- 林檎もとろけるチョコレィト・マジック!-
〜二月十二日 おんなのこ〜






―鋼の鯱陣営


 てきぱき。こしゃきしゃ。くとこと。かしゅこしゅ。
 軽快な音、手馴れた感じの。快く厨房を満たしている。
 先日繰り広げられたばたばたっぷりに比べると、えらい落ち着いた雰囲気である。
 これこそがおされな真・をとめのお菓子作りなのか。


「マリア、お鍋の中身はこんな感じで良い?」
「はい、良い頃合ですね。そろそろグラスに入れてみてください」
「後はこのまま冷蔵庫?」
「ラップでぴったり表面を保護してからお願いします」
「じゃあ明日盛り付けるだけだね!」
「はい。こちらもあらかた出来上がりました」
 手を休める事の無いマリアが、泡立て器片手に、傍らの鍋を覗き込む。マルーが担当しているその中身はやわらかなココア色に満たされていて、木べらを差し込むと、実になめらかでとろとろしている。その様子に若草色の瞳を細めると、三つ年上の大教母に的確な指示を出す。
 その言葉一つ一つ、全てが確かな口調で放たれるもの。迷いなど欠片も無い。立居振舞などからも、彼女がこのような事を普段から、日常的に行っているのだと伺える。それを裏付けるように、マリアの操る泡立て器から聞こえてくる音の何と軽やかな事か。

「本当上手だねー。はは、ボク年上の立場無いや」
 自分が担当していた作業を終えてしまったので、マルーは興味深げにマリアの作業をしげしげと眺める。苦笑混じりに笑ってみせる彼女だが、無理も無い事だ。何せマルーの立場は、ニサン正教大教母。幾ら彼女が気さくでおおらかな性格だとは云え、シスター達が『大教母様』に台所仕事をさせるわけが無い。たとえマルー自身が望んだとしても、余程の事が無い限り不可能だろう。だからマルーは、他の同年代の少女達よりも、家事の類に疎い。させて貰えなかったのだから。
 そんな事情を何となく察したのだろう、何せ年の割りに様々なものを見、触れ、体験してきた少女である。聡い娘さんで、あるから。マリアは頭の中で色々言葉を模索してから、ゆっくりと返す。

「私は、シェバトでずっとこうしていましたから。ゼファー様のお膳の支度をお手伝いしたりしましたし…それに最近は、ユイさんにお菓子作りを教えて頂いたりもしてました」
「へえ!ユイさんの直伝なんだ。凄いなあ、美味しいんだってね、フェイが絶賛してたもん」
「はい、とってもお上手なんですユイさん!このレシピもそうなんですよ」
「ふーん、そうなんだ。楽しみだなあ♪」
「ふふ、マルーさんったら、私達が食べるんじゃありませんよ?」

 くすくすと思わず手を口に寄せて笑うマリアに、マルーは漸くお菓子を作っていた理由を思い出した。余りに作っているもの達が美味しそうなので、本来の目的を忘れてしまう所だったのだ。それが何だかおかしくて二人で笑い合っていると、ふと彼女はある事に気が付いた。
 マリアの桜色した頬に、ほんのり掛かる薄霞。何だろうと思うよりも前にマルーはすぐにぴんときた。きっと先程マリアが口元に手を当てた時、粉が少しほっぺたにくっついてしまったのだろう。きゃらきゃらと笑いながらの大教母の指摘に、慌てたマリアが手近な鏡に自分を映して確認して。
 そして。自分でも笑ってしまって。マルーも高らかに、嫌味の無い爽やかな笑い声を上げて。
 春風めいた可愛らしい歓声が、閉ざされた筈の空間に穏やかな薫風をおくる、とある午後の日。







―天空の楽園陣営


 っずがしゃ。ごがん。どごす。がらぐしゃっ。
 そりゃあもう大変賑やかな交響曲。どんな楽団だってきっと敵わない。
 鈍い音や破壊音も混じっているような気がしないでもないが一応無視。突っ込まない。
 だってこんなにも彼女は一生懸命なのだから。

「本当、ここ迄徹底してるとむしろ芸術的だわ」
 眼前で繰り広げられる惨状に、ケルビナは心底感心したように言う。こちらも一応台所、先程のユグドラに比べるともっと洗練されて、設備も整えられたもの。こっちの方が使用頻度は低いと云うのに、たいした充実っぷりである。
 彼女は小さな椅子に腰掛けて、下ろされた瞼の向こうに光景を見る。繊細に白い指を頬に添わせて、ほぼ溜め息混じり。後片付けの大変さが、今から思いやられて仕方が無い。
 そこはまさに凄惨な。

 床にぶちまけられた熱湯。
 丈夫な筈の特殊合金製ボゥルも、無惨に凹んでしまって。
 ぴかぴかだったのし台はチョコやら何やらでぐちゃどろ。
 まだらな飛沫は天井やら壁にまで飛び火して。
 鏡めいて輝いていた台所は今や涙も誘うごちょぐちょな有様。
 ぜーんぶ原因は、誰かさん。

