03.08.11のネヴァモア様のコラム

「体制派でありながら混沌派に高く評価される法」

ご覧の通りこの世界は過去の名声がいつまでも幅を利かします。
逆に、恨みつらみや恥辱といった
マイナス評価もいつまでもついてきます。
ですからこの世界でそれなりの地位を永続させようと願うなら、
極力誰からも評価されるよう努めねばなりません。

体制の庇護に甘んじて好き放題言うのは賢明ではありません。
彼はもし万が一でも体制が崩壊しようものなら
手痛いしっぺ返しを喰らうのは必定だからです。
現体制と共に心中したいという
絶滅寸前の美しい心の持ち主はともかくとして、
体制が崩壊した後ものうのうと惰眠を貪るためには、
体制派でありながら混沌派にも好意を持たれる必要があります。

ではどうすれば体制派に属しつつ混沌派にも好かれるのか。
これは中々の難問です。
通常、体制派に属すというその時点で
混沌派の方々からは目の敵にされて嫌われてしまいます。
ですからじっくり作戦を練らなければなりません。

まず
「相手に理解を示す」これは有効な手の一つです。
人間、自分を理解してくれる人がいるのは嬉しいものだからです。

「混沌派の大義にも一理ある」

こう言われて嫌な気分になる混沌派の人はいないでしょう。

しかし、全面的に理解を示してしまっては、
「ならどうしてお前は国なんかにいるんだよ。早く呪竜呼べ」
という言葉に答える事ができません。

ですから上手いこと甘い汁を吸い続けようと思う
体制派の読者諸氏におかれましては、
「体制派でありながら、混沌派にも『一定の』理解を示す」
キャラスタンスを目指さねばなりません。

そのためには
愛国心を発露することが
手っ取り早く簡単な手段です。
つまり相手の主張に耳を傾けながらも、
自らの愛する国――その中には仲間、国民が含まれる
――のため、簡単に屈するわけにはいかない、
といった態度を取るのです。

こうする事で混沌派からは
「彼もまた護るべきもののために戦っているんだな」
という具合に一目置かれます。

あるいは語ることを放棄してしまうのも手です。
この世界で痛いダメージの一つは公の場で論破される事です。
しかし論争に参加しなければ論破される事もありません。

この手の手法は近年流行りつつあるようで、
最近では
雑誌の国宣ですら碌に口を聞かないという
斬新な手法も編み出されているようです。
昔私は議論の間で「国王を物言わぬ石像にせよ」との主張を
冗談のつもりで展開した事がありました。
自説が案外的を射ていたと喜ぶべきか、
冗談が現実化したと愁うるべきか、悩む所です。

閑話休題。
具体的には面倒臭そうな論争スレには顔を出さず、
他所でRP発言に終始するといった手法が考えられます。

以上の内容を踏まえた上で、
使えそうな言い回しを列挙してみましょう。


「互いに譲れぬものがある」

「理由がどうあれ、愛するものを傷つけさせはしない」

「お前達の言い分は判った。後はこの剣で語ろう」

「祭りだ。楽しもうじゃないか」



いずれも深そうで実は何も考えていない言葉の典型で、
読んだ途端に脳裏から消えていきそうな言葉ではあります。

この手の発言を上手に使いこなし自家薬籠中のものにしてこそ
この世界における立派な役職者です。
研究してみては如何でしょう。 




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