。
この連日更新するにあたって、このエリィは二番目に書きたいエリィでした。
因みに一番書きたかったエリィは初日のエリィ(笑)
うーん、BGMはポップンのスペシャルクッキングで。
あの曲は『料理の下手な女の子が悪戦苦闘している様子』、
そして『途中からはやり方を心得てきて、手際が良くなる様子』を、表しているのだと仰ってました。
それを聞いた時、なんて可愛いコンセプト!と思いました。
実際そう聴こえますし。どしそみらっそ。ふぁみふぁそら。
―…あんまりひとごとに思えない所為もありますが(遠い目)
さてさて、エリィが作っているお菓子は何でしょう?
全ては最終日、明らかになります。
それにしても今回、はなさんのレシピ本が大活躍です(笑)

最初はフェイエリィでひたすらラヴなのを書こうと思っていました。
けれど今、話を通して一番書きたいのは、ミァンだったりします。
ああ早く最終日のミァンが書きたいです。凄く書きたいです。
どうして『この日』が生まれたか?誰が作ったのか?彼女は、知っています。














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