「チョコレート湯せんで溶かして、型に入れて、固めるだけなのよね」
 誰に言うとでも無く。…いや、これは相手に言っているのだろう。別に非難するわけでも無い、問い詰めるわけでも無い。ただ純粋に不思議でどうしようも無いから、こうして口に出して声を掛ける。そしてケルビナの声に、この戦場を作り出した張本人は何も語らない。肩を軽く上下させて、立ち尽くしている。
「それこそ溶かし直して固めて、はいおしまい。本当にそれだけ。なのにどうしてこうなるの」
 とん、と軽い音を立てて椅子から降りると、足元に散乱する様々なものの間をするりと擦り抜け歩いてゆく。その双眸は閉ざされているのにも拘らず。ケルビナと付き合いの浅い者は、こんな光景を見る度に驚きと好奇の眼差しを彼女に送るが、彼女の相棒はそんな事しやしない。
 黙したまま、少し乱れた呼吸の音だけをさせて。微動だにせず立っている相棒の元へと辿り着き、ケルビナはそっと顎を上向けた。少し背の高い相手の顔を、覗き込んで。
「ねえ、ドミニア」
「……………」

 ただ、何とか自分で出来ないかと思っただけ。あのひとの為に、少しでも温かみのあるものを、と。それはかつて地上で暮らしていた時のクセが抜けないのかもしれないが、ドミニアはそう思ったのだ。おもいを込めて、と。だからケルビナの手伝いを断り、一人で立ち向かおうとした。何とかなるだろうと判断して。
 んで。その結果がこの残酷なくらい荒れ果てた台所。

「何か言う事あるんじゃない?」
「………」
「もう。強がる必要なんて無いでしょう、私が相手なのよ?」
「………れ」
「はい、大きな声でお願いね」
「………手伝ってくれ」

 はい、了解。そう満足げに笑って、ケルビナは直立不動の相棒に軽く触れた。真っ赤に頬を染めながら、さも悔しそうに呟くドミニアの姿は、ぶっちゃけ予想通りだったけれど。自尊心が高くて負けず嫌いな相棒の性格は熟知している、だから、最初から自分に助けなど求めないと分かっていた。そして自分でも観念して、助けを請おうとしても、生来の性格からそれを許せない。言い出したいけれど言い出せないその心理まで見抜いて、ケルビナの方から切っ掛けを作ってやったのだ。
 本当に世話が焼ける。普段はあんなに強大な力を誇り、任務を完璧に遂行するような人なのに。こんな誰にでも出来るような、ごく簡単な事が出来ないのだから。ただ自尊心が高いだけのエリート主義の人ならば、ケルビナはこんなにもずっとドミニアの相棒を務めていない。側に居ると、楽しい。面白い。まあ苦労も凄いけれど。時折見せるこんな表情が、いつもととてもギャップがあって、何だか年下の妹でも持ったような気分なのだ。
 仕方ないんだから、と呟きながら作業を始めるケルビナの手元を、さもびっくりした表情でドミニアが見つめている。だって、さっきまで自分があんなに苦労していた作業を、彼女はまるで新手のエーテルのようにしてこなしてゆくのだから。その細い指が魔法を織っているように見えたから。
 そんな子供みたいな眼差しを受けながら、ケルビナは笑う。そして、ほら持ってご覧なさい、とドミニアにもさせようとする。道具を手渡して、恐々それを操るドミニアに指導を飛ばして。
 扉の向こうからそっと覗きこんでいるトロネとセラフィータが、思わず笑い合ってしまうくらいに、似つかわしくない光景。でも、何だか可愛らしい光景が遥かな空では展開していた。













その日の日記より:

今日は遊びすぎて疲れました……。
こんばんわ、疲れていようが何だろうが連日更新だけは、もえぎです。
今日は遊ぶ日、神戸三ノ宮シルブプレ大会!前から決まっていました。
ですからきちんとこれに備えて更新分は数日分書き溜めておきました。
しかしそのストックも明日でつきます。
明日、明後日はきっと死に物狂い。
最終日の話は凄く短くなるか、凄く長くなるかのどちらか。多分後者。
果たして間に合うかどうか……(エリィ調)

この企画小説を読んだ友人に、『ケルビナちゃんがプチミァン』と言われました。
ばっさりと否定しきれない辺りどうかと思いました。
うーん…回を増すごとに、ドミニアちゃんが可愛くなってゆきます。
そして更にケルビナちゃんが保護者めいてきます。何故でしょう。
もしかしたら、わたしの考えが原因かもしれません。
現エレメンツの中で一番可愛いのは、ドミニアちゃんだと思っているのです。
その所為かもしれません。だって、可愛いんです。理由になってませんね。














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